173.急がば蒸気機関車
闘技場都市ラドキアアリーナを目指す道程は、二つある。
一つは、ファーレンハイト領を横断する方法。
道中に難所がある訳でもなく、ごく普通の移動手段のように思えるが、ラドキアアリーナを目指すだけという人からすれば、この移動手段はかなりマイナーである。
何故かというと、時間が掛かるからだ。
移動料金が掛かるのはもう一つの移動ルートでも同じなのだが、掛かる時間が違い過ぎる為、ファーレンハイト領横断ルートは今現在、ほとんど使っている人は居ない。
当然ながら、ライゼル達もこの移動手段は利用しなかった。
利用するのは、もう一つの移動手段。
――ロンバルディア領に入り、蒸気機関車による移動。
現在はこの移動方法が、ラドキアアリーナに移動する際のメジャーな移動手段となっている。
地図上で見ると、わざわざ逆走してロンバルディア領に入り、大きく迂回してラドキアアリーナ近くまで移動する事になる。
移動距離が先程のルートと比べて倍近くにまで伸び、余りにも大回りし過ぎなのだが――それでも、時間的にはこちらの方が早く着くのだ。
理由は全て、ロンバルディア領に走っている鉄道網が原因だ。
馬車を走らせるより、蒸気機関車による移動速度の方が圧倒的に早い為、地図上の距離では遠回りしているように見えるのに、結果として早く到着する、という事態になっているのだ。
急がば回れという言葉があるが、正にその通りである。
「――私達、別にロンバルディアの国民でも無いのに、結構な頻度で蒸気機関車に乗ってるよね」
「別にこれ位普通でしょ? 物流に携わる商人とかなら私達よりよっぽど乗ってるだろうし」
聖王都に居を構え、そこで荷馬車の護衛兼荷運びを主要な仕事に据えていたフィーナだが、その仕事の最中に蒸気機関車に乗る事は一度も無かった。
ライゼルの側からあまり離れたくないので、比較的近場への往復依頼を中心に選んでいた為、蒸気機関車を利用する程の遠出をフィーナはしなかったのだ。
貨物車両に荷物を載せるという仕事ならばした事はあるが、載せたら終わりで後は聖王都へ戻って来るパターンだったので、やはり乗ってはいない。
一番物流と関わっている仕事を受けているフィーナがこれなので、セレナも口ではこう言っているが、別にそこまで乗っている訳ではない。
今回の蒸気機関車による旅路は、テロリストの襲撃がある訳でもなく、お偉いさんに絡まれる訳でもなく、実に平和なものであった。
普通はそんな事態に巻き込まれる方がレアケースなのだが。
順調に鉄路を走り抜け、終点であるグレイシアル鉱山街へと到着する。
このグレイシアル鉱山街はラドキアアリーナとの距離が非常に近く、ここから徒歩、または馬車で移動するのが一般的だ。
しかしながら、蒸気機関車の移動速度をもってしても、大陸横断に等しい移動距離は流石に時間が掛かる。
ライゼル達がグレイシアル鉱山街に到着した頃には既に夜になっており、この鉱山街で一晩を明かす事となった。
翌朝。
ライゼル達はラドキアアリーナへと向けて、山道を移動する。
馬車も出ているのだが、今回は徒歩による移動である。
然程距離が離れていないし、何なら山道を登って高い位置の場所からならば目視で確認出来る位だ。
「――よし、一旦ここらで休憩するか」
「はひー……!」
全力疾走で走り続け、ようやく休めるとばかりにフィーナが地面に倒れ込んだ。
フィーナだけは息が荒れているが、他の面々は別段そんな様子は無かった。
「しかし、それにしても平和な道中でござるな。山間部だというのに、魔物はおろか獣すら出て来ないとは」
「この山道は多分、世界で一番安全な場所の一つだろうからね」
ミサトの呟きに、セレナが答える。
