20.顔合わせ
「人にここで待つよう言って置きながら自分はすっぽかすとか良い根性してるわね!」
殴り飛ばし、倒れたライゼルに馬乗りになった挙句襟首を両腕で掴み、ガクガクと揺さぶるフィーナ。
「うへっ!?」
そんなフィーナを、真横から勢い良く突き飛ばし、倒れたライゼルを介助するセレナ。
「私のライゼル様に何てことするのよ! この暴力女!」
「はぁ!?」
まるで威嚇するネコのような鋭い目付きで、口を尖らせ、今にでも噛み付きそうな口調でフィーナを糾弾するセレナ。
「大丈夫ですかライゼル様!?」
「うぇ~ん、俺様アゴが外れちゃったよう……そっと優しく抱きしめてくれたら治りそう」
「アゴ外れてたらそんな流暢に喋れる訳無いでしょ!」
明らかに一目で嘘泣きだと分かる動作でセレナに泣き付くライゼル。そしてそれを一刀両断するフィーナ。
フィーナの言い分は実にご尤もである。
「こうですか!?」
「ふへ!?」
しかしながら、セレナはライゼルを抱き上げ、そっとその頭を胸元に抱き寄せる。
丁度、頭を胸で挟み込むような形である。
セレナ程の整った顔立ち、男ウケする身体の持ち主からそんな事をされる。男冥利に尽きるの一言である。
「ちょっ……貴女一体何やってるの?」
「そもそも貴方、誰ですか? さっきから私のライゼル様を殴ったり罵倒したり!」
「誰って、その馬鹿の幼馴染よ」
「幼馴染……?」
幼馴染、という単語にピクリと反応するセレナ。
「本当なんですかライゼル様?」
「小さい頃、トゥーレ村っていう場所で一緒に暮らしてたのよ。引っ越しで少しの間離れ離れになってたけど、その間に恐ろしい位性格がひん曲がったみたいだから、躾し直してるのよ」
ライゼルへの質問を、どうせライゼルが答えても同じ回答が帰ってくるだけなので、ライゼルに代わって答えるフィーナ。
ライゼル自身が説明すると、無用な脚色蛇足余計な言い回しを繰り返し、5分で済む内容を1時間にまで膨れさせる事がある為、時間の節約の為にフィーナがスッパリと答えたのだ。
ライゼルとフィーナは、共に幼少時代を同じ村で過ごした典型的な幼馴染である。
幼い頃はライゼルよりもフィーナの方が心身共に強く、フィーナが突き進む方向に向けてライゼルが後ろから追い掛けるような毎日を過ごしていた。
フィーナの家族の仕事の都合で、故郷であるトゥーレ村を離れるまでは毎日一緒に遊んで暮らしていた関係なので、他者から見れば今にも殴り合いが始まるんじゃないかという険悪な関係に見えるのだが、これがライゼルとフィーナの通常通りの関係である。
……殴り合いというか、一方的にフィーナが殴っているだけというか。殴られて当然のような言動ばかりライゼルが繰り返しているというか。
「……って言うか、え? 貴女、何でそんな奴の事を様付けしてるの……? もしかして、そこの馬鹿に何か弱みでも握られてるんじゃ……」
引くわー、といった態度を隠しもせず半目になるフィーナ。
その視線の先にはセレナとライゼルが居るが、そのどちらにその視線を向けているのか。それとも両者に向けているのか。
「ライゼル様は、私を助けてくれました。それも一度だけじゃなくて二度も。私の危機に、ライゼル様は助けに来てくれたんです。私の黒衣の王子様……」
フィーナの言動を一切意に介さず、視線をライゼルに落とし、うっとりとした目付きでそう語るセレナ。
その目はやはり恋する乙女のモノであり、その目の色は、自分だけを見ていて欲しい、自分だけの王子様であって欲しいと物語っているかのようである。
「え? ライゼル、貴方人助けしてたの?」
「してねーよ。何か気付いたら命の恩人扱いされてたんだよ。ちげーっつってんのに、すげー剣幕だからなし崩し的にこうなっちまったんだよ」
「というか昨日は一体何処で何してたのよ! それ位答えなさいよ!」
「森でちょっとはしゃいで疲れたからセレナちゃんと一緒に寝てただけだよ」
「はぁ!?!? ちょっ、寝たって!?」
「文字通りの意味に決まってんだろー? ありゃりゃー、もしかして生娘のフィーナちゃんには早いお話だったかにゃーん?」
「き……生娘……? 何それ?」
「生娘も知らねぇのかよ。お前物知らな過ぎだろ。処女だっつーてんだよアホ」
セレナの胸の中に埋もれていたライゼルの襟首を掴み、ネコでも持ち上げるかのような動作で掴みあげるフィーナ。
この問答の最中、当然ながらライゼルは宙ぶらりんである。
宙ぶらりんから地面へと叩き付けられるライゼル。
「――幼馴染……」
そんな二人のやり取りを見て、ポツリと呟くセレナ。
立ち上がり、フィーナに対して向き直るセレナ。
「……フィーナ、さんで良いのよね?」
「え? そうだけど……」
