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1.人質

 そろそろ日も沈み、夜になろうという黄昏時。

 疎らに木々が生い茂る、野山の中。

 人の往来無き静かなこの場所で、一人の男の声が響き渡る。


「キッヒッヒッヒィ! ほらほらさっさと武器捨てて降伏しろぉ~。さもないと……お前のたぁ~いせつな子がサックリ逝っちまうぜぇ~?」


 男は口角を上げ、下卑た口調でまくし立てる。

 その男の片腕の中には、一人の少年が捕らえられていた。

 あまり血色は良くない。白い肌で生気も薄い、病人のような姿であった。

 その少年の頬を、男は空いた片手に握られていたナイフの面でぺちぺちと叩いた。


「や、やめろ……! 分かった、頼むから……それだけは!」


 女性の悲痛な声が上がる。

 恐らく、男に捕らえられている少年の身内なのだろう。


「ならさっさとしろよ、俺様は気が短いんだ。素直に従わなきゃ……分かってるよなぁ?」

「く、そっ……! 卑怯な真似を――!」

「卑怯ぅ~? 弱み持ってる奴が悪いんだろー?」


 観念し、女性がその手にした剣を捨てる。

 砂利混ざりの地面の上に、乾いた音と共に剣が足元を転がる。

 剣は刃渡り60センチ程度の一般的な数打ちの剣ではあったが、それでも生半可な女子供に振るえるような代物ではない。

 手にしていた女性は、引き締まった肉体を有しており、軽装ではあるが急所だけはしっかりと防御出来るように防具で身を固めた、こなれた装備を身に付けている。

 少なくとも、そこいらの村娘ではなく戦いに身を置いている女性であろう事は、一目で理解出来る出で立ちだ。


「う~ん、にしても……どんな奴かと思ったら随分可愛らしいお嬢さんじゃねえか」


 人質を羽交い絞めにしたまま、男はじっとりとした目付きで、女性に対して下から上へと視線を向ける。まるで嘗め回すかのような見方である。


「私はどうなっても構わない! だから、だから……弟は……」

「キェーッヘッヘッヘヘヘ! 随分そそる台詞吐くじゃねえか! そんなにお望みなら俺様としても夜のお付き合いするのはやぶさかじゃねえぜぇー?」


 下種な考えを隠そうともしない男。

 そんな男へと向けて、剣を放り出した女性とは別の人物が歩み寄る。


「ん? どうかしたか? とっととあいつ等縛り上げろよ」


 その人物は男が羽交い絞めにしている少年を、その拘束から解き放つ。


「どっちが悪党なんだか分からなくなる事するなって毎回毎回言ってるでしょうが! この馬鹿ライゼル!!」

「ごぷぇっ!」


 女性が男の顔面へ向けて、正拳上段突きを放つ!

 空気の漏れた情けない悲鳴と共に、男はその衝撃を真正面から受け、背後に生えていた巨木の幹へとその身体が叩き付けられた!

 その人物が女性だと分かったのは、単純に声であった。

 旅に慣れた着こなしに、肌の露出が少ない服装。若干そばかすのある、中性的な雰囲気の顔立ちであり。

 明らかに女性だと分かるその口を開かずに男だと説明したならば、周囲を納得させられたかもしれない。


 巨木に叩き付けられた男。それでは終わらせないとばかりに、男に詰め寄りマウントポジションを取り、その女性は青髪のショートヘアを振り乱しながら男の襟ぐりを両腕で掴み上げる!


「嫌だなーフィーナちゃんってばー。俺様が正義の味方だなんて一体何時誰が何処で何時何分何秒世界が何回回った時に言ったのよー?」

「子供みたいな言い訳してんじゃないわよ! 何をどうしたら人質なんて考えに至るのよ!」

「おいおいフィーナちゃーん。こちとらお前の言う通りなるべ~く相手を傷付けないように、俺様なりに考えて動いてやったんだぜぇ~? 事実、何もさせずに縛り上げられる状態だっただろうがよぉー」

「そうだけど! こんなやり方じゃなくてもっと何か別の方法があったはずでしょ!?」

「ヘッ! 過程なんざクソ喰らえだ! 結果が全てなんだよ! 良く言うだろぉ~? 『終わり良ければ全て良し』ってさぁ」

「それにアンタ、普通に戦っても強いのに何で毎回毎回そんなチンピラゴロツキみたいな手段しか使わないのよ!」

「必要最小限の労力で最大の成果を上げるのはどんな時、場所でも理想的な事だと思うんだよね俺様。目的を達する為の楽ぅ~なルートがあるのに、わざわざ面倒臭ぇルートを選ぶのは馬鹿のする事だろうがよぉ」


