202."魔王"の邂逅
防衛戦を行う時期の闘技場都市は、街中至る所がお祭り騒ぎである。
前夜祭とでも言うべき、団体戦の部が終了し、深夜になってもそれは続いていた。
宴もたけなわ、とはこの事だろう。
普段は立ち並ぶ飲食店も明かりを落とす時刻なのだが、書き入れ時という事もあり、従業員も人員フル投入でこのお祭り騒ぎに対応していた。
肉を喰らい、酒を飲み明かしながら、ここまでの戦いの感想や、いよいよ明日開催となる本命の防衛線、その勝敗予想によって人々の会話は盛り上がっている。
そんな街中の道を、黒い外套の人物が闊歩する。
お祭り状態の街中の熱気には一切目もくれず、真っ直ぐな足取り。
街中でも一際大きい、グランドホテルと呼ばれる、最高峰の宿へと足を踏み入れた。
室内には磨き抜かれた白い大理石の床や柱、毛深い絨毯、高そうな艶を放つ木製のテーブルカウンターといった、これでもかとばかりに高級感を演出する家具が配置されている。
そんな中、外套の人物はカウンターへ向けて一直線に進む。
この宿は、見た目の高級感が与える印象に違わず、例え一泊だろうと目が飛び出るような宿泊費が掛かる。
例え最低ランクの部屋だろうと、一部屋一部屋が大きい為、部屋数も多くない。
部屋数が少ないという事は、客数を増やすという方向で利益を確保する事は不可能であり、これで経営していこうとすれば、どうしても単価を上げるという方向しか出来ない。
その為、この宿は専ら特権階級に属する者のみが泊まる施設となっていた。
そんな場所である為か、この外套の人物は少々場違いなように思える。
着ている外套は多少作りの良い代物ではあるが、大衆向けに作られている量産品であり、しかも使い込まれているせいか端等にスレや解れが見える。
みすぼらしい、とまでは言わないが。
高級感を謳うこのホテルという場所においては、似つかわしくない見た目だ。
「いらっしゃいませ。ホテルニューセンチュリーへようこそ」
カウンターにて相対した外套の人物に対し、首を垂れる受付嬢。
例えこの場に似つかわしくない見た目の者であろうと、一切表情を変えず、笑顔で対応する。
最高級のホテルだけあり、そこに仕える人員も、正にプロフェッショナル。
「――502号室の者に取り次ぎを頼む。要件は伝わっているはずだ」
外套の人物から出て来たのは、男の声であった。
そう言って、男は頭部を覆っていた外套を僅かに外す。
その尊顔を目の当たりにし、受付嬢の笑顔に僅かな亀裂が入った。
プロフェッショナルとしての在り方に、ヒビが入るのも無理は無い。
このホテルに泊まれるような者は、皆例外なくビッグネームばかりだが、今目の前に存在する外套の男は、その中でもとびっきりのVIP。
絶対にヘマは出来ないという、緊張と重圧が圧し掛かれば、こうなるのも無理は無い。
「……かしこまりました。直ちにご案内致します」
案内に従い、外套の男は目的地であるスイートルームの扉の前に立つ。
乾いたノック音が響く。
「ようやく来たか。入って構わんぞ」
艶のある、女性の声が聞こえた。
その返答を受け、外套の男は淡々部屋の扉を開け、入室する。
最高峰のホテル、そこの最上級の部屋ともなれば、筆舌に尽くし難い豪華な調度品が並び、部屋の広さも段違い。
部屋の端から端が、霞んで見えるような錯覚さえ覚える。
「やあ、久しいな"魔王"よ。この地に足を運ぶと聞いたのでな、招待を受けてくれて有難う」
親しさを込めた口調で、部屋の主である女性が、外套の男を出迎えた。
垂れ目気味で、紅玉のように澄んだ瞳。
腰まで伸びた、緩やかなウェーブの掛かった煌びやかなプラチナブロンドヘアー。
その髪の隙間からは、人のモノではない、尖った耳が姿を覗かせる。
小さめの口に、整った目鼻立ち。
血の通った温かみと、柔らかさを感じさせ、人々に愛されるような、そんな美貌を目の前の女性は有していた。
「随分と無防備な恰好だな、キュリー」
