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32.闇夜で蠢く

 盗賊の襲撃を退けて以降、特に問題も無く馬車は進んで行く。

 護衛依頼の細かい内容を確認し、その内容の確認を丁度終えた頃合にエルンスト辺境伯の邸宅へとた辿り着いた。

 合流したのが夜間だったので当然だが、邸宅へと到着した時には既に真夜中の時間帯となっていた。


「――かなり遅くなっちまったな」


 ライゼルは懐から取り出した懐中時計の蓋を開け、その時計盤へと目を落とす。

 短針は既に頂点を通過しており、日付が翌日に変わっている事を物語っていた。


「あれ? ライゼル様、それってもしかして時計ですか?」


 ライゼルが手にしていた懐中時計の存在に気付いたセレナ。


「ほう……! ライゼル様は懐中時計をお持ちなのですか! これは羨ましい!」


 セレナの発言を聞いたデズモンドが、ライゼルの手元に存在している懐中時計を目に留め、喜色が顔に浮かぶ。


「ライゼル様、もしかしてロンバルディア共和国に行った事があるんですか?」

「……さてね、どうだったかな」


 セレナの問いに対し、曖昧な返事を返すライゼル。


「私の邸宅にも時計はありますが、懐中時計を見るのはこれが始めてですな」


 デズモンドは貴族ではあるが、その財力があっても懐中時計を所有出来てはいない。

 この世界では懐中時計は高度な精密機械であり、その全てが職人の手作業によってのみ生み出される、最高級品の一つなのである。

 その余りにも小さな金属部品を生み出す加工技術を他国は有しておらず、通常の時計ですら正確な時刻を刻む代物を生み出す事が出来ず、時計技術はロンバルディア共和国の独壇場と化している。

 しかもロンバルディア内でも上位の腕を持つ職人が付きっ切りで、手作業でしか生み出せない時間の掛かる代物という事もあり、同じ重量の金塊よりも高い価格で取引されている、宝石にも等しい実用品なのだ。

 通常の時計であらば、小型化という非常に高度な技術が要求されない為に他国でも流通しており、多少値は張るがそこそこ裕福な家庭であらば手が届く額には収まっているのだが、徹底的な小型化が成されている懐中時計ではそうも行かない。