 フィーナと呼ばれた女性に延々と糾弾されているにも関わらず、ライゼルと呼ばれた男はヘラヘラとした表情を浮かべたままのらりくらりと返答していく。

 澄んだ空色の瞳でライゼルを睨み付け、実直な正義感をぶつけるフィーナ。

 しかしながら、正義なんざお笑い種だという心情を隠しもしないライゼルに対しては馬耳東風である。


 完全に目の前の敵を無視し、二人は延々と言い争いを続けるのであった。



―――――――――――――――――――――――



「こらー! 出せー!!」


 捕まった。

 戦闘中にも関わらず、相手を無視して内輪揉めをしていれば当然の帰結であった。

 拿捕され、敵のアジトに作られた牢屋の中に投じられたフィーナとライゼル。

 当然、武器なんかは取り上げられており、牢を破壊する術は無い。

 鉄柵を両手で掴み、猿のようにキーキーと喚くフィーナの声が室内に反響する。


「ギャッハハハハハァ! ダッセー! フィーナちゃんってば、あっさり捕まってやんの! 雑魚なのに手段選んでっからそうなんだよ!」


 心底愉快だとばかりに、腹を抱えて地面を転げ回るライゼル。

 しかしながら、その転げ回っている場所はフィーナの足元である。

 つまり、ライゼル自身も牢屋の中であった。


「アンタだって捕まってんじゃない!」

「ゲプッ!」


 球技の如く足元を転がっていたライゼルを蹴り上げるフィーナ。

 思わずゴールと叫びたくなるような勢いでライゼルは壁面に叩き付けられるのであった。


「つーかさぁ。どーすんのよフィーナちゃーん? お前が余計な事したばっかりにこの有様なんだけど?」

「アンタが余計な事して相手を怒らせたからでしょうが!?」

「おいおい責任転嫁は良くないなぁー? 俺様、フィーナちゃんのお望み通り、ちゃーんと考えて誰も傷付けないように、全員捕らえられるように配慮して動いてたのになぁー」

「だったら相手を無意味に挑発するようなその口調止めなさいよ!」

「うるさいぞ貴様等! 今すぐこの場で殺しちまっても良いんだぞ!?」


 ライゼルとフィーナの言い争いの声量が癪に障ったのか、監視をしていた男の一人が怒声を上げた。

 男は腰に携えていた剣を抜き放ち、檻の隙間から中に刺し込むような仕草を見せる。


「殺すぅー? 一体、誰が誰を殺すのさぁー?」

「俺が、テメェをだよ!」


 尚も挑発を続けるライゼルに対し、額に青筋を浮かべながら男は恫喝する。

 そんな男の様子を見て、ニタニタと口元を歪めるライゼル。


「ぎっひぇっひぇっひぇ!! この俺様を殺すってか! そいつぁー大したジョークだぜェ! フィーナちゃんに付き合って、自分の行動が招いた無様な結果を痛感させる為に捕まってあげてる(・・・・・・・・)だけなのに、テメェ達の力量で俺様を捕らえたと勘違いしてんだからなぁ!」


 武器も取り上げられた状態で、男の手にした剣が今正に目の前に突き付けられているにも関わらず。

 余裕綽々で相手を見下ろす発言を続けるライゼル。


「つー訳で、フィーナちゃんも充ぅ~分に自分の駄目な所痛感しただろうし。こんな場所さっさと出させて貰うぜ」


 自らの衣服に付いた土埃を手で払いつつ立ち上がるライゼル。

 その後、剣を構えた男の姿を見て、鼻で笑いつつ。片手で指を打ち鳴らす。

 その場で膝から崩れ落ちる男。手にしていた剣は地面を転がり、乾いた音を立てた。

 立ち上がる気配は無い。男は、完全に気絶していた。


「……何をしたの? ライゼル?」

「安心しろ殺しちゃいねぇーよ。ちっとばかし気絶して貰っただけだよ」


 その後、ライゼルは片手を軽く払うような動作で往復させる。

 すると、彼等を捕らえていたはずの鉄格子が、まるで鋭利な刃物で切断されたかのように地面に転がり落ちた。

 ライゼルは空手であり、その手に武器の類を所持している様子は何処にも無い。

 手刀――ではなく、単に魔力を纏わせ、鉄格子を切り裂いたのだ。

 しかしながら詠唱も予備動作も一切見せず、しれっとやってのけたこの動作は高等技術であり、そう容易く出来る事ではない。


「おらとっとと出るぞ。見世物小屋の猿みたくキーキー喚いてたいなら好きなだけそこで寛いでりゃ良いけどよ」

「誰が猿よ誰が」

「フィーナモンキー」


 ライゼルがそう口走った直後、フィーナはその顔面に握り拳を叩き込むのであった。



―――――――――――――――――――――――



「やっハローん、お邪魔するぜぇカワイコちゃーん。悪いんだけど俺様、一人の女の愛で縛られるより、沢山のレディに愛を振り撒く方が性に合ってるんだよねぇ~」


 檻を破壊し、抜け出したライゼルとフィーナ。

 そのまま脱兎の如く逃げ出す――位ならば、そもそもこんな所に出向いたりなどしていない。

 フィーナの本来の目的を果たすべく、二人は目的である女性の下へと訪れるのであった。

 小さな個室にその女性は居り、その脇には寝床に横たわった先程の少年の姿も確認出来た。


「!? 貴様!」

「邪魔な連中はぜーんぶおねんねしてるぜぇ? まあ死なないように手加減してやったから安心しろや」


 ライゼルとフィーナの道中を阻む敵は居らず、そもそもこの二人を視界に捉える間もなく、その全てが気絶していた。

 外傷も無く、血色も良い。傍目から見れば、ただ眠りこけているだけだと錯覚する程である。

 しかし、例外無くライゼルの攻撃に晒され、その見えない攻撃によって意識を刈り取られていた。

 正体不明の攻撃を察知出来る者は、この場にライゼル以外誰も存在していなかった。

 フィーナも良く分かっていない。


「このままお嬢さんにもおねんねして貰うってのでも、まぁ良いんだが……ちっと気になった事があってな」


 身構える女性。

 敵愾心剥き出しであったが、可愛らしい小動物の威嚇でも見ているかのように、悠々とした足取りでライゼルは女性へと近付く。

 ライゼルは視線を女性から少年へと移す。

 そしてその姿をじっくり確認した上で、確信を持って口にする。


「――何で解毒しねえんだ? このままだと死ぬぞ、そのガキ」


 原因を特定したライゼルの言葉に、フィーナと女性はポカンと口を開けるのであった。

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