175.予期せぬ再会
日が沈み、夜の世界へと移り変わる。
この時間帯にもなると流石に山道を通る馬車や通行人も居なくなり、静寂に包まれる。
「あーあー、馬車なら一日で着いたんだけどなー。どっかの誰かの足が遅ぇからよぉー!」
「そもそも何で馬車に乗るって選択肢が無いのよ!」
「俺様、別に乗らなくても一日で着けるしー。どっかの誰かが足引っ張らなければなーあーあ!」
……静寂に包まれるはずなのだが、喧しい一団が山道を通り抜けていく。
まるで周囲にアピールするかのように、大仰な身振り手振りでフィーナを腐すライゼル。
尚、道中で足止めして来たスラレンジャーに関しては、ライゼル達の記憶の中から完全に消去されている。
「あ、すみませーん。良かったらなんですけど御一緒して良いですか?」
「おう、構わねえぞ嬢ちゃん」
起伏はほぼ無くなり、木々はあるものの完全に平地となった街道を進むと、丁度ギルドで魔物や獣の討伐依頼を受けたという一団がキャンプを築いていた為、そこにご一緒する事にした。
ラドキアアリーナへ向かう山道を抜けたものの、そこで完全に夜になってしまった。
ライゼルの目論見では今夜にはラドキアアリーナに到着する予定だったようだが、そのライゼルの予定というのは、フィーナが常に全力疾走に近い速度で移動し続けるのが前提という、破綻しても当然という強行軍のスケジュールである。
何でそんな無茶なスケジュールにしたかと言うと、単純にフィーナへの嫌がらせである。
つまり、これで野宿になってライゼルがイラついたとしても、それは完全に自業自得だ。
「嬢ちゃん達もラドキアアリーナ目指してんのか?」
「はい、そうです。おじさん達もそうですか?」
「いやいや、俺達はラドキアアリーナから来たんだ。近隣の魔物退治なんつうコスい仕事で口に糊する分際さぁ」
「魔物退治は立派な仕事だと思いますよ?」
「随分嬉しい事言ってくれるじゃねえか」
初対面ではあるが、すぐに打ち解けるフィーナ。
街も既に目前まで迫っているので、保存食を後生大事に抱えておく必要も無いと、遠慮なく広げてちょっとした宴会みたいになっていた。
このラドキアアリーナと繋がる街道も、当然ながら魔物は少ない。
だが、夜は別だ。
魔物は日中は通行人を襲った所で返り討ちに遭うと学習してはいるが、夜間は夜目が利かず、不意打ちを受ければ腕に覚えがある者でも危うい。
その為、日中と違い夜は魔物も遠慮なくこちらを襲ってくる為、夜は普段の野宿同様、警戒する必要がある。
人が固まっていれば数の利がこちらにもあるので、その分魔物も警戒して近付かなくなるだろうし、万が一襲われても問題無く撃退し無事に済む確率が高くなる。
「ただまあ、他の場所と違ってこの辺りはかなり平和だからなぁ。魔物退治とは言うが、本質はただのパトロールだよな」
「山道通ってた時も思いましたけど、この辺りって本当に魔物が居ないんですね。一度も……一度も遭わないとは思いもしませんでしたよ」
微妙に言い直したフィーナ。
あのスラレンジャーは魔物にカウントして良いのか一瞬悩み、あれは一応魔物ではないと判断した為である。
「ラドキアアリーナが建設され始めた頃はかなり魔物の襲撃があったらしいけどな」
「だがそれも護衛役の名前聞いたら魔物が可哀想になってくるけどな。その当時、この山道を通る時に誰が護衛に付いてたか知ってるか?」
「誰だ? 俺も知らねえが……」
「ロンドキア、ガレシア、そして偉大なる皇帝陛下のローテーションだったらしいぜ?」
「おいおい……! ウチの国のビッグスリーじゃねえか!?」
「御一行様相手とか俺が魔物だったらションベン漏らして逃げるわ。そりゃ魔物も否応無しに学習するわな」
「というか、学習しなかった魔物は全部死んだんだろうなぁ……」
話が弾み出し、フィーナを他所に会話が盛り上がり出す男達。
なので一旦ライゼル達の下に戻り、野宿の準備を始めるフィーナ。
「――そういえば、ラドキアアリーナとやらにはあとどれ位で着くのでござるか?」
「もう半分以上はとっくに抜けてるはずだよ。だからいくら何でも明日は野宿って事にならないと思うよ」
「ったく、何で俺様がしなくていい野宿しなきゃならねえんだよ」
「アンタがケチケチしないで馬車に乗るって選択肢取らないのが悪いんでしょ」
「……ミサトさん、えらく準備が早いわね」
「拙者、野宿してる方の期間が圧倒的に長いでござるからなぁ……」
聖王都に居を構えてから、ミサトだけは唯一、魔物討伐系の依頼を主軸に活動している。
討伐は遠出をする事が多く、必然的に野宿が増えてしまう。
ミサトの言う通り、彼女はベッドの上で寝てる時間よりも草木の上で寝ている時間の方が多くなってしまっていた。
「それ、女の子の生活じゃないって……野生動物の生活だよ……」
「とは言っても、拙者が日銭を稼ぐ手段など、この剣の腕位しか無いでござるからなぁ……」
「――嬢ちゃん、剣に自信があるのか?」
ミサトの発言を聞いていたのか、先程の男達の内の一人が声を掛けてきた。
「まあ、そうでござるな。聖王都では食いっぱぐれない程度にはやっているでござるよ」
「あのトンデモ国王陛下の居る場所でやってけてる時点で大したモンだ。そこに居る無口な兄ちゃんといい今日は良く強い奴と出会うなぁ」
男はあらぬ方向を親指で指さした。
否……そこには確かに人が居た。
日の沈んだ夜、その更に木陰の中。
居ると示されなければ見落としてしまう程に闇と同化した、全身黒装束の人物。
体格は背後の木と比較して、かなり大きいと分かる。
帯剣している柄が僅かに覗き、この者が剣を扱う者だという事が見て取れた。
「――あの者……」
未だ闇の中に溶けたままであり、その者の全体像は伺い知れない。
だがそれでも、ミサトは既に感じ取っていた。
経験と実力に裏打ちされた勘が、そこに居るのが只者では無い強者であると。
乾いた金属音が鳴り響く。
何処からしたのかと視線を巡らせれば――ライゼルが懐中時計を取り落としていた。
その物音によって、僅かに開いた隙間の時間。
「師匠――何で、ここに……?」
焚き火が爆ぜるだけの静かな空間に、その声は良く響いた。