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171.異世界のまれびと~2~

 ――気付くと俺は、空を見上げていた。

 背中に感じる、硬い土の感触。

 どうも仰向けに倒れているようだ。

 そして突き刺すような空腹と、焼けるような乾きを感じる。

 雲一つ無い青空、煌々と太陽が、その日差しで全身を焼いていく。

 喧騒が聞こえる辺り、近くに人通りはあるようだが――声が、出ない。

 身体に力が入らず、体力が尽きかけているようだ。

 視界が暗くなり――


「――ん? 目、覚めたかい。死なずに済んでラッキーだったな、命一つ儲けってね」


 次に目覚めると、そこには残酷なまでに照り付ける陽の光は存在していなかった。

 ひんやりとした空気、やや薄暗い天井。

 漂う香りが、腹の虫を酷く刺激する。


「細かい事は抜きにして、まずは食って飲んで寝て、体力回復しな。それが済んだら、働いて貰うからね。そのまま野垂れ死んじまうよりはマシだろ?」


 身体を起こす。

 レンガを積み重ねて作られたであろう壁面には明かり取り用の窓があり、そこから室内に程良く光が注いでいる。

 声のした方を見ると、女性の姿。

 眼光の鋭い、ふくよかな人物。

 色黒の肌の上から特徴の薄い質素な服を着ており、髪も女性にしては短く切り揃えてあり、全体的に飾りっ気が薄い。

 その横には、随分とガタが来てそうな古い椅子とテーブル。

 呼ばれるままに席に付くと、目の前には一皿の食事があった。

 所々黒ずみのある皿には、一杯のスープが注がれていた。

 具は多少入っているが、それも少なめで、ほぼほぼ液体のスープだ。

 飢えと渇きに耐え切れず、それを口の中に流し込む。

 魚の旨味と、塩味のスープ。

 口の中でほろほろと解ける程に煮込まれた具は、噛まずに飲んでも問題無い程だ。

 消化吸収には良いが、余り食べた感じはしない。



 腹にまともな食事を流し込み、飢えと渇きが消えた所で、彼女の話に耳を傾けつつ、時折質問を挟んでいく。

 目の前に居る女性、名はイザベラと言うらしい。 

 家の裏に広がる荒れ地で、虫の息で倒れていた俺を見付け、ここまで運び込んだらしい。

 そして今居る家は、ホーリエット孤児院といい、ラーディシオン自治領区に存在する児童養護施設の一つだとの事。


「所で、アンタ名前は?」


 イザベラから名を訊ねられる。

 行き倒れていた俺に食事を振舞ってくれた時点で、目の前の女性が悪い人物には思えなかった。


「レイジ。サカイ レイジって言います」

「サカイ、レイジ? あんまり聞かない名前だねぇ、何処の国から来たんだい? 家族は?」


 だから、自分の境遇は隠さず、ありのままを話す事にした。

 両親とは既に死別しており、兄弟は居ない事。

 日本という国に生まれ、飛行機墜落事故に遭い、気付いたら自称神とやらに出遭い、また気付いたらここに居た事。

 それを伝えた所、イザベラは何を言っているのかサッパリ分からないといった顔をしていたが。


「ま、事情は何であれ、あんな所で行き倒れてた以上、住む所も食う物も無いんだろう? なら、ここに居れば良いさ。レイジ、アンタが独り立ち出来る位になるまでは、世話焼いてやるよ」


 特に事情を問い詰める事も無く、交じりっ気の無い笑みを浮かべるのであった。



 俺がこの孤児院に来てから、3ヶ月が経った。

 聞いた事が無い地名、聞いた事が無い世界。

 そして何より――縮んでしまった自分の身体に、魔族、そして魔法という存在。

 これらによって、否応無しにここが異世界なのだという事を痛感させられた。


「レイジ! そっち行ったよ!」


 その声に応え、臨戦態勢で目を細める。

 必死な足取りで飛び出してくるスナウサギ。

 俺の存在に気付き、目を見開いた。

 恐らく逃げようとしたのだろうが、今は跳躍によって空中に居る状態。

 この状態で空を飛べないウサギが急に方向転換出来る訳も無く、検討虚しく、俺の手によってガッチリと捉えられた。

 激しく暴れて抵抗するスナウサギ。

 砂色の可愛らしい見た目をしているが、見た目に惑わされず、淡々とその首筋に刃を立てた。

 大量の血を流しながら、ビクリと身体を震わせ、こと切れるスナウサギ。

 このスナウサギは、ラーディシオンという過酷な環境でも生息出来る、貴重なたんぱく源だ。

 可愛かろうが、慈悲を掛けてやれる余裕は無い。

 弱肉強食だ、心の中で黙祷する。


「どう?」

「ちゃんと仕留めたぞ」

「よーし! ならさっさと帰るよ!」


 ご機嫌そうに尻尾を振る少女。

 俺からスナウサギを受け取り、先を歩く少女は、ユーリカという人物だ。

 何でも猫科の魔族と人間の混血児らしく、その身体つきには猫と人間の特徴が混合で現れている。

 とはいえ、パッと見た感じでは猫要素が頭部の耳と尻尾位しか無く、日本のアニメで良くある猫耳娘まんまみたいな風貌であり、かなり人間に近い。

 だがこうして狩りをする時なんかは、猫科に見られる一瞬でトップスピードになれる脚力を発揮し、人間では有り得ない速度で砂地を駆け抜ける。

 更には魔法も使えるようで、魔法で脚力を強化する事で、ただでさえ早い足を更に加速させている始末だ。

 ホーリエット孤児院の中で一番足が早い奴は誰だと言われたら、文句無しでこのユーリカになるだろう。


「結構沢山仕留められたねー」

「これならイザベラさん、喜んでくれるかな?」

「絶対喜ぶよ! それに、久し振りに下の子達全員に、美味しい肉を食べさせてあげられそうだね」


 ラーディシオンというこの国――実際には世界的には国家として認められていないらしいが――では、農作が出来ない。

 国土の大半は砂と岩であり、僅かばかりの草と、オアシスがあるのみ。

 周りは海で囲まれており、他の大陸とは一切地続きになっていない。

 こんな土地なので、漁業と狩猟でしかまともに食糧を確保出来ない。

 毎日が飢えと脱水症状との戦いであり、それに耐えられない幼子や老人が、毎日のように死体となっていく。

 余りにも過酷で、人が暮らすには厳し過ぎる環境。

 それがラーディシオンという地であり、俺が今置かれている、現実であった。

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