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2.毒

「解毒って、何? え? その子、病気か何かじゃないの?」

「見て分かるだろ。おいおいまさかフィーナちゃ~ん、この程度の判断も付かないのぉ~? やっぱりフィーナちゃんってばおつむ弱いんですねぇ~」

「そんなの知らないわよ! それにライゼルは何でこの男の子が毒を受けてるなんて分かるのよ!」

「…………おいフィーナ。俺の父親の職業言ってみろ」

「えっ? 確か魔法薬を作ってる人だった――あっ」


 そこまで自らの口で述べ、気付くフィーナ。

 ライゼルがどうして断言出来たのか疑問に思ったフィーナの質問に対し、何故分かったのという根拠を提示するライゼル。


「ガキの頃から横でちょこちょこ見てれば多少は勝手に知識が付いてくるモンなんだよ。門前の小僧なんとやら、ってやつだな」

「毒……? そんな馬鹿な! それだけは有り得ない!」


 病床で苦しんでいる少年の側に心配そうに寄り添いながら、女性は目を見開く。

 もしかして何か知らない毒なのかもしれないと、考えられる可能性を全て検証し、彼女は走り回って来た。

 それでも解決法は見付からず、こうして苦しんでいる弟を見守る事しか出来ないのだ。


「今まで何度も何度も医者に見せてきた! 毒でも魔法でもない、精霊様の呪いだと皆が口を揃えて――」

「いーや、これは毒だ。クロノキアボアスネークの毒の症状だな、それを魔法で固定してやがる。薬と魔法、両側面から解呪と解毒しないと分からないように偽装してんな。手間が掛かってんなこいつぁよ。それにかなりマイナーな種類の毒だから解毒方法も広まってねえんだろうな」


 女性の嘆きにも似た怒声を制し、自分の持つ知識を語るライゼル。

 女性を悩ませ、少年を苦しめ続けたその正体を、ライゼルは既に看破していた。


「……ねえライゼル。クロノキアボアスネークって何?」

「レオパルド領にクロノキア鉱山地帯って場所があんだけどな、その周辺に生息してる魔物だ。人間は普通そんな場所行かないから、ずっとファーレンハイトで暮らしてたフィーナは知らなくてもまあ当然かもな。俺様は知ってるけどな!」

「も、もしかして……治し方を、知っているのか……?」


 ライゼルとフィーナのやり取りの切れ間に、半ば申し訳なさそうに、半ば藁をも掴む気持ちで、目の前の女性はライゼルに問う。


「……あー、良ければ名前を教えて貰えるか?」

「アリサだ」

「おお、アリサちゃんって言うんだねぇ~。力強さと麗しさが共存した良い響きだぁ~俺様惚れちゃうかもぷっ」


 フィーナはライゼルの鼻っ柱に対し裏拳を叩き込み、口説き文句を中断させる。


「知ってるなら本題をさっさと言いなさいよ」

「痛ぇなぁ……勿論、治し方なら知ってるぜアリサちゃん」

「ほ、本当か!?」


 信じられない、急に目の前に現れた救いの存在に、思わず喜色の表情を浮かべるアリサ。


「まっ! 俺様天才だからさぁ! こんな一般人が考えたようなトリックなんざ一瞬で看破しちゃう訳よ! ゲッヒャヒャヒャ!」


 そんなアリサに対し、全く改める気の感じられない下卑た笑い声を浴びせるライゼル。


「で、一体どうすれば良いの?」

「どうもこうもねぇよ。この毒なら解呪すれば一発だ」


 放って置くと何時までも本題が進まないという事を理解しているフィーナは、さっさと話を先に進めるようにライゼルを促す。


「死なない程度に加減された量の毒だ、だがこの毒は一定時間経過で尿と一緒に体外に排出される特徴もある。だから体内で解毒が間に合わない、致死量ではないなら解毒も何も無いんだよ。それに解呪しなくても永遠に効果が残り続ける魔法なんて高度な代物、そう拝めるようなもんじゃねえ。一定期間が過ぎれば魔法効果が消滅して、やっぱり勝手に毒が流れていく――」


 ライゼルは自らの知る知識を元に、アリサの弟を苦しめ続けたその正体をアリサへと告げる。


「つまりな、解毒するも何もこの毒は長引かないんだよ。『定期的に摂取・固定』しない限りな」


 そう、ライゼルは断言した。

 それはつまり、この少年に対し毒を盛り続けた下手人が存在する事の示唆であった。


「――! あの医者か――!!」


 その毒を盛り続けた犯人に心当たりがあったのか、アリサは憤慨する。


「もしそうなら、私は一体、今まで何の為に――」


 そして、怒りの後にアリサにやって来たのは強い後悔であった。

 彼女は、自らの弟の命を繋ぐ為、野盗にまで身を落としても治療費を稼ぎ続けてきた。

 例えその結果、自らが罪を背負い、何時か裁かれる事になろうとも。

 弟の命さえ助かるのであらばと、手を汚し、治療費を求め続けた。

 しかし、目の前にあったのは彼女にとっては認め難い真実であった。


「――あー、何となく事態は読めて来た。毒の症状を固定してた呪文は解呪(ディスペル)しておいた。致死量じゃあねえから後は放っておけば毒は排出されて快方に向かうさ」

「……ねえライゼル。適当に手をかざしたようにしか見えなかったんだけど」

「俺様天才だからさぁ~! こんな一般魔法に毛が生えたような代物なんざちょちょいのちょいなんだよ。ま! フィーナちゃんには到底出来っこねえ天才の所業だから分からなくても無理ねえかもしれねえなぁ~ギッヒッヒッヒ!」


