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176."師匠"

 閉じていた目が開かれる。

 紅と蒼の双眸――オッドアイが僅かにライゼルの方へと向けられた。

 そしてライゼルの存在を認識した後――興味が失せたかのように再びその目は伏せられた。


「――何だ、お前達の知り合いか」

「今、師匠って言いましたかライゼル様?」


 セレナの問いに、ライゼルは答えない。

 目を見開き、今まで見せた事が無いような驚愕と――例えようも無い、何らかの強い感情が混じった表情を浮かべたままだ。


「ライゼル殿にも、師匠が居たのでござるな」

「……そっか、あの人が、ライゼルの……」


 僅かに目を細め、フィーナは談笑を止め、その場から立ち上がり――その者の居る木陰の側へと歩み寄る。

 そんなフィーナの動きに、随分と遅れて気付いたライゼルが、落とした懐中時計を拾い上げ、フィーナに駆け寄る。


「おい――!」

「初めまして。私、フィーナって言います。貴方が、ライゼルの師匠と聞いたんですけど、本当ですか?」


 ライゼルは、フィーナがその男に話し掛ける前に止めたかったのだろうが、流石に遅すぎた。

 手を引いた時には、フィーナが既に男に話し掛けた後であった。


 半分程開かれた紅と蒼の瞳が、フィーナへと向けられた。


「――何用だ」


 低い、一聞で男の物だと分かる声が響く。


「もし本当なら、お礼をしておこうかなって思って」

「礼だと?」

「貴方のお蔭で、またライゼルと会う事が出来ました。ありがとうございます」


 フィーナは、ライゼルが小さい頃の事を知っている。

 知っているからこそ、子供の頃のライゼルが、あんな事に巻き込まれて、一人で何の不自由もせずに生きて来れるなどとは考えていない。

 何時から何時まで、ライゼルがこの男と一緒に過ごしていたのかはフィーナも分からないが、それでもこの男の庇護下にあった事でライゼルが今まで生きて来れたというのも、間違い無いのだろう。

 だから、感謝の意を示す。

 幼馴染を助けてくれて、ありがとう、と。


 フィーナの言葉を受け、男は身動き一つせず、フィーナを見詰める。

 若干の沈黙の後。


「…………やはり、理解出来んな」


 そう、呟いた。


「? 何がですか?」


 そのフィーナの問いに、男は答える事は無かった。

 木陰から立ち上がり、歩を進める。

 野営の火が男の全身を照らし、その偉容を露にする。


 背丈は高く、身の丈2m近くはありそうな巨漢。

 衣服の上からでも分かる筋骨粒々のその体躯に、黒のトレンチコートを羽織り。

 それに色を合わせるかのように、首から下を黒の装束で覆っていた。

 腰の両脇に二振りの剣が鞘に収められ、更にその背には巨大な剣らしき代物が背負われており、その刀身は何らかの布によって包まれている。

 とても男の物とは思えぬ、きめ細かい艶やかなセミロングの銀髪が、爆ぜる火に照らし出されて輝く。

 その顔立ちは、精巧に美を落とし込んだ、まるで彫刻のような美しさと冷たさがあった。

 年齢は、およそ二十代後半程度のようにも見える。

 だが――見た目通りの年齢では、ライゼルの年齢と比較して計算が合わない。


 男は、背負っていた大剣を片手で握る。

 その大剣を横薙ぎに、勢い良く振るい――突如、その大剣を宙へと放り出した。


「……? あ、あれ……?」


 剣を夜空へ向けて投げ飛ばしたかと思いきや、宙を舞った筈の大剣は何処にも無い。

 重力に引かれて落ちて来る事も無く、その場から消え失せた。

 そして消えたのは剣だけでなく、黒尽くめの大男――ライゼルの師匠も。

 まるで初めからそこには誰も存在しなかったかの如く、一瞬で、居なくなってしまった。


「――何だぁ? 姿を消す魔法か何かか? そんな魔法もあるのか?」

「姿を見えなくした……? いやでも、何処にも……でも移動したとしても、こんな一瞬でって……」


 魔法の事はサッパリだと、お手上げ状態の中年男性達。

 そういう魔法もあるのかと、適当に結論付けた。

 しかし、魔法を専門としているセレナはそれで終わらせる訳にもいかない。

 何が起きたのか、気になって仕方がない。

 姿を消すにしても、気配すら欠片も残さずに消えられるのか?

 物凄い速度で移動しただけなのか、だがそれにしても、移動の痕跡が無さ過ぎる。

 普段、セレナもライゼルが馬鹿げた速度で移動しているのを間近で見ているし、まるで透明になってしまったかのように姿を消しているのも何度も見ているが、アレは発動の痕跡として周囲に突風を撒き散らす。

 仮にライゼルがこの場で、あの瞬間移動のような移動を行ったとしたら、近くにある焚き火は起こされた突風で吹き散らされてしまうだろう。

 どんな魔法によってライゼルがその現象を引き起こしているのかは、セレナも解明出来ていないが、それでもライゼルが痕跡を残すという事実はセレナも理解している。

 だがあの黒衣の大男は――痕跡すら残さず、空間を切り取ったかのように消えてしまったのだ。


「――気配が無いでござるな。いやそもそも、言われるまで気付けなかった……」


 気配も無い、姿形も見えない。

 ミサトもセレナ同様、もう既にあの男がこの付近には居なくなっていると結論付けた。


「何か、居なくなっちゃったね」


 何時の間にかフィーナの腕から手を放し、虚空を見詰めていたライゼルにフィーナが話し掛ける。


「……ああ、そうだな」

「でも、ライゼルの師匠って人も全身真っ黒な服着てたね。あ、もしかしてライゼルってばその服装って師匠の真似してるとか?」


 ライゼルの可愛らしい一面を見付けたぞとばかりに、にまにまといった擬音が出てそうな笑みを浮かべるフィーナ。

 肘でグリグリとライゼルの腰当たりを突く。

 そんなフィーナの後頭部に無言で裏拳を打ち込むライゼル。

 ムカついたのか妙に勢いが付いており、フィーナが飛礫の如く地面を転がる!。

 何度かバウンドしつつ木々を数本薙ぎ倒し、破壊痕を残しつつ土砂と折れた木に埋没するフィーナであった。

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