160.空飛ぶ船
相手側の用事が終わり、再びユニオンに現れたキルシュを待ってましたとばかりに捕獲するセレナ。
私達を安く見積もるなとばかりに、グイグイと報酬の吊り上げを画策する。
昼に始まり夕方に話が纏まる、長丁場の議論の末、当初は金貨1000枚だった内容が、最終的には諸経費込みで金貨3000枚、失敗した場合は報酬無しで決着した。
「――ここのユニオンは、金銭に強い方が居るようで。将来安泰ですね」
とは、キルシュの談である。
褒めているように見えて、言葉に棘が有る気がしなくもない。
翌朝、善は急げとばかりにフィーナ、ミサト、セレナの三名はキルシュと共にロンバルディア領へと向かう。
今回、厄介事に首を突っ込む気は無いのでライゼルは留守番である。
整備された道を通り、特に波乱も無く、三日程でファーレンハイトとロンバルディアの国境付近まで到着する一行。
「……何か浮いてる」
「我が国が保有する飛行船です。今回はアレで移動します」
「空を飛ぶ乗り物……そんな物があるとは、世の中は広いでござるなあ」
初めて見る、空に浮かぶ城とでも言うべき飛行船の威容を目の当たりにし、心境を吐露するミサト。
「キルシュです。リフトを降ろして下さい」
「しかし、あんな空高い場所にある物にどうやって乗るのでござるか?」
「流石に降りて来てくれるでしょ。私は別に飛んで行けるけど」
「それが出来るのはセレナだけでしょ」
「――お待たせしました。貨物昇降用のリフトです、こちらに乗って頂けますか? 係留するよりこちらの方が早いので」
キルシュの持つ、携帯電話からの連絡を受け、少し時間を掛けながら、空からスルスルと降りて来たリフト。
大きさは精々10メートル四方と、頭上に浮かぶ船体と比較して随分と小さいが、それでも四人を乗せるには十分過ぎる大きさであった。
先程降りて来た時間と同じだけの時間を掛け、しかし結構な速度で空へ向けてワイヤーが巻き上げられていく。
上昇と共に、遠近法で小さく見えていただけの巨体が目の前に広がる。
「……滅茶苦茶デカい……」
「我が国が誇る最新鋭の研究施設にして戦艦とでも言うべきモノですからね。本来であらば部外者を乗せるなど論外なのですが、移動速度においてコレより早い手段は今現在我が国には在りませんからね」
昇降装置が停止し、空に浮かぶ城、という表現もあながち間違いではない光景が目の前に広がる。
高度によって吹き付ける横風。
足元は軽量化の為なのか、金属板ではなく金網の床が広がっている。
しかし多少踏み締めた所でビクともせず、下手な木の床よりも余程頑丈そうだ。
キルシュの案内に従い、扉の奥へと進むと、ガラスと金属で作られた、この世界からすれば非常に近未来感溢れる光景が広がる。
すぐ近くの個室へと通されるフィーナ達。
「村までは恐らく二時間程で到着すると思われます。それまでは、この部屋の中で自由にしていて構いません。ですが、この部屋からは出ないようお願いします」
そう言い残し、キルシュは部屋の外へと出た。
「――何と言うか、不思議な空間でござるな」
「この乗り物……建物? ぜんぜん魔力の気配がしないんだけど。魔法も無しにどうやってこんな巨体を空に浮かべてるのよ。全然意味分からない……」
「うへー……」
窓ガラスにへばりつくようにして、眼下に広がる大陸を食い入るように見るフィーナ。
この世界の一般人ではまず見る事が不可能な、非日常的な光景を目の当たりにしているフィーナ達の時間は、瞬く間に過ぎて行った。
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「実働試験御苦労だったね、キルシュくん」
「聖王都までの通信は問題なく。しかし山の影が邪魔でファーマイングまでは流石に、といった所でしょうか」
「ならば、この船の位置をずらして、山に隠れない位置取りをすれば、まだまだ行ける……か。ふむ、それだけ行けるなら十分でしょう。ここからの課題は通話距離を延ばす事ではなく、機能を落とさずにどれだけ小型化・軽量化出来るかでしょう」
「私も同感です」
イブラヘイムの自室を訪れ、今回の実験結果を提出し、議論するイブラヘイムとキルシュ。
先日フィーナ達に伝えていたキルシュの要件というのは、この携帯電話の実働テストの事だったのだ。
「……今の聖王都の保有戦力は異常です。戦争にでもなれば、今のままでは勝ち目は無い」
「確かにそうだねえ」
「"勇者"と"魔王"がどちらも居るなんて、前代未聞です。我が国の自治を守る為にも、軍備の拡大は必須事項ですからね」
自国の主張を通し、守る為には、実力が必要。
力の無い主張など、非情な国際社会においては潰されて終わりだ。
そしてロンバルディアにとっての仮想敵国、ファーレンハイトにおいてここ最近、目に余る程に武の才を有した傑物が多数現れた。
それらに対抗するべく、ロンバルディアもまた、武力の拡充を行っているのだ。
「この携帯電話が実用化されれば、戦力差も多少は埋まるでしょう。後は実用化されるまで、獅子の牙がこちらに向けられない事を祈るばかりですねぇ」
一騎当千の傑物は、そう簡単には生まれない。
にも関わらず、突如現れたファーレンハイトの傑物達に対抗するには、偶然や幸運で立ち向かうのは余りにも無謀。
一騎当千が生まれないのであらば、十人力を何人も育て上げるのがロンバルディアの方針だ。
ロンバルディアを支える技術、科学という辞書に祈りは存在しない。
どこまでも現実的な路線を進み、一発逆転を狙わずコツコツと積み上げ続けるのが科学というものだ。
「向いた時は、尊い犠牲だったと線香一本位は立ててあげますよ。所長」
「何を馬鹿な事を、私が死ぬものかね。キルシュくんを見殺しにしてでも逃げるぞ私は」
「所長、最低です」