23.朝日を目指して走れ!
翌朝。
平原の向こう側、山間部から僅かに朝日が差し込みつつある時刻。
出発の準備を整え、ライゼル達は聖王都の門の外に立っていた。
ライゼルとセレナはやや大きめのかばん一つなのだが、フィーナのみ大風呂敷二つを両腕に持ち、背中には大きなリュックを背負っている状態である。
「やっほ~☆皆今日も元気にしてるかな~? 世界中のハニー達から愛される男、ライゼルお兄さんだよ~! ラジオ体操のカードをちゃんと持ったかー? 忘れたらスタンプ押して貰えないぞ~?」
「何の話をしてるのよアンタは……」
特に何も考えていないであろう、適当な口上をまくしたてるライゼルに対し、呆れた表情で溜息を一つ付くフィーナ。
「今日も元気に張り切って行きましょう!」
「は~い!」
そんなフィーナの様子を知ってか知らずか。
元気良く口上を述べ続けるライゼル。
そんなライゼルに対し、これまた元気良く笑顔で返答するセレナ。
「今日はじゃあ、取り敢えず軽く50キロ進んでみようか」
下卑た笑顔を浮かべ、フィーナとセレナにそう宣言するライゼル。
口元がヒクヒクと痙攣したような動きを見せるフィーナに対し、セレナは浮かべた笑顔を一切動かしていない。
「昨日も聞きましたけど、馬車が駄目って事は交通手段は一切使っちゃ駄目って事ですよね?」
「そうだぞー、セレナちゃんはかしこいなぁ! 5点あげちゃおう」
「やったー♪」
頬を染め、とても嬉しそうに喜ぶセレナ。
お兄さんも嬉しいぞ! とばかりに大げさな素振りで頷くライゼル。
一呼吸置き、ライゼルは今正に世界を照らし出そうとしている太陽を見詰め、太陽に向けて指を差しつつ宣言する。
「己が身一つで進め! 健全な精神は健全な肉体に宿るゥ! 身体が資本! だからちゃんと自分を鍛えような!」
「アンタのは毎度毎度、度が過ぎてるのばっかりじゃない! 何が健全よ不健全が服来て歩いてるような奴の癖に!」
フィーナの心無い言葉に傷付いたライゼルは、胸元を押さえながらガックリと膝から崩れ落ちた。
オーバーリアクションである。
「あ。その発言俺様傷付いた。フィーナちゃんマイナス5億点」
「何なのよその点数」
「点数が溜まると抽選でジパングへ御招待」
「ジパングって何処よ?」
聞いた事も無いような地名を提示された為、素直に疑問符を浮かべるフィーナ。
「無駄話してないでとっとと行くぞ」
「無駄話始めたのはアンタでしょうが!」
フィーナのツッコミを華麗にスルーしながら、ライゼルはフィーナとセレナに対し方位磁針を持っているかを確認する。
ちゃんと所持している事を再確認する為に、フィーナとセレナはその手に方位磁針を握る。
「方位磁針に従って、真っ直ぐ北に進んで行けよー。それじゃあスタート。言っとくが、ズルしてもすぐに分かるからな? 俺様、ズルしないようにちゃーんと監視してっからな」
そう言い残し、フィーナ達の周囲に突風を巻き起こすライゼル。
咄嗟にフィーナとセレナが目元を腕で覆い、風が止んだ頃にその腕を降ろすと、既にそこにはライゼルの姿は欠片も見当たらなくなっていた。
「……何処見ても近くに居るようには見えないのに、一体何処でどうやって監視してるってのよライゼルは……」
周囲を見渡してみるが、ライゼルの姿を捕捉出来ず、ポツリと零すフィーナ。
「えっ? ライゼル様ならこの辺りに居ますよ?」
そんなフィーナに対し、何を言ってるんだこの人は? とでも言わんばかりの驚きの口調で答えるセレナ。
「……何で分かるの?」
「この周辺から、まだライゼル様の魔力反応が感じられますから。ただ反応が希薄なせいで、何処に居るのかって言われると流石に分からないんですけど……それでも、この近くに居るのは間違いないはずです」
「まりょくはんのう……?」
誰がどう見ても、頭の上に疑問符が浮かんでいるようにしか見えない、呆けた表情を浮かべるフィーナ。
そんな彼女の様子を見て、セレナは訝しむ。
「もしかしてフィーナさん、貴女、魔法を使えないの?」
「……何よ。使えないと何か困るの?」
ジト目でセレナに対しそう答えるフィーナ。
フィーナは、一般的に思い浮かべられるような魔法らしい魔法を使えない。
天才肌というべきか、野生の嗅覚と例えるべきなのか。
それでも魔力操作だけは出来るらしく、フィーナは肉体強化の術を理論ではなく直感的に使用する事は出来るのだ。
大荷物を抱えた上で、50キロもの距離を単身で移動。
魔法の無い世界であらば、最早死ねと言っているのと同意義にすら思える距離ではあるが、肉体強化を覚えているフィーナからすれば、度の過ぎたハードワーク程度に収まる範疇ではあった。