「なに、そんじょそこらの連中相手に遅れなど取らんよ。キミも、その外套を取ったらどうだい?」
キュリーと呼んだ女性の言を受け、外套を脱ぐ男。
燃えるような赤毛をオールバックで撫で付け、地獄の業火を思わせるような赤い光を宿した切れ長の双眸を持つ、美形の男が姿を晒した。
この国で、この世界で、この男の名を知らぬ者など居ないと、そう断言出来る存在。
聖王都ファーレンハイトを納める、現国王。
そして――人の身でありながら、魔族の頂点に立つ者の証たる、"魔王"の名を持つ者。
グラウベ・トレイス・ハインリッヒ・ファーレンハイト。
国王にして魔王という、世界最強の一角に数えられる程の有力者、有権者。
武力と権力を凝縮したような存在を前にして尚、目の前のキュリーは態度を変えない。
この男が来る事を事前に知っていて、部屋に招き入れたのだから当然といえば当然だ。
「かつては殺し合った相手を前に、よくもまあそこまで気を抜けたモノだな、"魔王"よ」
「よせよせ。その気も無いのに相手を恫喝するような口調で接してどうする気だ? それに、キミはもう少し気を抜く事を覚えた方が良い。そんなんじゃ早死にするぞ。それに、今は君がその魔王だろう?」
魔王という称号は、魔族の頂点に立つという、言うならば最強という証。
その証をグラウベが持つという事は、他の魔王からその名を継いだという事だ。
つまり、元々はその称号を持っていた者が存在する、という事。
一体それは、誰なのか?
――その者は今、グラウベを前にし、ベッドに腰掛けながらのんびりとくつろいでいる。
「気の休まる日も場所も、何処にも無いのでな」
「なら、私の隣はどうだ? 世界中を見ても、ここより安全な場所はそうそう無いと自負しているぞ」
悪戯な笑みを浮かべ、腰掛けたベッドの隣をポンポンと叩くキュリー。
そんなキュリーを、半目で睨むグラウベ。
「暴力の化身の隣だと? 火の粉が飛んでくるの間違いではないのか?」
「そんな暴力の化身に勝ったのは、一体何処のどいつだろうな?」
ニヤリと笑うキュリー。
「……まあ、何時までも立ち話をする必要も無いだろう。腰を下ろしたらどうだ?」
「構わん。どうせすぐに帰るからな」
「何か用事があるのか?」
「ああそうだ」
「一体、どんな用事なんだい?」
「答える必要は無い」
「釣れないなぁ。キミと私の仲だろう?」
「殺し合った仲だろう、必要以上に親しくする必要は無い」
「外交上はそうだろうが、今はキミと私以外誰も居ないのだ。ただの男女の間柄として接する気は無いかね?」
「そんな間柄になった覚えは無いな」
「ふっ、クク……全く、ここまで靡かない男も初めてだよ」
キュリーは堪え切れないとばかりに、愉快そうに笑い声を上げた。
「――明日の"防衛戦"とやらに出場するのだろう? グラウベよ。キミの用事とやらは、つまりはそういう事だ」
「……そこまで調べておいて、訊ねるとは性格が悪いな」
「ならその用事は、明日という事。開催時刻も予選は昼からだろう? 少し位はここでゆっくり、余暇を過ごすのも悪く無いと思うぞ?」
「随分と暇なのだな、貴様は」
「暇ではないよ。気になる男が晴れ舞台に出ると聞いて、無理矢理スケジュールを開けただけさ」
元魔王、キュリーは決して暇人ではない。
例えグラウベに魔王という称号を譲ったとしても、彼女の仕事が変わった訳ではないのだから。
魔族の収める国、レオパルド領の統治、治政。
元魔王、現女王であるキュリーの仕事は多忙であった。
「どうだい? いじらしい奴だとは思わんかね? そっと抱きしめる位はしても良いと私は思うのだが?」
「……失礼する」
「まあまあ待ちたまえ! 良い酒も持ってきたんだ、飲みつつ話し相手になってくれよぉ」
退室しようとしたグラウベを、機敏な動きで腕を掴み、阻むキュリー!
キュリーが完全に逃がす気は無い事を察したグラウベは、深く溜息を吐きつつ、キュリーの話に付き合う覚悟を決めるのであった。




