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25.ミール

 ミールの住んでいるという家は、一人住まいにしては妙に広かった。

 部屋数も多く、二階と地下へ伸びる階段も存在しており、外観とは違い随分と奥行きがありそうな家である。

 しかしながら掃除は行き届いており、部屋の隅にもホコリなんかは一切見られなかった。

 そして既に日が沈んでいるというのにそれが分かるのは、室内が光で満たされていたからだ。

 蝋燭や油皿といった物ではなく、外にあった街灯同様、魔力によって動く魔術灯である。

 

「開いてる部屋は結構あるんで、一階の部屋の中からお好きな部屋をどうぞ。布団は後でお持ちしますね」

「しょうがない。運んできてやるよー」


 良く分からない人形のような代物が、そう言い残して扉の奥へと消えて行った。

 無論、別に扉をすり抜けたのではなく普通にノブを引いて開けたのだ。

 背丈が小さくても腕が妙に長いから出来る芸当である。


 ミールの言う通り、周囲を見渡せば複数の扉が存在していた。

 部屋数はかなりありそうだ。

 確かにこれならば三人しか居ないライゼル達が泊まるのに困らないだろう。

 寝床を準備するまで、座って待っていて下さいというミールの提案に従い、ライゼル達は席へと座った。


「良くして貰ってこんな事言うのも何だけど、私達そんなにお金持ってないから謝礼とか出せないわよ?」


 ミールに対しそうセレナは告げるが、これは嘘である。

 別に有り金全部を旅路の必需品へ変えた訳ではない。

 そもそも、ライゼルもセレナもここまで至れり尽くせりな対応が帰ってきたのが完全に想定外なのだ。

 元々、村の敷地で野晒し野宿上等の考えだったのだから。


「困った時はお互い様、ですよ」

「随分と高尚なお考えの持ち主のようで。まぁ、そういう事ならゆっくりさせて貰うぜぃ?」


 軽い口調ではあるが、ライゼルの目から疑惑の色は消えない。

 ここまでされる義理が無いのにこうもされると、感謝より警戒心の方が突出するのも無理は無い。


 ミールはライゼル達を席へと座らせた後、お茶を振舞うべく台所へと向かおうとする。


「ああ、茶とか食事とかは結構だ。食料の備蓄はまだあるから、飯ならこっちで勝手に食うさ」

「そこまでお世話になるのも悪いしね」


 その動きを察したライゼルはミールの好意を遠慮し、セレナもそれに続く。

 しかしながら、これは半分遠慮半分警戒である。

 お茶を飲んだら睡眠薬が入っており、身包み剥がされた――などというオチはこの世界ではそう珍しい事ではない。

 それ故に、ライゼルは何かを口にするのを回避したのだ。

 セレナもまた、ライゼル同様の考えであった。


「そうですか? それなら良いのですが」


 ライゼルとセレナは警戒していたが、目の前のミールという人物からはそういった邪な考えは特に何も見えなかった。

 純粋な子供のように小首を傾げ、台所へと向けていた足を返し、ライゼル達と同じ席に座った。

 そんな彼を一瞥し、


「――なあ。お前、エルフの血筋だろ?」


 ライゼルはそう断じた。


「エルフって、え? 魔族の?」

「……確かに、僕はハーフエルフですので、エルフの血筋ではありますね」


 目を見開き、驚いたような反応を見せるセレナ。

 対し、ミールは淡々と受け答えをする。

 肩に掛かる程の髪の耳元をかき上げると、そこには人とは違う、エルフ族特有の鋭さのある耳が見えた。


「えらく正直に吐いたな」

「口振りからして、半ば確信してるみたいでしたからね」


 苦笑を浮かべるミール。


「ついでに言うなら、ここは半人半魔の人々だけが身を寄せ合ってる集落です。他の村が受け入れてくれなかったから、こうして辺境でひっそりと暮らすしか無かったという訳です」

