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185.盗人は尻尾を巻く

 その室内は暗く、冷たい空気が部屋を満たしている。

 石造りの壁と階段を下へ下へ向けて歩む、一つの影。

 辿り着いたその地下空間にはいくつかの鉄格子があり、ここが何者かを勾留する為の牢屋なのだろうという事が察せられる。


「おっ、アルバートじゃーん! 助けてよー」


 その影――アルバートという名の者に対して、この場にそぐわない緊張感皆無の女の声が響く。


「何処にもニルスがいねえと思ったから一体何処で油売ってるかと思ったら……こんな場所で捕まってるとかアホじゃねえのか?」

「うえーん! アルバートなんかにアホって言われたー! しくしく」


 牢屋の内側、捕らえられた女――ニルスという人物に対し、アルバートは苛立ちの混ざった声色で罵倒した。

 ニルスは悲しむような素振りをしたが、声が全く泣いていないのでただの泣き真似である。


「……そんな口利いてると無視して帰るぞ」

「嘘嘘ごめーん! だからこの縄切ってよー! 流石の私でも四肢縛られたまんまだと何も出来ないよー!」


 ここまで来る道中で奪取していたのだろう、牢屋の鍵を用いて扉を開けるアルバート。

 しかしニルスを縛っていたのは手錠ではなくただの縄だった為、これは鍵で開けるという訳には行かない。

 それを解くべく、アルバートは外套の内から短刀を取り出した。


 アルバート・ツヴァイとニルス・トリニータ。

 世界的犯罪組織、砂狼(さろう)(きば)の幹部として重要指名手配されている二人は今、闘技場都市を訪れていた。


「いやー、お上りさん丸出しの派手派手な露出女見付けたからカモってやろうかと思ったら妙に早いし強くてさー、失敗失敗ー」

「やっぱ馬鹿だろお前。つーか露出女ってお前だけには言われたくないと思うぞ」


 ケラケラと笑うニルス。

 相手の力量を見誤り、手出ししてはいけない相手にスリを働き、結果囚われこうして留置場に置かれているのが現状である。

 先程述べた通り、ニルスは国際的な指名手配犯の一人である。

 しかし顔写真などという高度な代物が出回る程この世界の科学技術水準は高くなく、また砂狼(さろう)(きば)の中では少々印象に残り辛い事もあり、彼女が世界的な犯罪者の一味である事に気付かれず、単にスリの現行犯逮捕という軽い扱いになっていた。

 顔を覆面で覆っているだとか、アルバートのように外套で全身を隠しているとか、見た目という意味で特に怪しい恰好もしておらず、口調も軽い性格も軽くて陽気な女の子がまさかそんな大それた組織の一員だなどと思われなかったのだろう。


「――それより、ユーリカの居場所が分かったぞ」

「マジ? アルバートったら珍しく有能じゃん」

「――面倒臭いからお前の腕ごと縄を焼き切っても良いか?」

「腕だけこんがり小麦肌とか格好悪いからやめてよー! 冗談だってばー!」

「やはり今、ユーリカはこの街にいるらしい。正確には、この街の闘技場の地下だな。それと、そこへの入り口も見付けた」


 闘技場都市、ラドキアアリーナ。

 数多の猛者が集うこの地の地下には、監獄が併設されている。

 この監獄に収容されている者は、凶悪な犯罪を起こし、終身刑や死刑執行待ちという極悪な面々ばかり。

 そしてどうせ死刑になる犯罪者なのだから、その命を見世物として有効に使おう(・・・)

 それが、この闘技場都市に監獄が併設された理由である。


「ふーん。なら、忍び込む? 正面突破する?」

「どっちもパスだ。今は下手に動かない方が良い」

「? 今は?」


 ようやくニルスを縛っていた縄が切り落とされ、キツく絞められたせいで腕に残った縄の後を擦りながらニルスが、疑問を投げ掛ける。


「――この街に『魔王』が来るって噂がある」

「……どっちの?」

「無論、人間の方だ。魔族の方なら何とかなるって訳でもないがな」

「何よそれ、とんだ厄ネタじゃない」


 口を尖らせるニルス。

 この二人がこの街を訪れた理由はただ一つ。

 同胞であり、以前捕縛されたユーリカ・アインスの救出。

 それを成す為に来たのだが、アルバートが得た情報から察するに、かなり状況が悪いらしい。


「俺とニルスだけであの化け物相手に正面切って喧嘩は仕掛けられないし、正直ユーリカが居てもかなりキツい。つーか、真っ向勝負になった時点で絶対負けるって言って良いな」


 アルバートとニルスは、砂狼(さろう)(きば)の中で最上位と言って良い程の戦闘力を有する人物である。

 この二人が居るならば、例え相手が猛者ひしめく闘技場都市の面々相手だったとしても、大抵は勝負にならないだろう。

 それにユーリカまで加われば猶更、なのだが。


 それでも、この世界において"最強"と呼ばれるに相応しい。

 "勇者"と双璧を成す、"魔王"相手では勝機は無い。

 そんな化け物が間近に来ているという情報があるのに、魔王と敵対するような騒動を起こせる訳が無かった。


「それに警備も厳重だ。あの魔王がいなかったとしても、確実に成功するとは限らんな。どっちにしろ潮が悪い、今回は出直すぞ」

「えー、折角ここまで来たのにー」

「我慢しろ。下手に動いてユーリカの二の舞になったらそれこそ終わりだ」

「あーあ。愛しのダーリンがいてくれればチョチョイのチョイなのにー」

「何でもかんでもおんぶに抱っこでアイツの負担増やす訳にも行かねえだろ。俺達でやれるなら俺達でやらなきゃな。別のやり口で行った方がまだ勝算がありそうだな、なら――」


 アルバートとニルスは、この地下牢の出口へと向かいながら計画の修正を行う。

 目的は、仲間であるユーリカの奪取。

 敵は、国家。

 敵は、世界最強。

 真っ当にやれば勝機は無く、それ故に慎重に、鬼の居ぬ間に全てを済ませねばならない。

 だから、鬼が近くに居る今は、静観せざるを得なかった。


「さてさて。それじゃあ囚われのお姫様を助けに行きましょうかねー」

「さっきまで囚われのお姫様その2になってたのは何処のどいつだ?」

「あーあー聞こえない聞こえなーい!」

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