188.予選開始
闘技場都市全体が、歓声によって染まり上がる。
本命イベントを盛り上げる為の余興とはいうが、この団体戦も余興と呼ぶには似つかわしくない程の勢いと熱量を有している。
観客席は満員御礼、客席からあぶれた人々も闘技場に詰めかけ、少しでもその戦いを目に焼き付けようと、立ち見するべく通路に溢れ返っていた。
そして、溢れ返っているのは客だけでなく、出場選手もだ。
今回の大会に出場する選手が待機する控室もまた、多数の人々が集っている。
この大会の参加者には、筋骨隆々の男も居れば、セレナのように華奢な女性も存在している。
だが、そんな彼女達に男達が舐めた態度を取る事は無い。
体格で劣ろうが、それを上回るだけの魔法の才があれば、戦士として通用するからだ。
この場に立っている者は皆それを理解しているから、馬鹿みたいな挑発をする事も無いし、そもそも男か女か程度など余りにも微々たる差だ。
何しろここには男女所か、人間の姿をしていない、異形の者すら存在しているからだ。
闘技場都市、その下層では力こそが正義。
強いか弱いか、それが全てであり、男も女も、それ所か人か魔族かさえ、些末な違いでしかない。
『――続きまして、第七試合を行います!』
「むっ、出番でござるな」
「こんな初戦で躓いてる場合じゃないからね、サクサク行くよ!」
自分達の出番が来た事がアナウンスで伝わり、味方同士発破をかけるフィーナ達。
いきなり負けていてはライゼルにまた煽られると良く分かっている為、フィーナも気合十分である。
舞台に上がれば、そこには見渡すばかりに広がる人、人、人。
そして、戦いの舞台は今までのように何も無い平面ではなく、何やら建造物で埋め尽くされていた。
だが、建造物と言ってもそれは石や土だけで作られた見かけだけの物であり、街中にある建造物と比べれば随分とみっともない見た目である。
単純に、舞台のセットのようなものなのだろう。
土と石だけで作られているのは、魔法で容易に再形成出来るからだろう。
つまり、これらは壊されるのが前提である。
「ヒャッハァー! 女だァー!!」
「おうおうおうお嬢ちゃん! 出る場所間違えてんじゃねえかぁ!?」
そして相対する、男三人。
チンピラ同然の煽り口調でフィーナ達に絡んでくる男達。
厚い胸板、胸筋を皮鎧で軽めに防護した装備。
防具でガッチガチに固めていない辺り、防御よりも回避に重きを置いているのかもしれない。
剣や杖で武装しており、体格こそ大違いだが、セレナの同様、魔法を使うのだろう。
だが特徴的なのは、装備や体格ではなく、髪型である。
何故か三人揃って、モヒカンなのである。
『三人組といえばこの男達! 大会皆勤の超常連、モヒカンズ! その腕前は皆良く知る所!』
実況席からのアナウンスでチーム名が判明するが、まんまである。
『対するは、無名の新人! チーム黒犬! ベテラン対ルーキー! これは勝負の結果はもう見えたかー!?』
チーム名は自由に決められるのだが、これは新たに立ち上げたユニオンの宣伝が主である為、チーム名とユニオン名は同じにしてある。
実況解説の流れは、目の前のモヒカングループに傾いているようだ。
だが実績のある者と無名が比較対象では、そうなるのも無理は無いだろう。
実力を示せねば、この街では何の価値も無い。
この闘技場での戦いの決着は、実にシンプル。
相手チーム全員が戦闘不能になるか、降参の意を示すか。
そしてこの闘技場における戦闘不能とは、闘技場内での仮初の死である。
「両者、所定位置に移動して下さい」
審判の指示に従い、モヒカン三人組から距離を取るフィーナ。
負けたら、ユニオン解体。
ライゼルからそう宣告された以上、決して負ける事は許されない。
審判が、開始の合図を示す。
直後、土で作られた建物の影に身を隠すかのようにモヒカン達が散開した。
考え無しの突撃でもしてくるかのようなビジュアルだが、行動は割としっかりしているようだ。
剣を構え、フィーナ達目掛けて真っ直ぐに向かってくる。
他の二人は姿をくらましてしまった為、突撃してくるのはただ一人だ。
