207."最強"の壁
闘技場に湧き上がる、割れんばかりの歓声。
その歓声は、今この舞台に立っているたった二人に向けられたモノだ。
しかしながら、この二人の耳にはその歓声は届いていない。
相対する強敵へ意識を集中しており、周りの余計な雑音は届く情報の中から無意識に排除されているのだろう。
「――よぉ、勝ち上がって来たみてえだな。まあ、そうじゃなきゃ面白くねえなぁ」
ミサトと対面するは、白銀の全身鎧に身を包んだ大男。
兜だけは身に付けていないが、それ故にその男の顔立ちがしっかりと見て取れる。
煤けたような茶色い髪を短く刈り上げ、浅黒く日焼けした肌に、無骨な顔立ち。
美麗とは掛け離れた風貌ではあるが、不細工という訳ではなく、精悍な顔付きという表現がピッタリである。
「名位は聞いているでござるよ。この国の兵を束ねる者だと」
「そいつはどうも。俺もお前の名は知ってるぜ? ミサト・リエゾンだったか? 先日の大会で優勝したらしいじゃねえか」
「勝ったのは拙者の力とは言い難いのでござるが……何にせよ、強者に名を覚えて貰えて光栄でござるよ」
ロンドキア・ストラグル。
聖王都を守護する近衛隊長にして、元勇者一行の一人。
かつて勇者と魔王が激突した戦いの際、先代勇者の行く手を阻む四天王の一人を相手取り、見事生還を果たした。
人類側の最強格として数えられる一人でもあり、冗談誇張抜きで、この男一人で万軍を相手取れる程の力を有している。
この男が防衛戦に参加するという情報が出てから、今回の防衛線の優勝候補筆頭はこの男だというのがもっぱらの意見である。
『さあ、注目カードです! 方や、先日の団体戦優勝チームの一人! そして、もう片方は何とあの元勇者一行の一人にして、今は聖王都を守る最強の守護神! ロンドキア選手が人気ですが、先日のミサト選手の目覚ましい活躍を見ていれば、もしかしたら大番狂わせが起きるかもしれないという期待もあります!』
『実際の所、どうなの?』
『ロンドキアって奴の実力を知らねえから、何とも言えねえなぁ。ミサトって奴の方はこの目で見てるけど、少なくとも速さだけなら、あたいが若かった頃よりもはええな。お前も下手したら負けるかもしれねえぞ?』
『そんなに? ちょっとおかしくない?』
解説席側は、実際に目で見ているミサト側を評価しているようだが、相手は聖王都を支える武力の頂点、その一人である。
そう易々と勝てるような相手ではない事だけは確かだ。
「今回の参加者の中で、知らねえ奴で一番骨がありそうな奴だったからな。目を付けてたから、こうして当たれたのはラッキーだぜ」
「それは、光栄だと思うべきでござるか?」
「思って良いぜ。お前なら、少しは退屈が紛れそうだしな」
獰猛そうな笑みを浮かべながら、ロンドキアは答えた。
互いに所定の位置に付き、剣を抜いて構えた。
審判の対戦開始合図と共に、ミサトの足元から爆発でも起きたかの如き土埃が巻き起こる!
最早常人では突風にしか見えないその突撃に対し、ロンドキアはさながら挑戦者を待ち受ける王者の如く、その場から動かず、どっしりと構えた。
極限まで研ぎ澄まされた、音すら置き去りにする横薙ぎの一閃!
対面している相手が強者だという事を認識しているからこそ、一切の慢心無く、自らの持ち得る最速の早さでぶつかるミサト!
それを――片手で受け止めるロンドキア。
「ッ、確かに早えが――追い切れない程じゃねえ! 受けてみて案の定!」
止められるのは計算の内とばかりに、一息すら吐かせぬ、無呼吸連打の如き閃き!
「剣にしろ槍にしろ、振り下ろしだろうが薙ぎ払いだろうが、振る時の動きは必ず直線的になる。だからその直線状にちょいと剣を添えてやれば――」
防具の無い頭部、首筋、鎧の関節部分、その全てを的確に狙った白刃!
だがそれを、表情こそ歪むものの、全て手にした剣で捌き切るロンドキア。
「こうやって、弾かれるって訳だ」
ミサトの猛攻を、片腕で握った剣のみで捌きながら、もう片方の腕を伸ばすロンドキア。
掴まれて持ち前の速度を殺される事を恐れたミサトが、一旦距離を取るべく飛び退いた。
「……こうもあっさりと凌がれては、流石に自信を失いそうでござるよ」
「なあに、こっちも別に余裕って訳じゃねえよ。その速さは大したモンだ、誇って良いぜ」
ミサトのその速さに対し、素直な称賛を送るロンドキア。
『――だからこそ、簡単に防がれない為には、相手の反応を上回る速さか、相手の防御ごと弾き飛ばすような勢いが要るって訳なんだが……ミサトって奴の持ち味である速さが、完全に見切られてちゃあなあ……』
『あのミサトって子、相当強いのは間違いないんだけど。単純に相手の格が違い過ぎるね。一番優れてる所で負けてたら勝負になる訳無いわね。何か、隠し玉でもあれば話は別だけどね』
先程の打ち合いで、ミサトとロンドキアの力量の差をある程度見切ったのか、若干ロンドキア寄りの解説になるカーミラとドラグノフ。
実際の時間にして僅か数秒程の出来事だったが、その僅かな時間の間に行われた攻防は、二人の力量を推し量るには十分なモノだったようだ。