 当然、そんな簡単にポンポン量産出来る代物でもなく、製造された懐中時計のほとんどがロンバルディア領内で独占されている為、尚更希少価値を高めてしまっていた。


「ライゼル様、もし宜しければですが……その懐中時計、私にお譲り頂けないでしょうか?」

「これは師匠から譲って貰った物だ。他の奴に渡す気はねえよ」


 ピシャリと明確な意思を持ってデズモンドの提案を両断するライゼル。

 これ程強く断言されてしまっては入手は不可能だと悟ったのか、デズモンドはそこで口を閉ざした。


「……ライゼルのその時計って、そんなに良い物なの?」

「値段なんて知らねえが、これ一つで金貨1000枚でも安いと思うぞ」

「せっ……!?」


 途端に勢い良く後退り、恐ろしいモノでも見るかのような目付きで懐中時計を注視するフィーナ。

 小市民根性のフィーナにとって、数十年は余裕で暮らせる程の価値というのは、彼女を怖気付かせるには充分な代物であった。


「……そんな物をくれるなんて、ライゼル様の師匠って一体何者なんですか……?」

「師匠が何者かなんて俺の方が聞きてぇよ」

「っていうかライゼル、師匠なんて居たのね。こんな生意気な奴を弟子に取るとか正気を疑うわ」

「俺様天才だけど生憎手本無しで何でも出来るような奴じゃ無いんでな。それから生意気とかいう悪い口はこれか」

「ほっほあにふんほほー!?」


 自身に対する暴言に対し、報復措置としてフィーナの頬を餅の如く引っ張って伸ばすライゼル。


「こんな所で立ち話も何ですから、私の屋敷に入られてはどうでしょうか?」

「御好意に甘えさせて頂きます」

「雇用主として当然の対応をしただけですよ」


 深く頭を下げ、感謝の意を示すセレナ。

 デズモンドの護衛依頼を受けたフィーナとセレナは、就寝の際は邸宅の客間を利用させて貰える事となった。

 他に護衛の依頼を受けた連中は男ばかりなので、当然ながらフィーナとセレナは同室である。


「じゃ、頑張ってね~フィーナちゃんセレナちゃ~ん。部外者の俺様はそこらでテキトーに寝てるわ、あーばよー」


 まるで興味無し。とばかりに屋敷の門を潜る事無く、ライゼルは森の奥へと消えていく。

 そんなライゼルの背中を見送り、フィーナとセレナは辺境伯の邸宅へと足を踏み入れるのであった。



―――――――――――――――――――――――



 時間は少し巻き戻る。

 ライゼル達を乗せた馬車が辺境伯の邸宅に到着したその夜。

 邸宅一帯を一望出来る山間部の高台に、その影は存在していた。

 探知魔法に引っ掛からぬよう、充分な距離を置き。

 高価な代物である遠眼鏡を用いて、エルンスト辺境伯の邸宅を監視している。


「――チッ。ファーレンハイトの盗賊共が余計な事しやがって……」


 舌打ちし、イライラした感情を独り言に乗せて吐き捨てる。

 目元以外は布で覆い隠している為、その顔や全体像を窺い知る事は出来ないが、その声からして女性であるという事は判断出来る。

 本来は少しでも警戒心を下げる為に、息を潜めているつもりだったのだが。

 関係の無い野盗がエルンスト辺境伯の馬車を襲ったせいで、無駄に警戒心が高まってしまったのだ。

 自分の予定していた計画が狂ったが故に、彼女は憤慨していた。


「姐さん。どうしますか?」


 姐さんと呼ばれた人物と同じ様に、その姿を覆い隠した一人の男が今後の方針を尋ねてくる。

 身を隠しているので当然ではあるが周囲に気を使い、声量を低くして気取られないようにしていた。

 闇に紛れていて分かり辛いが、同じ様な格好をしている人物がその男の後ろに二桁程度は潜んでいるようだ。


「……いや、予定通りに行く。ここまで準備整えて、やっぱ止めたで帰る訳にも行かないからね」


 彼女の予定では、警戒心の下がった所で辺境伯の親族を拉致し、身代金を要求する予定であった。

 しかし、ここまで警戒されてしまっては警戒心が下がるのを期待するのは望み薄であろう。


「人質取って身代金要求が出来ないってなら、直接奪いに行くだけさ」


 声量は低いが、力強い口調で、彼女はそう断言した。


「不測の事態が起きるのは別に今日に始まった事じゃないだろ。想定外が立ち塞がるなら、あたしが全部斬り伏せる」

「流石ユーリカの姉御。おっかねえぜ」


 一人の男が、ユーリカと呼ばれた女性の強気な発言を聞き、おどけた調子で口笛を吹いた。


「馬鹿……! 今は隠密行動中だって忘れたか!」


 そんな男の迂闊な行動を、隣に居た男が軽く拳を振り下ろして咎める。

 一団が周囲に気を配り、近隣に気配が無い事を確かめた上で再び会話を始めた。


「……砂狼(さろう)(きば)の特攻隊長様はイチイチ言う事が過激だねぇ」

「別に。出来る事を出来るって言って何が悪いんだい?」


 堂々たる有り様が、ユーリカの言葉の説得力を後押ししてくる。

 その口調からも自信が満ち溢れており、只者ではない事を物語る。


「あたしが負けるとしたら、それこそファーレンハイトの宮廷魔術師とか近衛隊長だとか、レオパルドの四天王とかその位だ。だけどそんなモンがこんな辺境にホイホイ居る訳無いし、そいつ等の行動は把握してるからね。でなきゃ襲撃なんてしないよ」


 ユーリカは、自分が決して最強などでは無い事を知っている。

 だから驕らない。無理だと判断したら退く。

 その判断があるからこそ、彼女は今日まで生き延びてきたのだ。

 そして同時に、引き際が分かるという事は攻め時も分かるという事。

 そんな彼女の判断が、今は押すタイミングであると決定付けた。



 しかし、彼女は気付いていなかった。

 ユーリカの考える想定外とは、有る意味では彼女の想定の範囲内ではあるのだ。

 だが今この近くに、ユーリカの考えを遥かに上回る想定外が息を潜めているという事実を、彼女には知る由も無かった。



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