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197.三本の矢-3-

魔法によってもたらされた、降りしきる雨。

 空から地面に落下する、ほんの僅か数秒未満の時。

 その時間が何倍にも引き延ばされ、何分にも匹敵するような、雨粒の一粒一粒を視認できるほどに濃密な体感時間。

 そんな時の流れの中、鈍色の一閃が二つ、交錯する。

 一瞬の煌めきが交わり、一旦離れ、その後に遅れて音が聞こえてくるような感覚。

 そんな超感覚の中に身を置いているのは、ミサトとミーアである。

 音すら置き去りにする程の体感時間の中で、短く、互いに隙の少ない攻撃で様子見を繰り返す。

 言うなれば、ジャブの応酬。

 必殺のストレートを放てるような状況は互いにまだ無く、隙の大きい大振りなどしようものなら、その間隙を突かれて致命傷を貰う危険性すらある。

 故に互いが互いに、相手の癖や隙を伺い、そして隙を見せないように立ち回る。

 そして軽い様子見の攻撃であるが故に、互いにダメージらしいダメージを与えられてはいない。

 無論、そんなギリギリの状況下で他の仲間の援護になど行ける訳が無い。


「――ここまで肉薄されるとは。師匠以外にも、まだまだ強者は居るでござるなぁ。これが世界の広さという事でござるか」


 片手で刀を構え、ミーアから視線を切らずに呟くミサト。

 開いた片手は自らの腰の近くに添えられているが、これは何時でも符を取り出せるようにする為だ。


「へぇ、アンタ師匠持ちなのか。あんまそうは見えないけどなぁ、どっちかと言えばあたしと同じ我流っぽい感じがするんだけど?」


 対し、こちらは両手でしっかり柄をホールドしながら微笑を浮かべるミーア。

 ミサトと違い、剣も魔法もという器用な事はしないというか出来ないので、ミサトのように片手をフリーにする必要も無いのだろう。

 ダークブラウンの髪は雨に打たれ、濡れ落ち葉のように散乱していた。


「師匠と言っても、戦いの手解きを受けるようになったのは最近の事でござる。だからお主の言う通り、拙者の剣はほぼほぼ我流でござるよ」

「そいつって強いのか?」

「拙者もようやく影位は踏めるか、といった感じで、勝つ未来などまだまだ見えない程度には」

「そりゃすげえな。でもその師匠とやらはここに居ないのか?」

「いや、居るでござるよ。師匠は防衛戦とやらの方に出るらしいから、こっちには参加してないでござる」

「ふーん、成程ね。そういう事ならこれが終わったら観戦でもしてみっかな」


 戦いの最中だというのに、割と呑気な会話をしている二人。

 しかし口は動かしていても、身体はピクリとも動いていない。

 半身に構えたまま、まるで石像の如く立ち尽くしていた。

 雨粒がミーアの頬を伝い、顎の輪郭に沿って流れた。

 その雫が地面に落ちた瞬間、止まっていた時間が再び動き出す。


 動き出したのはミサトであった。

 紐で括って纏めていた符を開いていた片手で乱雑に千切り取り、魔力を流す。

 符に印刷されていた魔法陣が発光し、発熱と共に燃えて灰となる。

 ミサトの刀に炎が宿り、降りしきる雨粒を受けて白く水蒸気を上げた。

 その間に、地を蹴り肉薄するミーア。

 ミサトが予備動作をしている間に、攻撃を仕掛けようという魂胆だろう。

 振り被り、降り抜く動作が必要な斬りではなく、腰の辺りで構えて突き出す体勢を取るミーア。

 そして距離を詰める勢いを乗せたまま、ミサトの腹部当たり目掛けて剣を突き出した。

 だが、点の攻撃である突きは、振り抜く斬りと比べて遥かにかわし易い。

 たった一歩、その場から後退するだけでミーアの突進を回避するミサト。

 そして過ぎ去ったミーアの背中目掛け、炎を宿した刃を振り抜く。

 だが、ミーアもそれがかわされるのは承知の上だった。

 ミサトが避けた方向に向け、身体を捻じり、突き出した剣の軌道を変えて払った。

 少しミーア側の体勢が悪いが、対するミサトもその剣を受け止めるのが片手だ。

 符を扱う都合、どうしてもミサトは片手を開けておく必要があるので、両手で柄を握って受けるという事は出来ない。

 結果、この打ち合いも相殺という結果に終わる事になった。

 鍔迫り合いの状態に持ち込んだが、それを嫌って即座に距離を離すミーア。

 ミサトの刀には現在、炎が宿っている。

 その炎は鉄すら溶かす程の高温であり、ミーアの持つ魔力によって剣も強化されているとはいえ、長時間接触したままだとミーアの剣が溶けて使い物にならなくなってしまう。

 この炎を飛ぶ斬撃として用いるのが普段のミサトの戦い方の一つだが、相手が魔物ではなく人であるならば、このように飛ばさずに維持し、相手の武器破壊を狙うのもまた、一つの戦法だ。