「言われてみれば。ここに来るまで道らしい道も無かったしね」

「身を隠す為に、って訳か。成る程、道理で」


 ――この世界には、二つの知的生命体が存在する。

 人間と、人とはかけ離れた、最早獣に近い容姿を持つ魔族。

 この二つの種族を世界は擁し、両者は互いに相容れぬ存在『だった』。

 互いに憎しみ合い、殺し合い。

 傷付き疲弊するばかりだった関係に終止符を打つべく、最初にその声を上げたのは今代の魔王であった。


 人と魔族が手を取り合えるように。


 何百年と続いた怨嗟が、たかが数十年で消えるような事など在り得ないが。

 それでも、何時までも「違う種族だから」などという馬鹿馬鹿しい理由で互いに恨み続けるこの世界を終わらせようと。魔王は動いた。

 その切欠を。その為の場所を。その手を拭い切れぬ程の血で染め上げながら。

 今は無理でも、遠い未来には互いに互いを理解し合えるようにと。

 その働きがこの世界にも少しずつ伝わり、僅かではあるが、この魔王の考えに賛同する者が現れつつあった。


「ファーレンハイトも今の王様になってから大分人種差別方面に手を入れてるみてぇだが……それでも今すぐに差別が無くなるかって言われたらそうでもねえしな」


 だが、その声も少数派だ。

 今のファーレンハイトの王が、魔族に対し友好的な姿勢を見せているが故に、その少数派の声が掻き消されるような事態には至っていないが。

 この世界で多くの人々の信仰を集める精霊教会が、そもそも魔族に対し敵対の意志を見せている為、現状ではファーレンハイト王が消えてしまえばそれだけで声が押し潰されてしまうのは容易に理解出来る。

 人と魔族の問題は非常に根深い。

 その事をライゼルは良く理解していた。


「ここにも、国の測量隊の人が来たんですが。『今しばらく時間が必要だろう』って言って、この地を地図には載せないよう取り計らってくれたんです」

「あの王様ならやりかねないなぁ、だーからこの場所が地図に載ってなかったって訳か」


 何故この場所が地図に載っていないのか。

 この国を治める、ファーレンハイト王という男を良く知っているライゼルは、その王が言いそうな口振りをミールから聞けた事でその理由が理解出来、腑に落ちたようだ。


「ま、そういう事なら俺様も王様に右に倣えでもしときましょうかねぇ」

「この場所は他言無用、って事ですか?」

「そういうこった。王様のご機嫌損ねてもアレだしな」


 この国の王と「約束」を交わしているライゼルは、申し訳程度ではあるがこの国の王に対し配慮するように行動している。

 無論、ライゼル自身の目的を果たすのが一番の優先順位なのは当然ではあるが。

 その目的達成に影響しない範囲で配慮する程度にはライゼルは良心が残っていた。

 まだ「約束」を果たして貰っていない以上、国王にヘソを曲げられでもしたらライゼルも困るからだ。


「……ご配慮、感謝します」

「こんな情報、流した所で金にもならねぇってだけだよ勘違いすんなチビ助」

「結構優しいんですねライゼル様」

「俺様が優しいだぁ? そいつぁーきっとセレナちゃんの勘違いだな。俺様こうみえて狼なんだぜぇ?」

「襲っちゃうんですか? 私を押し倒して手篭めにしちゃうんですか!? こんな子供が見てる前で!?」


 ライゼルの冗談に対し、鼻息を荒くしながらマジな表情でライゼルに顔を近付けるセレナ。


「……あの。こう見えても僕、100歳越えてるんですよ?」


 話の腰を折るべく、ミールがライゼル達にそうカミングアウトするのであった。


「――マジかよ」


 どう見ても子供な外見だというのに、自分より遥かに年上であるという事実に絶句するライゼル。


「エルフの血が混じってるせいか、ハーフエルフはエルフ同様に長寿みたいなんです。流石に純血のエルフ程に長生きではありませんけどね」


 そう付け加えるミール。

 しかし、外見の割に口調が落ち着いているのを考慮すれば、見た目以上に高齢だというミールの発言にも信憑性が出てくる。


「お客人! 寝床の用意が出来たぞ!」


 バタンという音を立てながら、長い腕をブンブン振りつつ、奇妙な人形が甲高い声で準備が整ったと伝えてきた。


「お疲れでしょうし、今日はもう休まれてはどうでしょうか? もう既にお一人は眠ってしまってるみたいですし」

「悪いな。なら有り難く一夜明かさせて貰うぜ。……おいフィーナ起きろ。寝るならちゃんと布団で寝ろ」


 この間、全く会話に参加していなかったフィーナは何をしていたかと言うと、舟を漕いだ挙句、完全に夢の世界へと旅立っていた。


「こんなに一杯食べ切れるかなー……」

「お前食い物の寝言ばっかだなオイ。良いからさっさと起きろ。さもないと乳揉むぞ。あ、揉むような乳がねえか! アッハハハハハぐぶっ!?」


 完全に寝ているはずなのに、何故か精確にライゼルの鼻っ柱に裏拳を叩き込むフィーナ。

 その衝撃で目を覚ましたフィーナは、目を擦りながら人形の案内に従い、小部屋の中へと消えて行った。


「ライゼル様。私ので良ければ揉みますか?」


 自信ありますよ、とばかりに自らの胸元をライゼルに向けて主張するセレナだったが、ライゼルにあっさりスルーされるのであった。

5の倍数日ギリギリに投稿する今のペース何とかしたい。

全部ポ○モンが悪いんや。

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