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27.茨の森の眠れる魔女

 階段は狭く、螺旋状に地下に伸びていた。

 所々、足元を照らす魔術灯が存在している為、薄暗いながらも足元を視認するのは容易だった。

 奥に進むにつれて、徐々に魔力の濃度が高くなってくる。

 というか、この魔力の感じ……


 階段を降り、その奥にあった扉の前に立つ。

 罠の類は感知出来なかったので、適当に開ける。

 まぁ、あっても余程の代物でなければ効かないが。


 扉を開けた先には、やや広めな部屋が広がっていた。

 この扉以外には何処にも道が無い、袋小路の部屋。

 やや薄暗い室内。誰が誰かを認識する分には問題ない程度の、大体夕暮れ位の明るさが室内を照らしていた。

 壁面は飾り気の無い木目の壁が広がっており、特に何も無い。

 そして中央には、天蓋付きのキングサイズベッドが鎮座していた。

 その横に小さなテーブルが置いてあり、ミールとぬいぐるみが椅子に腰掛け、書物に目を落とし、読みふけっていた。

 音を立てないようにという配慮も別にしなかったので、扉の開く音を聞いたミールはこちらに顔を向ける。 


「おや、どうかしましたか? トイレでしたらこちらでは無いですよ?」

「ノックも無しに乙女の寝室に入るなんてサイテーだぞこのやろー!」


 ぬいぐるみが長い手を振り回しながら抗議を示す。

 その振り回した手が微妙にペチペチとミールの腕に当たっていた。


「――地の底から這い上がってくるような魔力、濃度、不自然だと思ったら……」


 この部屋に入って、ようやく断言出来るだけの確信が得られた。

 大気中の魔力と混ざり合っていた為、イマイチ断言し辛かったのだが。

 この部屋に立ち込める、濃い魔力が全てを物語っていた。 


「この辺りの魔力、ぜーんぶそこの一人が賄ってたって訳だな」


 巨大なベッドの上、寝息を立てているのか、僅かに布団が上下している。

 そのベッドから湧き出るように、滾々(こんこん)と溢れ続ける魔力。


「……随分とお詳しいんですね。ええと、確かライゼルさんって言いましたか? 貴方は魔法の学者さんか何かですか?」

「いーや、俺様は学者じゃなくて実戦畑の方だな」

「そうですか。そういえば旅人さんなんですから、戦う手段を持ってるのは当然ですよね。僕、あんまり戦うのは得意じゃないので、ちょっと羨ましいです」


 はにかむミール。

 その様子から、悪意のようなモノは感じ取れない。

 散々悪党共を潰し続けてきたせいで、俺の中の悪党感知センサーが大分とんがってきた気がする。

 そのセンサーが特に感じる物が無いので、ミールが特に悪さをしているという事は無いのだろう。


 もしかしたら、他者の命を利用して魔力を抽出している――そんなクソみてぇな所業をしているのかもと考えたが、流石に考え過ぎだったみたいだ。


「――うるさい……!」


 男(あと妙なぬいぐるみ)しか居ない部屋から、不機嫌そうな女性の声が上がる。

 ベッドの上の布団がモゾモゾと動き、一人の人物が起き上がる。

 緑色の艶やかな長い髪、日に当たっていないのか、病的とすら感じる程の白く透き通った肌。

 薄着の為良く分かるが、遠目からでも分かる程の豊満な膨らみ有しており、体付きだけみれば世の男がよだれを垂らして飛び付いてくる程だろう。実際、俺様も飛び付いてむしゃぶりつきたい。

 顔も美人なのだが、近寄り難い雰囲気を漂わせている。

 原因は、目付きである。

 三白眼で、切れ長で鋭い目付きのせいで、刺々しい印象を与えてしまっていた。

 寝起きの為か、イライラしたような口調のせいで尚の事そう感じてしまう。


「あ、おはようございます」

「……誰?」


 こちらの事を認識したのか、緑髪の女性がポツリと呟いた。


「この辺りに迷い込んだ冒険者さんみたいです」

「ふーん……」


 ミールからの返答を受け、まるで品定めでもするかのような目付きで俺を嘗め回してくる緑髪の女性。

 そういう趣味を持ってる男ならたまらないような目線だが、生憎俺にはそういう趣味は無い。


「チッ……惜しいな、もう3~4年若ければ……」


 音を拾うのは得意なので、そうポツリと呟いたのが聞こえた。


「寝る」

「もうですか? 折角起きたんですから――」

「寝る」


 緑髪の女性が、ミールに対し念を押した後、再び布団の中へと潜り込んだ。

 あっというまに再び穏やかな寝息を立てる女性。

 他者から魔法で眠らされている訳でも無い。本当にただ寝てるだけみたいだ。


「お姉ちゃん……じゃなかった。シェレニエーラさんはずっとここで眠り続けてるんです」

「お姉ちゃん? お前等姉弟なのか?」


 顔が似てるように思えないんだが。

 ミールは柔和な、ともすれば女に見間違えられるかもしれない程の柔らかい顔付きだが、そこの寝息を立てているシェレニエーラという女性はクールビューティーな感じで、全然違う。