このグレイシアル鉱山街とラドキアアリーナを繋ぐ山道は、連絡路として一般的な場所である。
なので、ラドキアアリーナで一旗揚げよう、一攫千金を狙おう、どれだけ自分の腕が通用するのか試そう、そんな面々が頻繁に通過する訳だ。
魔物が襲った相手が、一般客や商人であらば、魔物にも勝ち目はあるだろう。
だが、腕試し目的で来るような面々に襲い掛かった日には、魔物の命運はそこで潰える。
腕自慢の連中なのだ、そんな奴等が弱い訳が無い。
襲った所で、返り討ちに遭って終わりである。
そしてそんな腕自慢が、かなりの高頻度で通過する場所がこの山道なのだ。
この山道が使われ始めた頃は、山道付近に生息していた魔物が襲撃を仕掛けてくる事が多々あったらしい。
だが、ラドキアアリーナに戦いを求めてやって来た実力者に何度も魔物がぶつかり、駆逐されていった結果、最早この山道に魔物が現れる事は無くなった。
恐らく周辺を探せば居るのかもしれないが、長年に渡り魔物も学習してしまったのだ。
この山道を通る人間に手を出せば、死ぬと。
ごくごくまれにだが、魔物の中でも学習しない馬鹿な魔物が通行人に襲撃を仕掛け、そして襲われた側が非力な一般人だけしか居ないという状況に限って、被害が出る事もある。
だがそんな事はまれであり、のこのこ出て来た馬鹿な魔物に関しては、大抵腕自慢の連中に討伐されるのがオチである。
なので決して、山道には魔物が近付く事は無い。
「――って訳よ」
「自然淘汰という訳でござるな。確かにそれならば、ここが安全なのも納得でござる」
「要は不定期だけど高頻度で近隣の魔物退治を無料でやり続けてるようなもんだからね。そりゃ魔物も居なくなるわよ。私達もその一部になってる訳だからね」
ここまで、一切魔物の襲撃は無い。
だが仮に、襲撃して来たならばライゼル達もその魔物を始末するだろう。
例え金銭が発生しなくとも、降り掛かって来る火の粉は払わねばならない。
民間人が護衛も付けずに街や村の外に出ても比較的安全なこの山道は、この世界においてかなり珍しい場所だろう。
尚、当然ながらこの山道には山賊の類も出没しない。
理由は魔物が駆逐された経緯と同じである。
腕利き相手に立ち向かえる程の実力者ならば、そもそも山賊になんてならずに闘技場都市で戦っていた方が余程金になる。
しかし闘技場都市でやっていけない程度の実力しか無い者が、定期的にここを通る実力者に勝てる訳も無い。
山賊がここに根付く訳が無いのだ。
「……何か、山道にしては妙に人通りが多いねここ」
「ラドキアアリーナ程じゃないけど、グレイシアル鉱山街も相当な規模の集落だからね。人通りも多くなるでしょ」
休憩中、既に5組目の通行人を見送ったフィーナが感想を述べた。
そんなフィーナに対し、セレナが返事をする。
グレイシアル鉱山街はラドキアアリーナと接続している駅としての役割もあるが、そもそも街の名前に付いている通り、鉱山街でもあるのだ。
産出した鉱石を卸す必要もあるので、必然通行の便も多くなる。
ロンバルディア国内に流通させる分には鉄道網に乗せれば良いのでこの山道を通る事は無いが、ファーレンハイトやレオパルド領に卸す際には、この山道を使う必要がある。
そういう目的の馬車が通過したり、闘技場都市を目指している観光客や実力者が通過したりしている訳だ。
渋滞するなんて事にこそならないが、山道とは思えぬ程に高頻度で通行人が通過するのがこの山道である。
「おら、休憩終わりだとっとと行くぞ」
「えー……もうちょっと休もうよ」
「じゃあな」
「あっ! 待ってぇ!?」
フィーナの提案を一蹴し、即座に移動を開始するライゼル。
慌ててそれをフィーナが追い掛け始め、それを見たセレナとミサトも移動を再開するのであった。