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200."焦燥"の大破壊

 キャロルは、警戒を切らずに真顔で戦況を見守り続ける。

 既に闘技場内の天候操作と、ミーアへの強化支援を行っている為、これ以上の支援を行おうとすれば、杖に刻まれた魔法陣が魔力伝導熱によって焼け付き、使い物にならなくなってしまう。

 そういった事情があり、見守る以外の選択肢は無いのだが。

 表情には出さないが、内心キャロルは自分の作戦が上手く行っている事を感じていた。

 この雨が降り続ける限り、魔力を探知する方法で仲間との連携を取る事は出来ない。

 そして同様に、索敵を行う事も出来ない。

 だがキャロル達だけは、電波という手段によって一方的に、仲間の位置を把握し、連携する事が出来る。

 セレナが雨を何らかの手段で吹き飛ばしてくるのなら話は別だが、それをしてくる気配は無い。

 吹き飛ばした所で、再度雨を降らせれば良いだけなので、その点に関してはキャロルは然程警戒していない。

 唯一怖いのは、この雨とミーアへの支援を行っているキャロル自身が倒されてしまう事だが、それだけはさせないよう、慎重に位置を移動しながら、場所を気取られないようにしている。

 キャロルが見付からない限り、時間はキャロル達の味方だ。

 降り注ぐ冷たい雨は、ゆっくりと、セレナ達の体力を奪って行く。


 同じ学院の卒業生、そして同じ手法を用いる者同士。

 だからこそ、何をしてくるのか、何をされたら嫌か、それを互いに熟知していた。

 この混戦状態では、味方を巻き込む大規模な魔法は使えない、と。

 その上で、キャロルが立てた作戦はセレナの上を行った。

 力で相手がどれだけ勝っていても、それを存分に発揮できないのであらば、凡夫となんら変わりは無い。


 唯一怖いのは、全力を出し辛い状況に追いやっているとはいえ、完全にフリーにしているセレナの存在。

 何か妙な事をしてくるのではないかと、キャロルは開始直後から警戒し続けていた。

 だがそんな素振りは無く――というより、見えない。

 物理的に視界が潰されているのはお互い様なので、そこは仕方ないが。

 しかしそれにしても、何もしてこないというのが不気味な事この上ない。

 闇雲に動けば場所が気取られると警戒して、何かチャンスを待っているのだろうか?

