196.秘密兵器
決勝を控えた前日。
フィーナ達が寝泊まりしている宿と然程ランクの変わらない、そこそこの宿にミーア、ティオ、キャロルの三人は宿泊していた。
三人共同性という事もあり、宿泊代を浮かせる為に相部屋である。
お上りさんであるこの三人は、最上級の宿に泊まれる程懐事情は温かく無いのだ。
「――そういやキャロル、セレナとか言う奴知ってるとか言ってたよな? どんな奴なんだ?」
「ええ、セレナに関しては良く知ってるわ。私が学院在学中も居たからね。しかもずっと学歴一位に居座ってたし」
ミーアの質問に対し、キャロルは自分の手荷物を漁りながら答える。
「頭だけじゃなくて実力も一位だったからね。普通に私が一対一でぶつかったら、間違いなく負けるわ」
「うへぇ、マジかよ」
「自分の学歴自慢しがちなキャロルがそこまで言うなんて……」
「上には上が居るのよ、私だってそれ位は弁えてるわよ」
「でも、そんな優秀な奴が何でこんな闘技場都市に選手としてエントリーしてんだ?」
ミーアが不思議そうに指摘する。
王立魔法学院は、ファーレンハイトにおける最高学府である。
そこの首席というのは、完全にエリート組の部類に入る。
無論、トップでなくても上位層ならば皆、勝ち組の路線に乗るのがほぼ確定事項だ。
将来は宮仕えか、有能な魔導具職人か、優秀な武官か、何にせよ出世コースだ。
だからこそ、既に十分勝ち組なのに、成り上がり、登竜門のような立ち位置であるこの闘技場都市にエントリーしているのが謎である。
もっとも、それは同様の条件であるキャロルにも言えてしまう事なのだが。
「本当よ。あれだけの実力があれば引く手数多だし、何なら王様直属の魔法使いにだってなれただろうに、卒論出さないでずっと留年して居座り続けて、その目的が『私だけの王子様を待ってる』とかいう男漁りよ!? 婚活したいなら場所選びなさいよって言うかそれだけの学歴あればどんな男も囲い放題でしょうが!?」
語気が強まるキャロル。
在学当時の破天荒な行動を繰り返すセレナの姿を思い出して、若干イラ付いている模様。
「なのにこんな場所で出くわすしさ! 大人しく学院で男漁り続けてなさいよこんな遠方まで出張ってないでさぁ!?」
尚、キャロル達が知る由も無いが。
当然ながらセレナが学院から出て来た理由はその"私だけの王子様"が見付かったからに他ならない。
そしてその王子様の命令で参加しているだけである。
「キャロル、ステイ」
「ステイじゃないわよステイじゃ」
「ミサトって奴は明らかに一目で分かるヤバさだしなぁ……それに加えて、か。どうすんだキャロル? 勝ち目あんのかよ?」
ティオになだめられ、若干落ち着きを取り戻すキャロル。
そんなキャロルに、勝つ為の作戦を問うミーア。
「……地力同士での戦いになったら100%私達が負けるわ、それだけは断言出来る。だから、真正面からの正々堂々真っ向勝負だけは絶対にしちゃ駄目」
「つまり、小細工か?」
「ええ、小細工を弄するよ。ルール違反じゃないなら何でもやってやるわよ、優勝が掛かってるんだからね」
そう言ってキャロルは、先程自分の手荷物から取り出した小道具をミーアとティオに手渡した。
「……これ、何?」
「ロンバルディアの研究室に勤めてる友達に作って貰った、秘密兵器よ!」
見た目は、煌びやかな装飾も特に無い、質素な耳飾り。
露店で並んでいる手作りアクセサリーのようなビジュアルである。
これは、決勝戦に向けてキャロルが用意した切り札の一つ。
この小道具の存在により、チームトリリオントリオは一歩、相手よりも優位に立てる。
「決勝という舞台で使えるなら、文句無しよ!」
「で、これはどういう道具なんだ?」
「論より実際に使った方が分かり易いから、ちょっとその耳飾り付けてみてよ」
キャロルに言われるがまま、耳飾りを装着するミーアとティオ。
「この付属しているスイッチを操作すると、音が鳴るの」
「……何かちっちゃくピーって音がする」
キャロルがボタンをカチカチと操作し、小さな音が鳴ったと報告するティオ。
「凄いでしょ?」
「……で、これ何に使うんだ?」
「サインよ」
「サイン?」
「これから、私が考えた簡単なサインをミーアとティオにも覚えて貰うよ。これ暗記出来なきゃ、勝機なんて無いからね!」
「えー!?」
露骨に嫌そうな表情を浮かべながら声を上げるミーア。
「しょうがないでしょ! 私の作戦的にこれは絶対必要なんだから!」
「何で暗記なんてしなきゃいけないんだよ……!」
「これ使わないとサイン出せないんだから我慢しなさい」
「……何か、広範囲で妨害的な事するの?」
「鋭いね、そういう事よ」
ティオの推察を肯定するキャロル。
「相手に自由に動かれたら地力で負けてるんだから間違いなく負ける、だから前提条件として相手には自由に動けない状況を用意する必要がある。でも、相手にだけそんなデメリットを押し付ける事なんて出来ない。だから、自分だけじゃなくて敵味方問わず無差別にやるしか無いのよ」
再び自身の手荷物を漁り、自らの外套を取り出すキャロル。
「あと、明日の戦いでは外套を着て行ってね」
「何でだよ。そんなもん着てたら戦い辛いだろ」
「それでも絶対必要なのよ」
「だからどうしてだよ」
ミーアの質問に対し、キャロルはこう答えた。
「――明日の闘技場は、冷たい雨が降るからよ」