その足も、あまり早いとは言えず、セレナやミサトのように遠距離攻撃手段を有している者ならば、一方的に攻撃を加えられるだろう。
それで一人を早々に仕留めてしまえば、その後は人数差で圧倒的に優位に立てる。
「――じゃ、あれはフィーナさん一人でお願いしますね。ミサトさんは遊撃お願いします」
「了解でござる」
だが、油断しない。
ミサトも相手のように物陰に身を潜める。
目の前から向かってくる相手は囮。
その囮に着目すればする程、他の二人は自由に動けるという事だ。
突っ込んでくる男一人、それを止めるべく迎え撃つフィーナ。
手甲で剣の一振りを受け止める。
乱雑に振っているだけのように見えるが、その実どの攻撃も的確にフィーナの間隙を突こうという精確な剣閃。
大会常連という司会の謳い文句に偽りの無い、実力者である事が伺える。
「――吹き抜けろ、恋の暴風」
フィーナが正面の敵を受け持ったのを確認した後、セレナが呪文の詠唱を開始する。
術者にとって、この魔法を行使している最中というのが一番危険な瞬間である。
身動きが取れず、攻撃されれば魔法を中断した後で回避せねばならず、他の者と比べて余計な工程が一つ増えているからだ。
しっかりとした手順で魔法を中断させねば、魔力の暴発で自爆しかねない為、魔法使いにとっては今が最大の隙である。
「ヒャッハアアァァァ!!」
それを当然、相手も理解している。
セレナが魔法の詠唱を開始したのを見て、それを待っていたとばかりに物陰からモヒカンが姿を現す!
フィーナが受け持っている正面の男とは比べ物にならない、まるで猫科動物かのような瞬発力に長けた突進!
その速度は速く、魔力による肉体強化もあってか、短時間ならばトップスピードの蒸気機関車にだって追い付けそうな程の速度に達していた。
セレナの喉笛を切り裂かんと、手にした短剣で迫るモヒカン。
だが、迫っている事には気付いているが、セレナは回避しようという素振りを欠片も見せない。
そんなセレナの様子を見て、疑心が生まれたモヒカンだが――その疑問は、直後に晴れる事となる。
だが、その代償は大きかった。
何故ならば、刃によって切り裂かれたのはセレナではなく、モヒカンの首だったからだ。
モヒカンの動きは確かに早い。
だがそれは、ミサトからすれば亀よりはマシ、という程度の速度でしかなかった。
フィーナ達はこの大会が開かれる直前まで、徹底的にライゼルにイジ――ではなく、特訓を受けて来た。
そして結局、ライゼルに勝つ事は出来なかったが、瞬殺を免れる事は出来る程度にはなっていた。
即ち、フィーナ達はライゼルの速度にある程度付いていけてる、という事に他ならない。
飛び出したモヒカンの首がミサトによって撥ねられたのを何処かで見ていたのだろう。
最後の一人がこのままでは敗色濃厚だという気配を感じたのか、せめてセレナだけでも討たねばと、形振り構わず咄嗟に物陰から姿を現し、セレナに強襲を掛ける!
ミサトが気付いた時には、もう遅い。
ミサトがそれを阻止するべく駆け付ける前に、その刃がセレナに届く方が先になるだろう。
――普通ならば。
間に合わない距離を、ミサトは間に合わせる。
この場に居る誰よりも、ミサトは早い。
ライゼルの速度に一番早く順応し、そして対応出来た才覚の持ち主。
その才能の持ち主が、この程度で終わる訳が無い。
一人目の首を撥ねた速度よりも更に早く、機敏に動き、セレナとモヒカンの間に立ち塞がる。
そして立ち塞がるだけに留まらず、その速度を乗せて刀を振り抜いた。
その速度、正に神速。
目にも止まらぬ速度に、モヒカンは対応出来ない。
一人目同様、その首を刎ねられる。
信用していた仲間、その二人があっさりとミサトによって狩られた。
信じられないような光景を目の当たりにした影響か、僅かに生まれる動揺、思考の空白。
その隙、見逃されない。
フィーナに腕を掴まれ、空中に投げ飛ばされる。
「――シルフィードロアー!」
その直後、詠唱を完了したセレナの魔法が放たれた。
直線的な突風に巻き込まれ、最後のモヒカンは場外へと吹き飛ばされたのであった。