「貴女、ライゼル様の恋人?」
「はあっ!?」
散々先程から叫んではいたのだが、そのセレナの発言に動揺したのか、声が裏返るフィーナ。
激情を隠しもしないフィーナから、動揺の色が容易に聞き取れた。
「そ、そそそんな訳無いでしょ!? いくら顔が良いからって、こんな女たらしの軽薄男なんかが恋人の訳無いじゃない!」
「そうだぜセレナちゃーん。フィーナちゃんは俺様のペットだからな。ちょーっと躾がなってないからすぐに噛み付く駄目犬だけブフッ!?」
一切表情を変えず、精確にライゼルの鼻っ柱に裏拳を打ち込むフィーナ。
鼻を押さえて蹲るライゼル。
「そう……恋人じゃないんですね」
「当たり前じゃない!」
セレナはフィーナを頭上から足元まで、舐めるように見た上で。
「良かった」
誰にも聞こえない程の小さな声で、そう呟く。
「貴女、ライゼル様と一緒に行動してるの?」
「そうだけど?」
「じゃ、これからの道中、宜しくお願いしますね? フィーナさん?」
何も知らない者が見れば、飛ぶ鳥を落とす程の眩い輝きを放つ笑顔を浮かべるセレナ。
しかし知っている者が見れば、笑顔の中に女性特有の威嚇を含めた笑みであるという事が容易に読み取れただろう。
フィーナは、読み取れない人物であった。
「宜しくって?」
「なーんか一緒にくっ付いてくるみたいだぜ? お前と同じでさぁ」
完全に他人事であると言わんばかりの口調で、フィーナに答えるライゼル。
その回答を聞き、フィーナは目を見開き、セレナに掴みかかる。
「気は確かなの!? こんな若い身空で、人生棒に振るのは速過ぎるわよ!?」
「貴女こそ何言ってるんですか!? ずっと、ずっと待ち焦がれた想い人と! やっと再会出来たのに! じゃあはいサヨナラでお仕舞いな訳無いじゃないですか!」
「こんな顔だけしか取り得の無いそこらじゅうの女に粉掛けまくるチンピラ同然の下半身直結男の何処にそんなに情熱傾ける要素あるのよ!?」
「ひでー言われようだぜ」
女同士の言い争いに口挟んでもロクな事が無いと、傍観を決め込むライゼル。
思い留まるように説得するフィーナ。喰らい付くセレナ。
しかし、恋する乙女の力はとても強く。その内包するエネルギー量に圧倒され、最終的にこの口論はフィーナの敗北。
今後セレナはライゼルと同行するのが決定となるのであった。
「――それで、これからどうするんですかライゼル様?」
同行者としての立ち位置を確保したセレナは、今日の行動方針をライゼルへと尋ねる。
「……もう食い物が無ぇからな。買出しだ。それが済んだら北目指すぞ」
「北? って事はロンバルディア共和国に行くって事ですか?」
「ああそうだ」
「ロンバルディアって、確か雪とかいうのが降ってる凄い寒い場所なんでしょ? 何でまたそんな場所に行くのよ?」
「ぜーんぶお前の事を考えて、俺様がわざわざ折れて! 配慮した結果の移動ルートなんですけどねぇ!? 俺様一人で行動すんならこんな面倒臭い事しなくて済むんですけどねぇ!」
「何よ! 何考えてこんな大距離移動してんのかも教えてくれない癖に恩着せがましくしないでよ!」
「そもそも俺様はお前に付いて来てくれなんて一ッッッ言も言ってねえんだよ! 嫌ならサッサと帰ってお前の両親と一緒にソロバンでも弾いてろ!」
「帰る訳無いでしょ馬鹿じゃないの!?」
ライゼルと口論になり、語気を荒げるフィーナ。
「――買出しなら、そろそろ行った方が良いですよね? あんまり遅くなると、商人達に良い物粗方漁られてロクなの残って無い、なんて状態になりますよ?」
ライゼルとフィーナの口喧嘩の勢いが落ち、両者共に息切れしたタイミングでそう断言するセレナ。
「そうだな、取り敢えずガッツリ保存食買い込むぞ。それが済んだらここで一泊して、夜が明けたら即出発だ、今回は山越えだぞ」
「うげー……またあの大荷物かぁ……」
「嫌なら買わなくても良いんだぜぃ~? 餓えるのはお前だけだけどな!」
「買うわよ! というか何でライゼルは何も食わずで平気で居られるのよ!?」
「おいおい人を化け物みたいに言ってくれるな。俺様だってちゃんと飲み食いしてるぜ? ふっつーに村とか町まで行って食い物買ってきてんだよ」
「アンタ前に見渡す限り何処もかしこも地平線っていうふざけた場所でもそれやってたわよね!? 一体何をやってるのよ!?」
「いやだから、普通に行って帰ってきただけだけど?」
「それは普通って言わないのよ! 異常って言うのよ!」
一度は止んだはずなのに、再び再開されるライゼルとフィーナの口喧嘩。
そんな二人の関係に対し、疎外感を感じたのか。
セレナは歯を食いしばり、恨みがましい表情を浮かべ、フィーナを睨み付けるのであった。
会話文がやかましい。




