208.一つの決着
「――その軽い剣じゃ、何べん振ろうと俺には通らねえぜ」
その場から一歩も動かず、容易く全て弾かれる。
実力不足、という言葉が重い壁として立ちはだかっている現状に、ミサトは歯噛みする。
「そっちに抱えてる剣は抜かねぇのか?」
ミサトは普段、片手で刀を、片手で符を扱うという形で戦っている。
だが、こうして戦いの場に持って来ている以上、もう一本の刀も武器として使う気はあるのだろう。
使いもしない刀をただ持ち歩くなど、無駄に重量を増やすだけで邪魔でしかない。
なのに、一向に抜く気を見せなかった事が、ロンドキアの興味を惹いたのだろう。
「……この剣は、抜く訳には行かないのでござる」
柄に片手を添えつつも、決して抜こうとはしないミサト。
かつて心身を乗っ取られ、忌まわしい代物だとは感じつつも、今は亡き父親の遺した形見という側面もあり、無碍にも出来ない、呪われた刀。
「はーん、成程訳アリか。大方、その得物は曰く付きで、精神汚染を引き起こす代物、って所か」
鞘に納められたまま、決して抜こうとしないミサトの刀に視線を落としながら、ポツリと呟くロンドキア。
それはただの仮説を呟いただけなのだが、妙に具体的で、かつ正鵠を射ていた。
「そこまで分かるのでござるか。流石、と言うべきでござるな」
「なーに、他人事でも無いからな」
ボリボリと頭を掻きつつ、苦笑を浮かべるロンドキア。
その有り方は、最強と呼称され、国の重鎮の一角である事をまるで感じさせない物である。
例えるならそれは、気さくな一村人、といった雰囲気だった。
だが、そんな穏やかな雰囲気を一変させ、怜悧な表情へと切り替えるロンドキア。
「――それを扱えないのは、単純にお前の力量不足だな。力量っつっても、腕とかそういう体格の問題じゃねえ、心の問題だ」
「心、でござるか」
「精神汚染ってのは、その代物に宿った強い思念、魔力に押し負けるからなっちまうんだ。それを捻じ伏せるだけの心の強さがあれば、たかが武器風情なんぞに心身を乗っ取られたりなんてしねえよ」
そう言うと、ロンドキアは一旦構えを解いて、手にしていた剣をミサトに良く見えるよう、向きを変えた。
「この剣も、その一つだ」
磨き抜かれた、白銀の刃。
宝飾の施された、素人でも一目で名剣と分かる程の輝きを放つ剣。
事実、それは長きに渡り、ファーレンハイト王家にて保管され続けていた、名剣の一つ。
「名前は……何だっけか? 興味ねえから忘れちまったけど、コイツもちょいちょい、俺にいらねえ事吹き込んでくる代物だからな」
そんな名剣を、興味無いからと雑に紹介するロンドキア。
彼にとって剣とは、頑丈で切れてくれればそれで良いという代物なのだ。
「さて。試合の最中なんだが……その剣、少し借りても良いか? どんな代物なのか、ちょいと興味があるんでな」
ロンドキアから、剣を貸してくれという提案が成される。
少し逡巡した後、鞘に納めたままの状態で刀を差しだすミサト。
「――お主程の人物であらば、問題無いでござろう」
片手に自らの剣を持ったまま、ミサトから刀を受け取る。
親指で刀の鍔を押し上げ、鞘から刀を引き抜く。
僅かにロンドキアが眉をひそめ――そのまま刀を鞘に納めた。
「――成程、随分と生意気な代物じゃねえか」
ありがとうな、と一言述べつつ、刀をミサトへ返すロンドキア。
「そうだな、一つ助言するなら――こういう手合いの代物は、真面目に耳を傾けると馬鹿を見るぜ」
自らの経験談を加味した助言をするロンドキア。
その言動には特に裏は無く、単純に興味を持った相手に対する、アドバイスであった。
「少しタイプは違うが、お前と似たような奴が身内に居るんでな。もう少し傲慢に、ぶん回す位の気持ちで良いと思うぜ、その剣に関してはな」
「成程、その時が何時になるかは分からないでござるが、忠言として受け取っておくでござるよ」
「まあ、お前からすれば厄介な代物でしか無いだろうからな。絶対に譲れない、何かの為に戦う必要がある時にでも抜けば良いさ。それだけ追い込まれた状況なら、無理矢理にでも使いこなすしか無いだろうからな」
「出来れば、そんな状況は来ない事を祈りたい物でござる」
「ま、次に会う時はソイツを使いこなせるようになってる事に期待するぜ。そうすりゃ、もっと楽しめそうだしな!」
ギラリと歯を輝かせながら、爽やかさと獰猛さが交じり合った笑みを浮かべるロンドキア。
「それは、激励と受け取って良いのでござるか?」
「まあな。久し振りに見込みがありそうな奴と出会えたからな、もっともっと強くなって、俺を負かしに来な!」
僅かな静寂の後、ミサトとロンドキアは互いに距離を取る。
そして――再び、激突した。
最早、これ以上語る事は無い。
そう言わんばかりの、猛攻、打ち合い。
一言も発さず、その一言を発する呼吸すら惜しくなるような、濃密な時間。
音すら置き去りにする、ミサトの必殺の一閃を、刃で受け止め、挙句反撃に転じてくるロンドキア。
剣での戦いでは、ロンドキアの方が一枚も二枚も上手。
そこにミサトの勝機は無い。
刃の嵐が如き、その強烈な剣戟の最中、一瞬の隙を突き、ミサトは符を引き抜き、即座に魔力を流し――
直後、ミサトの片腕に強烈な衝撃!
手にしていた符は、魔力を流す暇も無く吹き飛ばされ、地面へひらりと舞い落ちた。
元勇者の仲間にして、聖王都を守護する最強の一角。
そんな男に、"隙"など在りはしない。
ミサトが見た隙は、ロンドキアが張った罠でしか無かった。
その隙にまんまと嵌ったミサトは、ロンドキアが放った回し蹴りを受け、望みを託したもう一つの戦闘能力を失った。
「――中々楽しめたぜ。だが、これで終わり、だな」
「……そのようで、ござるな」
「悪いな、足癖が悪くてよ。俺の剣は、綺麗さとは掛け離れた泥臭い剣なんでな」
ロンドキアの蹴りが直撃したミサトの片腕は、あらぬ方向に曲がっていた。
片腕が折られ、挙句体勢を大きく崩し、地面に転がった状態で、喉元に突き付けられた刃。
こんな状態から、逆転出来る者など存在しない。
ミサトとロンドキア。
大会優勝者と"最強"の戦いは、ミサトの降参という形で幕を下ろした。




