31.エルンスト辺境伯
月明かりと、馬車に備え付けられた魔法の光だけが道を照らす街道を、馬車が走り抜けて行く。
数は三台。石畳を馬の蹄鉄が叩き、乾いた足音と車輪の音だけが闇夜に木霊する。
その中の一台。
真ん中を走る他の馬車より豪華な外観を持つ、煌びやかな装飾の施された馬車。
見るからに資金力のある人物が乗っていると一目で分かるその馬車には、当然ながら高名な人物が乗り込んでいた。
「ロンバルディア共和国を目指しているのであらば、宜しければ同乗されてはどうですかな? 私の邸宅はロンバルディアに近いので、歩いて行くよりは早く着きますよ?」
そんな提案を受け、疲労が溜まっているフィーナが諸手を挙げて賛成の意を示した為、彼の提案に賛同しライゼル達は彼と同じ馬車へ同乗する。
無造作に生えているように見えて、しっかりと切り揃えられた口髭を蓄え。
やや白髪が混じった黒髪を後ろへ撫で付け、目元に小じわが増え始めてはいるが、血色の良い壮年の男性。
中肉中背のその身体を、金糸で施された見事な刺繍をあしらった、ゆったりとした衣服で包んでいた。
「挨拶が遅れました、私はデズモンド・エルンスト。この一帯の土地の管理を任された辺境伯、その当主です。以後、お見知り置きを」
「き、貴族様!?」
「ほーん」
デズモンドと名乗ったその貴族は、笑顔を浮かべ、ライゼル達に軽く会釈する。
そんな彼に対し、まるで借りてきた猫のようにビクビクと縮こまるフィーナ。
それとは対照的に、窓の外へ視線を向けながら、完全にやる気の無い、上の空な返事を返しているのはライゼルであった。
「セレナ・アスピラシオンと申します。お初にお目に掛かります、エルンスト辺境伯。こちらがフィーナさん、そしてこちらが私の未来の旦那様です」
そんな二人に代わって、セレナは礼儀正しく辺境伯と受け答えを行っている。
ちゃっかりライゼルを旦那呼ばわりする辺り、足元の踏み固めを怠らない。
「ちょっ、ちょっとライゼル! 貴族様にそんな態度取ったら不味いでしょ!?」
「はぁ~? 何が?」
窓枠に肘を当て、頬杖を付きながら空返事をするライゼル。
「だ、だって! 不敬罪で縛り首にされちゃうかもしれないのよ!?」
「ハッ! 俺様を殺せるような奴がこんな辺境に居るってなら、是非とも面ァ拝んでみたいもんだねぇ」
そんな奴、居る訳が無い。とでも言いたそうに、傲慢不遜に嘲笑うライゼル。
そんなライゼルの態度に特に何を言うでもなく、デズモンドは淡々と礼を述べる。
「いやぁ、先程は助かりました。撃退出来ればそれでよしとするべき所を、あなた方のお陰でけしからん盗賊共を一網打尽に出来ました」
「俺様は別に何もしてねえけどな、大体フィーナがやった事だ」
「私が来た時にはほとんど片付いてましたよ?」
「わ、私だけじゃないよ!? ライゼルとかセレナとか、頑張ってくれたじゃない! それにほら、辺境伯様がお連れの護衛だって頑張ったからですよ!」
貴族の馬車を襲う盗賊を一網打尽にしたという功績を自分一人に擦り付けられ、祭り上げられる事を恐れたフィーナは、必死の形相で他の人のお陰だと周りを持ち上げ始める。
フィーナの気質は、一般市民であり村娘Aなのだ。
急に周囲におだてられても、驚き萎縮してしまうような小市民根性であり、ましてやそんな人物が国の政に関わる程の上流階級と相対すれば、こんな状態になってしまうのも無理の無い話であった。
「ハハハ、そうかもしれませんな。……所で、あなた方の腕前を見込んで一つお願いがありまして……」
退屈そうに車窓の向こう側へと視線を向けていたライゼルが、その目線をデズモンドへ向けて動かす。
「もし宜しければ、私を助けては貰えませんか?」
「助ける?」
「実は、どうも近々私の屋敷を賊が襲うという情報が流れてきまして……今引き連れている護衛も、警備の数を増やそうと聖王都のギルドから雇い入れた所だったのです。あなた方の腕前は先程の戦いで充分に見せて貰いました。報酬は弾みますので、どうか引き受けては貰えないでしょうか?」
「ロクに身辺調査もしねえでそんなホイホイ部外者引き入れて良いのかよ。俺様達が襲撃犯の間者かもしれねえんだぜ?」
「御心配無く。外に配置するので大丈夫です、流石に中の警備は信頼の置ける者だけで固めますよ」
「ま、そりゃ当然だわな」
ライゼルは当然の疑問をデズモンドにぶつける。
デズモンドの提案は、要は警備の水増しであった。
「つーか賊が盗りに来るモンって何だよ? 税か?」
「ええ、そうですね。近々、聖王都から徴税官が来るので民衆から集めた税を保管しているのですよ」
「それが聖王都まで運ばれるまで護衛しろってか? 俺様そんなに暇じゃねえぞ」
