167.その後
「いやぁ助かりましたよ、中々有能で使える人材のようですね。次も何か依頼する事があれば宜しくお願いしますよ」
「絶対お断りよ!!」
イブラヘイムからの社交辞令を真正面から切り捨てるセレナ。
危険度や難易度に対し、今回受け取った報酬はかなりの破格ではあった。
但し、フィーナ達三人は精神的に大きなダメージを負った。
あとフィーナは肉体的にもダメージを負った。
主にセレナのせいである。
キルシュからの提案で、フィーナ達は帰り道を飛行船で送って貰う事になった。
この飛行船は一応イブラヘイムの所有物となっており、この飛行船こそが彼の自宅であり研究室である……のだが、普段は飛行船の行き先に関しては持ち主のイブラヘイムではなく、キルシュが全て取り仕切っている。
何故かというと、イブラヘイムは自分の研究所で研究出来て、研究素材が定期的に送られ続けていればそれで満足なので、彼自らが主導で飛行船を動かす事はほとんど無いからだ。
あるとすれば、自分で研究素材を調達しに行く時だけである。
その為動く飛行船なのに、動く、の部分がロクに活かされていない状態であり、この世界における貴重な飛行手段を死蔵しておくのは余りにも勿体無いという事もあり、イブラヘイムと違い、比較的国に従順なキルシュが飛行船の舵取りを任されているのが現状である。
彼女なりの礼という事なので、折角なのでフィーナ達はその好意に甘える事にした。
残念ながらこの飛行船で聖王都の近くまで飛んでしまうと、領空侵犯でファーレンハイトとロンバルディアが戦争一直線になる危険性があるので、そこまで送る事は出来ないが、国境付近までは送ってくれるそうだ。
「謝礼はギルドを通じて既に貴女達の口座に振り込んでありますので、そのままお帰り頂いて構いません」
「えらく対応が早いのね」
「我が国には電話という通信技術がありますからね。口頭で伝えて終わる案件であらば、我が国に距離は無きに等しいですから」
遠距離通信手段は、ロンバルディア以外にも存在している。
そちらは科学ではなく魔法を用いるモノなのだが、短距離であらばともかく、山一つ越えるような距離でも通信出来るような魔法の使い手、もしくは魔導具というのは、非常に数が少なく、またあっても集落一つが滅ぶ程の高額な道具となっている。
そんな高レベルで有力な魔法を修めている人物は大抵の場合、貴族のお抱えになってしまっており、魔導具も国の管理下に置かれており、市井には浸透していない。
一方、ロンバルディアに存在している電話という技術はそれらと比べて非常に安価であり、キルシュが所持している携帯電話はともかく、固定電話の方であらば、ロンバルディア国内ではそこそこ浸透し始めている状態だ。
遠距離通信手段という面では、ロンバルディア国内のハードルはかなり低い。
電話でフィーナ達の口座に入金するよう、既に指示を出していたのだろう。
「便利な道具でござるな」
「ね。それ聖王都にもあれば良いのに」
「この電話に関しては、我が国の技術力が注ぎ込まれているのでそう簡単にはお教え出来ませんね」
この科学技術こそが、魔法技術ではファーレンハイトとレオパルドに後れを取っているロンバルディアが大国として肩を並べられている原動力。
当然ながら、その技術は他国にも分析・解析されてはいるのだが、模倣には到底至れていないのが現状である。
例え仕組みを完全に理解したとしても、高度な加工技術を要する部品なんかも存在しており、当然ながらその模倣も出来ていないので、まだまだロンバルディアの科学技術が優位という構図は変わらないだろう。
そしてその構図を変えない為にも、キルシュだけでなく、ロンバルディアに属する科学者は皆、口を堅く閉ざしている。
「あっ、あそこ私達が来た所じゃない?」
「相変わらず早いね」
「こんなデカブツが飛んでるとは思えない移動速度でござるな」
ガラス窓の外に視線を向ければ、そこには既にファーレンハイト領が目前に迫っていた。
ロンバルディア国内であらば、蒸気機関車による鉄道網が存在している為、それらと比較すれば飛行船の移動速度は大した事は無い。
だが鉄道網でカバーし切れていない場所は馬車や徒歩での移動になるし、鉄道と違い飛行船には線路という制約が存在しない。
それらを加味すれば、飛行船の方が早いのだ。
リフトに乗り、来た時と同じようにリフトを使って下へと降りていく。
「……そういえば、あの変態から服を回収してたけど、あれどうするんですか?」
「ちょっ、フィーナさんやめてよ! 折角忘れるように努力してたのにまた思い出しちゃったじゃん!?」
イブラヘイムの威圧に屈した変態兄弟二人から、衣服を回収したイブラヘイム。
……正確には、イブラヘイムもキルシュも衣服には触れていない。
変態兄弟が着た服には触りたくないという事だろう。
キルシュの呼び寄せた別の研究職員が回収しており――回収した職員には同情を禁じ得ない。
フィーナの言及に口を尖らせるセレナ。
「そうですね。所長が『折角だし着たらどうだね?』とかセクハラして来たので潰しておきましたが」
「何を潰したのでござるか?」
「あの服は、ジョニーが遺したとされる非常に高度な魔法防御性能を有した服。死蔵するのは余りにも勿体無いですから、我が国の誰かに着て貰う事になりそうですね」
ミサトの疑問には答えず、あの服のその後について答えるキルシュ。
女性以外が着てしまうと精神汚染を受けてしまう為、女性しか着れない代物だが、その防御性能はフィーナ達が実際目の当たりにした通り、強烈無比。
基本的にあれを着た女性は、物理的に害する事がほぼ不可能になる代物なので、暗殺等を防ぐ目的で女性の高官に着て貰うか、もしくは女性の有能な兵に着て貰うか、その辺りに落ち着くのだろう。
「やっぱり、そうなるか……」
「残念ながら、あげる事は出来ません。残念ですけどね」
「残念ですけど、貰えないならしょうがないですね」
「欲しかったのですか?」
「ぐ……ッ! い、いらないです!」
苦虫を噛み潰したような表情で、凄く力の篭った声で断るセレナ。
自身の持つ、あらゆる攻撃手段を防いで見せた防御性能。
その防御性能は、非常に魅力的なのだろう。
あの変態が着たお古、という事実が無ければ。
そこまで女を捨てる気は無いので、拒否するセレナ。
そしてあんなモノを手元に残しておきたくないので、出来れば吐き出したいキルシュ。
まあ実際にはキルシュは誰かに渡す気は無く、国庫に納める気満々なので、この言葉はただの冗談なのだが。
飛行船が、遠方へ去っていく。
こうして国直々の依頼は、大金と引き換えに、フィーナ達の心に大きな傷を残して終わりを迎えた。
「……アレを着る事になった人、不憫だね」
「そうでござるな」
「同感」
辛い現実を乗り越え、三人の意見が一つになった瞬間であった。