 イチイチ一言多いライゼルの頭上にチョップを振り下ろすフィーナ。


「本当に……弟は助かるんですか……?」

「野郎なんざどうでも良いけどよぉ、俺様レディの悲しむ顔は見たくねぇからな」


 やれやれ、といったわざとらしい動作を伴いつつ返答するライゼル。

 垂らされた救いの糸を伸ばしてくれた人物にお礼を述べるアリサ。

 ここ最近とんと見せなくなっていた、安らいだ表情を浮かべる自らの弟を見て、張り詰めた空気が霧散したアリサ。

 そこにあったのは、なんの変哲も無い歳相応の少女の姿だけであった。


「……ん? ちょっと待って。つまり、この子に毒を飲ませた犯人が居たって事? じゃあこの二人って被害者なんじゃないの?」

「おいおいフィーナちゃ~ん。今頃気付いたのかよぉ~いくらなんでもおつむ弱すぎなんじゃねーのー?」

「うっさい!」

「いたっ! おまっ、俺様の天才的頭脳の脳細胞が痛むだろうが!」

「下らない事ばっかりしゃべくる脳みその部分が潰れれば本当の意味で天才になれるよ良かったじゃない」

「良くねーよ!」

「そういえばアリサさん。その医者って、何処に居るんですか!」


 ようやく事態が飲み込めたフィーナは、何者かが幼い少年に対し毒を盛ったという事実を認識した事で露骨に怒りを示す。

 実の姉弟であるアリサよりも怒っている有様であった。


「ロゴルニア村だ。ロゴモフ山道の近くにある村で、精霊様が住まわれている場所とも言われている。名前は、サインドと名乗っていたな」

「あれ? そこって確かライゼルが元々行こうとしてた場所じゃないの?」

「そうだな。良く覚えてたねフィーナちゅわぁ~ん、2点あげるぜぇ?」

「なら、早く行こう! そんな悪い医者、許せない!」

「あっ! ちょっと!」


 怒りの感情に任せ、ライゼルの襟首を掴んで引き摺るようにして部屋を後にするフィーナ。

 ロクにお礼も出来ていないアリサは、せめてもの礼をしようとしたのだが、そんなもの知った事かとばかりに猛進するフィーナ。その進み方は正に猪そのものであった。


 目的地は変わり、ライゼルとフィーナは一路、ロゴルニア村へと向け舵を切る。



―――――――――――――――――――――――



 近隣の街を往来する荷馬車が襲われており、襲撃してくる賊を討伐して欲しい。


 困っている人を放っておけない性分の、正義感が強いフィーナはこの依頼を耳にした時、二つ返事で承諾した。

 ライゼルは面倒臭い事は御免だとばかりに拒否しようとしたが、フィーナに無理矢理引き摺られる形でこの依頼へと巻き込まれた。

 野に伏せた賊の討伐に向かい、そこでアリサと出会ったライゼルとフィーナ。

 アリサの動向を見聞きし、そのやり取りでライゼルはこのアリサという女性は表面上の問題であると看破した。

 無論、彼女のやった事は罪であり、それは決して消える事ではないが、彼女もまた被害者であったのだ。

 血縁である弟をダシに、アリサはその在り方を歪められた。

 全ての真相は、これから向かう村にあるとライゼルは考える。



 ロゴルニア村。

 この世界における四大国家の中でも最大規模の国土と恵まれた土壌に気候、そして歴史を有する、ファーレンハイト領に属する村落の一つである。

 首都と大都市の一つを繋ぐ大動脈といえる、ロゴモフ山道から少し離れた場所に位置している村であり、街道から少し離れた位置に存在しているが故に、寒村と言うには家屋や住民が多く、栄えているというには余りにも牧歌的な風景が広がっている、中途半端に栄えた村という印象が強い。

 山林の近くに建立され、特に目立った観光名所もない、農耕と狩猟で生計を立てている者達が集う、この世界では良くある在り来たりな日々を送る村であった。

 基本的に部外者が立ち入るのは、時折農作物や狩猟で得た肉等を商人が買い付けに訪れ、その時に日用品を購入する、といった具合である。

 旅人が訪れる事は珍しく、精々出発が遅れてロゴモフ山道を越えた辺りで日没になってしまい、緊急避難的に足を向ける程度。

 排他的とまでは言わないが、基本的に顔見知りばかりの村であり、部外者がこの村を訪れればすぐに村中に伝わるであろう。

 そんなロゴルニア村であるが、他の村と比べて唯一、特筆すべき項目が最近になって現れた。


 それは、この村には精霊が住んでいるというモノであった。


 生物という種を超えた存在であり、この世界においては神格化され神と同種の扱いを受けている存在、精霊。

 滅多に姿を現さず、その姿も千差万別、超常的な能力――魔法を操り、人々を災いから護っていると古来より伝えられている存在。


 この地に足を運んだ、フィーナとライゼル。

 ライゼルの目的は、正にこの精霊の存在であった。

 精霊の住まう村、ロゴルニア村。

 フィーナはサインドという医者を探し、ライゼルはこの地に存在するという精霊と相対するべく。

 目的こそ違えど、ライゼルとフィーナの二人はこのロゴルニア村の地に足を踏み入れるのであった。

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