 どれだけ考えてもキャロルの中で明確な答えは出ないが、相手がただ待っているのであらば、それは時間を掛けているという事に他ならない。

 ならば、時間はキャロル達の味方だ。

 そして先程、ティオからの通信で、ミーアがミサトに一太刀浴びせたという情報が入った。

 キャロルの作戦通り、この雨は確実に相手の体力を奪っていた。

 あと少し、このまま粘り続けられれば、ミーアがミサトを倒せるかもしれない。

 そうなれば、そのまま一気に残りを押し潰せる。

 ミーアとミサトの戦いの決着が、そのまま戦いの決着になる。

 それがキャロルの予想であり、恐らくそれ以外の方法による決着があるとすれば、自分の位置が不測の事態によって発覚し、自分が倒される。

 それ以外には無いと考えていた。


「――な、に……これ」


 だからこそ、思考の範疇に無い行動を目の当りにして、キャロルの動きが僅かに遅れた。



―――――――――――――――――――――――



 何をすれば良いか分からない。

 だが、何もしない訳には行かない。

 それでは数の利で、間違いなく相手が勝つ。

 今の状況は、3対3ではなく、3対1対1対1、という構図だからだ。

 セレナ側の連携は完全に死んでいるが、キャロル側が何をどうやっているのか、セレナには全く想像が付かないが、何らかの方法で連携を取っているのは間違い無かった。

 この状況を打破するには、フィーナやミサトとの連携を回復する必要があるが、その手段が無い。

 魔力を含んだ雨が厄介なのだから、それを吹き飛ばしてしまえば良いのは分かる。

 だがそれをしても、雨を降らせている術者が生きていては、打ち消し合いになるだけで、その先に繋がらない。

 下手をすれば、雨を散らせる手段によっては場所を察知される危険性すらある。

 風で吹き飛ばそうとすれば、その風の発生個所から、といった具合だ。

 下手に動けないが、動かなければ緩慢な死。

 その状況が、セレナの精神をじわじわと追い詰めていく。


 ――フィーナやミサトは、この戦いに気負う物は然程無い。

 勿論、手を抜くような事はしないし、わざと負けるような事もする訳が無い。

 それでも、負けたならば悔しがりはする――だが、それだけだ。

 この闘技場内では、特殊な魔法により、例え死んだとしても元に巻き戻る。

 何かペナルティーがある訳でもなく、ただただそれで終わりなのだ。


 だがしかし、セレナは違った。

 この戦いで負けるという事は――ライゼルに失望されるという事なのだ。


「――私には、ここしか無いのよ……! ここ以外に、居場所なんて――ッッ!!」


 ライゼルは、弱い奴には興味を持たない。

 これだけ近くで一緒に居れば、誰でも分かる事。

 だから、弱いとライゼルに見なされれば、見切られる、捨てられる事も考えられる。

 

 ――セレナは、キャロルの発想の内に無い行動を取った。

 追い詰められた"焦燥感"、見捨てられるかもしれないという"恐怖"から、余りにも突飛過ぎる行動。

 普段のセレナであらば、しない行動。

 だが余りにも予想外な行動は、結果的にキャロルの裏をかく結果となった。


 セレナの杖が、異常な熱量を放ち白熱する。

 迸るは、錆色の光。

 その熱量は余りにも強く、この一回で杖が使用不能になる程の、強烈な過熱。



 魔法とは、魔力を現象に変換する現象・所業の事を指す。

 そして魔力とは、人々の持つ魂・記憶・感情の総称である。

 魔法によって引き起こされた現象、その効力の大小は、魔力の変換効率云々という細かい話もあるが――分かり易く単純な回答として、注ぎ込んだ魔力が多ければ多い程、その効力も劇的に上がる。

 川を流れる水の量が多くて早ければ、それだけ水車は早く強く回るし、度が過ぎれば水車も堤防も何もかも破壊し尽くす、といった具合に。

 魔法使いの激情は、しばしば自らの力量を超える程の破壊力を見せる時がある。

 凡人が、天才に匹敵する程の実力を発揮する事も。



 凡人でそれならば、非凡な才能を持つ者がそうなったならば――



「潰れろ砕けろ! 何もかも! 超重圧撃グラビティプレッシャー!!」



 悲痛な叫びの如きその詠唱は、絶対的な破壊となって闘技場内を崩落させていく!

 その重力場の中では、強靭な金属すら潰され平坦になる。


 その破壊規模は、余りにも強大、凄惨。

 敵味方を問わない、絶大な殺傷力。

 セレナの抱えた"焦燥感"という感情を乗せた魔法は、平時にセレナでは到底出せない程の破壊力となって放たれた。

 もし闘技場内という閉鎖空間内で放たれてなければ、この闘技場都市が存在するラドキア半島一帯が全て平坦になる程の、大陸規模の大破壊。



 この時、セレナが放った一撃だけは。



 "勇者"や"魔王"にすら届き得た。



 そんな破壊に、逃げ場のない空間で巻き込まれた以上。

 誰も生き残れる訳が無かった。



―――――――――――――――――――――――



『あのアマ……仲間ごと全部吹き飛ばしやがった』


 一番早く状況を理解したドラグノフが、吐き捨てるように呟いた。


『いくら元に戻るとはいえ、そこまでやるか?』


 ドラグノフの言う通り、死んでもここでは死ぬ訳ではない。

 だが、死の恐怖や痛みが無い訳では無いのだ。

 味方諸共という、仲間を仲間とも思わぬ、非情な手段。

 その事実が観客にも伝わり、観客席がざわつき始めるのであった。

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