キツいのは間違い無いのだが。
「何で貴女、ライゼル様と一緒に居るの?」
「うっさいわねぇ。私がどうしようと勝手でしょ」
そんなフィーナに対し、何でこんな無能が、とでも言わんばかりの冷たい眼差しを向けるセレナ。
セレナは、こと魔法という技術に関してはエキスパートと言っても問題無い程の腕前を有している。
にも関わらず、思い人であるライゼルに対し距離が近いフィーナに対し、どうやら対抗心を燃やしている模様。
「お前等足止めてんじゃねえよ!」
口ばかり動かしてばかりで一向に進む気配の無いフィーナとセレナに対し、その頭上から怒声を飛ばすライゼル。
咄嗟にフィーナとセレナは声のした方向を見るが、やはりそこにライゼルの姿は無い。
「だから何処に居るのよアンタは!?」
「何処でも良いだろ! マジで置いていくぞテメェ!」
「分かったわよ! 行けば良いんでしょ行けば!」
一歩脚を踏み出せば、ズシンという効果音でも付きそうな足取りで、フィーナは道を北上し始める。
目指すはロンバルディア領、そことファーレンハイトを繋ぐロゴモフ山道。
天気は快晴。されどオーバーワークなフルマラソン以上の過酷なランニングの工程が始まるのであった。
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「――おっせえなぁフィーナ。こんなペースで進んで一体何時ロゴモフ山道に着くつもりだよ?」
「そうですよ」
肩で息をしながら、その場にへたり込むフィーナ。
出発時はまだ朝日が昇り始める頃合だったにも関わらず、現在時刻は既に夕日が山間部の向こう側に消えて久しい。
つまり、完全に夜であった。
野営地を見繕い、薪を集め、火を付けて暖を取りつつ今日の夕食の準備が整う頃合になってやっと姿を現したフィーナ。
そんな彼女に投げ掛けられた言葉がこれであった。
「そ……空飛ぶなんて……卑怯よ……!」
恨みがましい視線をセレナに対し突き刺すフィーナ。
そんなフィーナの視線に気付いているにも関わらず、キョトンとした表情のまま小首を傾げるセレナ。
この道中、セレナは自らの持つ魔法を行使する際の補助具である杖に腰掛け、また所持品である荷物も杖に引っ掛けた状態で空を飛んで移動していた。
魔力の消費は当然相応にしているのだが、セレナからすればそこまで気にする程の消費ではない。
多少は息を荒げる程度には消費したが、フィーナを置き去りにしてライゼルと二人きりという甘い空間での一時を送った事でセレナの消費した魔力は元通り、というより過剰に回復していた。
「卑怯なんですか? ライゼル様?」
「いーや別にぃー? だって俺様、己の力で進めとは言ったけど、飛んじゃ駄目だなんて一言も言ってねえしぃー」
ライゼルに対し質問した所、全くもって卑怯じゃないと太鼓判を貰うセレナ。
「悔しかったらお前も飛べば良いじゃねえか。飛ばない猿はただの猿だぜぃ?」
「誰が猿よ!」
ライゼルの襟首を掴み上げ、そのままぶっきらぼうにブン投げるフィーナ!
勢いそのままに大木へと背中から叩き付けられ、背の曲がった老人の如く腰を抑えながらヨロヨロと立ち上がるライゼル。
「おごごご……やっぱり暴力猿じゃねえか……」
「大体こんなに荷物持たされたら遅くなるに決まってるじゃない! 馬車使うななんて理不尽な命令もするし!」
ごもっともな、正論をがなり立てるフィーナ。
鍛錬である。とはライゼルの弁ではあるが、それにしても物事には限度がある。
しかしながらフィーナは振り切られずに喰らい付いているのだが。
そんなフィーナの様子を、白湯を飲みながら冷めた目で見るセレナ。
「あの距離を走ってきたってのに、元気なんですねフィーナさんは」
「体力しか採り得無いからなこの乳無し女は」
黙っていれば美形のライゼルが、口元をグニャリと歪めながら下品な笑い声を上げていると、そんな彼の頭部にフィーナの腕が巻き付く。
「この減らず口がああああぁぁぁ!」
「ぎええええぇぇぇ! 胸が! 胸が当たらない! なんだこの絶壁本当に女kうぎいいいいぃぃ!?」
フィーナによって背後からヘッドロックを決められ、苦しむライゼル。
苦しんでいるにも関わらず、尚もセクハラ発言を繰り返した結果。
因果応報と言うべきか口は災いの元と言うか。野営地にライゼルの絶叫が響き渡るのであった。
フィーナ「好きでこんな胸してんじゃ――何言わせんのよこのアホがあああぁぁ!」
ライゼル「勝手にキレてんじゃねええええぇぇぇ!?」