「いえ、違います」


 即断するミール。


「じゃあ何で姉呼びしてんだよ」

「シェレニエーラさんが自分の事をお姉ちゃんって呼ぶようにって言ったので、そうしてるだけです」


 良い趣味してんなオイ。

 見た目が美人のお姉様タイプじゃなかったら余裕の衛兵さん通報案件だぞ。

 この辺りに衛兵さんいないけど。


「なんか文句あんのかおらー!」

「いや、別に」


 怒っているのか、ぬいぐるみが腕を振り回しながら金切り声を上げる。


「つーか聞きたかったんだが、そのぬいぐるみって一体何なんだ?」

「この子はシェレニエーラさんの使い魔です。僕がここに来る前から、何時も寝てるシェレニエーラさんの代わりに、普段のお世話をしたり、周囲の見回りをしたりしてくれてるんです」

「100歳超えてんだぞー! お前より年上だかんなー! ちゃんと敬えー!」


 振り回している長い腕がペチペチとミールの頬に当たっている。ミールが居心地悪そうに少しぬいぐるみから椅子を離した。

 ……使い魔?


「使い魔が100歳……?」


 使い魔って、無機物とか小動物とか色々種類はあるが、その全てが主からの魔力供給を受けて行動するのが基本だ。

 つまり、使い魔が100歳を超えているのであらば、当然主も100歳を超えているという事になる。


「……つまり、主も100歳超えてるって訳か」

「オーノー! 女性の年齢に口出しするのは禁句なんだぞー!」

「おおっと! 俺様とした事がうっかりうっかり!」

「……シェレニエーラさんは、エルフですからね。100歳超えてても、若く見えるのは不思議かもしれないですけど、そういう種族なんです」

「ああ、別に不思議だとか思ってねえぞ。俺様、別に魔族を見るの初めてじゃねえからな」


 この世界には魔族と呼ばれる、人間ではない知的生命体が存在している。

 姿は千差万別だが、その大半はレオパルド領と呼ばれる、俺達が居るファーレンハイト領から海を隔てた向こう側の大陸で暮らしている。

 何らかの理由でレオパルド領から出てくる事もあるみたいだが、そもそも人間と魔族は歴史上において何百年もの間、殺し合いを続けた血濡れの歴史の上に立っている。

 そんな歴史があるのだ。魔族がレオパルド領から出て行く理由も、ロクな理由が無い事は簡単に予想が付く。


 未だに一部の地域では魔族達が白い目で見られるのだが、それも今では大分軟化しつつある。

 それもこれも、大体今のファーレンハイト王が原因なのだが。


「レオパルド領にも行った事があるしな」

「そうなのですか?」

「ああ」


 だって、行かないと「作業」が進まねぇしな。


「……つーか、見ず知らずの男が同じ部屋に居るってのに、よくもまぁこんな無防備に寝てる姿晒せるな。俺様、狼になっちまうぞ?」

「……止めた方が良いと思いますよ? シェレニエーラさん、物凄く強いですから」


 ミールが釘を刺してくる。

 ――強い、ねぇ。

 街中に仕掛けられたトンデモ術式の数々を見てるからそうじゃねえかとは思ってたが。


「そもそも、見ず知らずの旅人であるライゼルさん達を簡単に村に入れてるのも、何かあってもシェレニエーラさんが何とかしてくれるって信じてるからですしね。もしそうじゃなかったら、ライゼルさん達をこんな無防備に村の中に入れたりしませんよ」


 ああ、最初に村に招かれた時に随分と無警戒に入れるなと思ったけど、自覚あったのか。


「強いって、どん位強いんだ?」

「……どの位強いか、と言われると……例えようが無いですね。少なくとも、僕が見た中の誰よりも強いのは間違い無いです」


 例えられないので、僕がシェレニエーラさんと出会った時の話でもしましょう。と、ミールは話を続ける。

 興味があるので、俺はミールの話に大人しく耳を傾けるのであった。

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