22.駆け引き?
食料品の買い込みを終え、私達は聖王都の結構上等な宿屋へと脚を運び、ここで一泊する事になった。
宿代は毎度の事で最早慣れつつあるのだが、ライゼルが出してくれた。
この食料代といい、一体ライゼルは何をどうやってこれだけのお金を捻出しているのだろうか?
疑問が浮かぶが、私の頭ではどれだけ考えても答えが浮かばないので考える事はとうに止めている。
この宿は驚くべきことに、一つの部屋毎に浴室が備え付けられていた。
水は貴重品であり、ましてやその水を大量に使う風呂なんて、貴族様でもないと出来ないような豪遊の類である。
その為、身体を清める時はお湯の入った桶とタオルで身体を拭くのが一般的だ。
しかしながら、ロンバルディア共和国から徐々にではあるが世界中に技術伝播が成され、少しずつ人々の生活の水準が高くなっていっているようだ。
ロンバルディア共和国は何でも人々の生活を豊かにすれば、結果的に疫病といった災いを退ける事が出来ると言っているそうだ。
そんな風な事をライゼルが言っていた気がするが、何が何だか私にはサッパリ理解出来ない。
「――ねえ、フィーナさん。何で貴女はライゼル様と一緒に行動してるの?」
明日、日の出から行動すると言うので、明日の準備をしている最中。
ライゼルと同室になりたいとかいう、まるで餓えた狼の前へ全身に肉を括り付けて現れるような真似をしようとしたセレナからそんな事を訊ねられる。
「何でって……放っておけないからに決まってるじゃない」
「どうして放っておけないんですか?」
首を傾げるセレナ。
同性の目から見てもその仕草はとても可愛らしいものだったのだが、何故かイラッとした。
なんだろう、これがあざといっていうヤツなのだろうか?
「だってあの馬鹿、ちょっと綺麗な女の人を見掛ければすぐにちょっかい出して迷惑掛けるし、幼馴染がそんな事してたら普通止めるでしょ?」
昔はそんなんじゃ無かったのに。
私が知ってる昔のライゼルと、今のライゼルはまるで別人と言って良い位に豹変してしまっている。
それも悪い方にである。歪んでしまった鉄の棒を更に捻じ曲げてぶっ叩いてそのままにした様な感じである。
私と別れてから、一体ライゼルに何があったって言うのよ。
――いや、何があったのかは聞いている。
私とライゼルの故郷、トゥーレ村に何があったのかも。
でも、それでも……
「――なら、その役目はこれから私がするので。そうしたら、フィーナさんがわざわざ苦労してライゼル様と一緒に行動する必要無いですよね?」
――え?
今、セレナは何て言った?
ちょっと考え事してたせいで聞き逃したんだけど。
「だって私、ライゼル様を愛してますから! 今は一方通行の片思いかもしれないけど、ゆくゆくは相思相愛、恋人同士に……!」
急に声色とテンションが変わり、まくし立てるように持論を述べ始めるセレナ。
何だろう、何かセレナの周囲だけ空気が違う。
あそこだけ煌びやかというか、桃色というか。
「そして最後には将来の伴侶に! となれば、未来の花嫁候補ミ☆の私がライゼル様の隣に立ってサポートするのが筋じゃないですか!」
花嫁候補、の辺りで唐突にウインクを決めるセレナ。
アレは私がやっても気持ち悪いだけなのだろうが、セレナ程の美貌の持ち主がやるとそうでもないようだ。
あざとくてキレッキレである。
「フィーナさんは、ライゼル様の幼馴染なんですよね? 言ってしまえば『ただの幼馴染』相手にそこまで苦労する必要無いんじゃないですか?」
ライゼルが私への嫌がらせとして大量に持たせた、食料の山を指差しながらセレナはそう言い切った。
実際、食べる分として必要なので持って行かねば飢えで苦しむのは私なのだから、必要だというのは分かる。
でもこれだけ食料を買い込む財力があるのに、絶対に馬車に乗せないという辺り、やっぱりこれライゼルの嫌がらせだよね?
そもそも馬車に乗れば歩きなんかより早く移動出来るし、荷物も馬車に載せられるし時間が短縮出来るし消費する体力も減るからその分買わなきゃいけない食料も減って――絶対ライゼルの嫌がらせじゃない!
セレナにそう言われて気付く。私、何でこんな辛かったり苦しかったり危なかったりする目に遭いながらわざわざライゼルなんかと一緒に居るのかな?