ライゼル達はそもそも、ロンバルディア領に目的があって旅を続けているのだ。
だというのに、聖王都まで付き添えと言うのでは逆走である。
「ご安心を。私の屋敷から税が運び出されるまでで結構です」
「それだと警備を増やした意味が無いんじゃないですか?」
セレナの疑問は当然である。
民衆の命の雫とも言える税金、それを奪われぬように守るのは上に立つ者として当然の行動だ。
だが税収の日に屋敷から出して、横から掠め取られたら何の意味も無い。
「無責任に聞こえるかもしれませんが、税収を聖王都に納めたという事実さえ出来れば、その後がどうなろうと私の知った事ではないので……搬送中の税金が奪われたのならば、私の責任ではなく護衛を怠った国の怠慢、という事になりますからね」
自分の領内での失態ならば、通常であらばその領土を監督している貴族の失態になる。
だがしかし、聖王都継承戦争以後のファーレンハイトでは、貴族達の力が軒並み削がれた。
結果、今まで貴族が抱えていた私兵を維持する事は叶わず、弱体化せざるを得なかったのだ。
その影響で領内の治安が悪化する事を今の国王が危惧しない訳が無いので、定期的に国軍を巡回させる事で治安の安定を図っていた。
力が落ちたせいで今まで通りの治安維持は出来ないのだから、税収が搬送中に奪われても私達の責任ではない、そういう事である。
「……どうする?」
助けてあげようよ、という意見が口に出さずともフィーナの表情でライゼルには読み取れてしまった。
「……勝手にしろ」
故に、ライゼルは判断をフィーナに向けて投げ捨てた。
「私なんかで役に立つかは分かりませんが……」
「おお! 本当ですか!? 有り難い、貴女のような方が居てくれれば私も安心して眠れるというものです!」
フィーナの手を取り、深く頭を下げるデズモンド。
貴族様に頭を下げられたせいで、困惑しどう対応するべきか、助けを求めてライゼルの方へと目を泳がせるフィーナ。
ライゼルは既に視線を車窓の向こう側へと向けていた為、フィーナの助けを求めるサインがライゼルへと届く事は無いのであった。
「それで、護衛費用なのですが……1人当たり1日で金貨2枚ではどうでしょうか?」
「えっ!? そんなに貰って良いんですか!?」
「寧ろこれでも少なくて申し訳ないと思っている位です、何分雇っている数が多いので、流石にこれ以上は――」
「フィーナはおっさんの護衛に乗り気みてぇだが、俺様はそうじゃねえからな」
この護衛依頼に自分まで巻き込まれている事に気付いたライゼルは、デズモンドの会話に横槍を入れて中断させる。
ライゼルは人差し指を立て、デズモンドに示す。
「俺様を動かしたいなら、テメェの屋敷にしこたま溜め込んでる金貨、その一割寄越しな」
デズモンドは、目を見開く。
驚くというよりは、「何を言っているんだコイツは」と訝しんでいるようだ。
「嫌だってなら俺様は動かねぇぞ。護衛の依頼云々はそこのフィーナとセレナ相手にそっちで勝手にやってくれ」
「……無理強いは出来ませんから、仕方ありませんね」
フウ、と小さく溜息を付くデズモンド。
「ライゼル様。私はどうすれば良いですか?」
「俺に聞くな。路銀に不安があるなら受ければ良いだろ。フィーナの奴がやる気になっちまったから、しょうがねえから仕事が終わるまではここで待ち惚けしててやるよ」
「……それなら、折角ですから私もその依頼、受けても宜しいですか?」
「ええ構いませんとも。これ程腕の立つ方の御知り合いでしたら、さぞ腕も立つのでしょう。それに、その身なりからして聖王都の魔法学院の出なのでしょう? 腕は確かだろうと私は確信しております」
「流石にご存知でしたか」
セレナの姿は、王立魔法学院から支給されている学生服のままである。
この学生服自体が高機能で戦闘にも耐え得る優秀な防具でもあるので、これを着て旅に同行したセレナの判断には特に間違いは無い。
しかし学生服には王立魔法学院の校章が刺繍として施されているので、見る者が見れば一発で学院の出である事が分かってしまうのだ。
学生服という事もあり、またそれなりにコストが高い為、優秀な装備ではあるが市販が成されていないのもそれに拍車を掛けている。
「私の不肖の息子も、聖王都の王立魔法学院の卒業生でしてね。もしかしたら、セレナ様の御知り合いかもしれませんね」
「どうでしょうか? 貴族様の知り合いなんてロクにいないので……」
馬車の中、デズモンドと会話を弾ませ――ライゼルは一方的に会話を投げ付けているだけなので弾ませていないが――ライゼル一行は少し寄り道をし、デズモンドの治める邸宅へと向かうのであった。
そういう設定だから仕方ないんだがこの主人公クソガキ過ぎるな
おかえりネフィリムさよならネフィリム返しておじさん