 距離を取ったミーアに対し、それを叩き込むのも選択肢の一つだが、それはしない。

 というより、それをミサトはすでにやっていた。

 飛び退いたミーアに対して追撃とばかりに炎の刃を飛ばしたが、対するミーアは近くの木を模した岩を蹴り砕き、その欠片を炎の刃にぶつけられて相殺されたのだ。

 森林地帯を模したフィールドである以上、周囲が更地にでもならない限り、何度やっても同様の手段で対抗されてしまうだろう。

 そして、炎の刃を飛ばした場合、刀に宿った炎は消える。

 これは、発動した炎の魔法という塊を刀身に宿して維持している代物だ。

 剣に宿すという形になっているので分かり辛いが、要は魔法使いが唱えた火球(ファイヤーボール)を発射せずに近くに維持している状態と同じなのだ。

 飛ばせば当然その炎も無くなる。

 無くなれば、再び符を用いて再度着火しなければならない。

 ほんの些細な予備動作でしかないが、ミサトに肉薄出来る程に身体能力が引き上げられたミーアからすれば、その隙は十分突っ込むに値するだけの時間だ。


 先程から、ミサトとミーアによる応酬はこの調子である。

 決定打に欠ける、ジャブの撃ち合い。

 そして互いにこの前衛を自由に暴れさせる訳には行かないので、どうしてもこの二人の組み合わせで戦うしか選択肢が存在しない。

 実力伯仲、ただただ時間だけが過ぎていき、それに伴い少しずつは体力の消耗をしているものの、まだ肩で息を切るようなレベルではない。

 まだまだ戦いは長引きそうだが――

 

「――どうした? 随分と手が震えてるじゃねえか」


 変化が、訪れる。

 ミサトの手が、小さくだが震えていた。

 それを知っていた、待っていたとばかりに指摘するミーア。


「まあ、こんな冷たい雨にこれだけ長時間打たれてればそりゃそうなるよなぁ?」

「……成程、この雨はそちらの作戦の一つ、という事でござるか」

「ああそうだぜ」


 素直に答えるミーア。

 ネタばらしした所で、ミサトにそれを阻止する手段が無いのが分かっているからこそ白状だ。


 降り注ぐ魔法による降雨、コールドレインは、ただ視界を奪うだけの物ではなかった。

 非常に冷たいその雨は、短時間ならばともかく、長時間浴び続ければ、確実に体温を奪って行く。

 体温を奪われれば、当然体力も消耗していく。

 魔力によって防御してしまえばそれで防げる程度の物だが、逆に言えばそれは魔力による余計な防御を強いられるという事でもある。

 そもそも素の実力ではミサトやセレナの方が格上なので、短期決戦ではこれが戦況に影響を及ぼす事は無い。

 だが、長期戦になれば体温低下による体力消費は無視出来ない影響を及ぼすだろう。

 そして冷たい雨は、魔法行使の際に発する魔力伝導熱を少なからず軽減する。

 これに関しては、どちらに有利とは言い難いが。

 しかし雨という性質上、相手にだけ影響を及ぼすという事は不可能なのだが――トリリオントリオは、これに対策をしていた。

 通常の装備に加え、最低限の防水・防寒装備。

 これにより、トリリオントリオだけが一方的に寒さへの防御が可能になる。


 視界を悪くし、体力を奪い、魔力を追う事を阻害する。

 ただ一つの魔法だけで、三役もの仕事を行う、見事な一手。


 時間が経てば経つ程、体力消費を強いられる。

 地力で負けているからこそ、作戦で追い縋る。

 このまま長期戦が続けば、体温の低下で体力を奪われ続け、やがて何処かで致命的な隙を晒す事になるだろう。


 目に見えない時間と言う敵が、ミサト達を追い詰めつつあった。

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