こんな奴、
「放って――」
――ここに、俺の居場所なんて無ぇよ。
この世の絶望や嘆きといった、暗い感情を全部混ぜ込んだような。そんな暗く淀んだ色を浮かべる目。
今、ここで手を離してしまうと、何か取り返しの付かない事態になりそうな予感。
脳裏を過ぎる、記憶の一片。
背筋が凍る程の恐ろしい記憶だけれども、絶対に目を背けちゃいけない。そんな過去。
「――おけないから、こうしてわざわざ居るんじゃない!」
今は落ち着いているみたいだけど、あんなライゼルを放ってなんておけない。
少なくとも今は、この手を離す事はライゼルを見捨てる事と同意義だ。
あんな幼馴染を見て見ぬ振りなんて、出来る訳が無い。
だから、私はライゼルの隣に居ないと駄目なんだ。
誰に言われたとかじゃなくて、私がそうしたいから。
「……ただの幼馴染相手にそこまでするんですか? やっぱりライゼル様とは恋仲なんですか?」
「それは絶対に違う」
うん、それは無い。
女なら誰でも良いって位に周囲に粉掛けまくる癖に私の事は全く女として見てないし。
そりゃあ、確かにライゼルは整った顔立ちだし、私みたいにそばかすとか無い色白だし、いわゆるイケメンって分類になるのは私も理解してる。
でも、ライゼルはその美貌から放たれる言動が全てを台無しにしてしまっているのだ。
口を開けば三枚目、って奴だ。
「平気でセクハラしてくるし、暴力的だし、言動がそこらのチンピラと何も変わらないし、人質使うし、人様からお金をまきあげようとするし――」
あれ?
ライゼルってかなりのクズなんじゃ……
「……なら、尚更一緒に居る必要なんて無いじゃないですか」
「でもそれは……」
ライゼルは、強い。
ふざけてる時はともかく、真面目にライゼルから稽古付けて貰っている時は今まで一度たりともライゼルに攻撃を当てられた事が無い。
昔、一緒に野山を駆け回ったり、男達に混ざって勇者様ごっことかをやっていた時とは大違いである。
だけど、ライゼルの強さは同時に危うさも感じた。
例えるならそれはガラスの破片。
とても鋭く、触れれば何であろうと切り裂いてしまう。
だけど同時に脆く、強く叩かれてしまえば容易く砕けてしまいそうな、そんな強さ。
真面目なライゼルに全く歯が立たない私がそんな事を口にすれば、ただの負け惜しみでしか無いのだろうけれど。
「……フィーナさん、優柔不断だって言われませんか?」
「え? 言われた事無いけど?」
「じゃあ言ってくれる人が周りに居なかったんですね」
セレナは一体何を言っているのだろうか?
私は優柔不断所か、やや真っ直ぐに突き進み過ぎるのが玉に瑕な位の直情的な人だと思っているのだけれど。
理解してるのに治せない辺り、悪癖だとは思ってるけど。
「再会出来た以上、私はもう絶対にライゼル様から離れる気なんて無いですから。悪いけど私、好きな人と一緒になる為なら手段なんて選びませんよ」
目付きを鋭くするセレナ。
……え?
何? もしかして私、威嚇されてるの?
「えー……セレナ、何でそんなに可愛いのにあんな残念な男に夢中になってる訳……?」
セレナ程の見た目なら、それこそ貴族様であろうと簡単に引っ掛けられるだろう。
玉の輿だって夢ではないと思う。
なのに、あんな――いや、確かにライゼルもイケメンだし、美男美女のカップルになるのかもしれない。
だけど口開いた瞬間、その理想的な番が一撃で粉砕されるんですけど?
見た目イケメン中身チンピラって本当性質が悪いわね!
「え? 何ですか? もしかしてそれ、ライゼル様を意図的に下げて私の気を逸らそうっていう駆け引きですか?」
「いや、そんなつもり全く無いんだけど」
セレナは何か深読みし過ぎてる気がする。
「……まあ良いです。明日も早いですし、睡眠不足はお肌の大敵ですし。今日はもう寝ましょうか、フィーナさん?」
日が落ちる前に宿に来たのだが、外を見ればもう完全に日が沈んでいた。
高い宿だけあり、室内には魔法による光が点っていた為、既に日没の時間帯だという事に全く気付かなかった。
「でも私、ライゼル様の恋人になるのは絶対に諦める気はありませんからね?」
そう言い残し、セレナは自分の寝床へと潜り込んで行った。
――セレナとライゼルが、そういう関係になる。
その光景を思い浮かべると、何故かモヤモヤする。
その感情が何なのか、考えても答えが出ない。
下手な考え休むに似たり、という言葉もあるので、その感情が何なのかは分からないが一旦横に置き、私も明日の為に寝床へと潜り込むのであった。




