159.ロンバルディアの欠点
「即断しろとは言いませんし、フィーナ様御一人でなければ駄目という訳でもありません。信頼出来る仲間が居るのであらば、その人達と共にでも構いません」
『払える額は決まっている以上、頭数が増えたらその分一人当たりの報酬が減るって事は念頭に置いて貰わなければ困りますがねえ』
「軍を動かすとなれば、兵達の給金、食糧や弾薬といった消耗品、移動に掛かるコスト、更には戦闘で死傷者が出たならば、その傷痍兵達への治療費、死んだのであらば遺族への補償金だって必要です。それらを全てひっくるめて勘定に入れるなら、金貨一千枚という計算は妥当所か、下手すれば安い位です。そして任務達成する確率であらば、ロンバルディアの兵よりも余程貴方達の方が高いと踏んだんですよね」
キルシュは携帯電話を片付け、ユニオンを後にした。
何でもまだこの国で片付けねばならない仕事があるらしく、その仕事が終わるまで返事は待ってくれるようだ。
後日、仕事を片付け次第キルシュが再びこのユニオンを訪ねて来るらしく、その時に返答してくれればいい、との事。
しかし急ぎの要件ではあるので、その時に返答が無ければ今回の仕事は無かった事に、らしい。
「――国からの依頼、でござるか」
フィーナは仕事を終えて戻って来たミサト、そしてセレナにもその話をする。
「聞いた事も無いような高額報酬出してるけど、ライゼルのヤツは凄い嫌がってるのよね」
「確かに金額は、聞いた事も無いようなとんでもない額でござるが……随分と大事のような気がするでござるよ」
「ロンバルディア共和国が抱える最強とやらから投げられた依頼なんでしょ? 国からの依頼ともなればこれ位の額になっても不思議じゃないわよ」
金額に驚きはしたが、フィーナ程は反応していないミサト。
そしてセレナに至っては、まあでもこんなものかといった具合である。
「でも何でわざわざ、私達に仕事を回してきたかが謎ね」
出来て間もないユニオン、そこに所属している顔触れと実力は一旦置いておくとして、世間的に見ればまだまだ弱小ユニオンの一つにしか過ぎない。
そんな相手をわざわざ指名する理由が不明なのだ。
「んなもん決まってんだろ、ロンバルディア共和国全体の問題点が浮き彫りになってるってオチだよ」
その理由をとっくに知っているライゼルが口を挟んで来た。
「問題?」
「他の国と違って、ロンバルディアの連中は皆、揃いも揃って"秀才"なんだよ」
「……それの、何が問題なんでござるか?」
ロンバルディア共和国の発祥は、元々ファーレンハイトという国に嫌気がさしたり、追いやられたりした人々が団結して生まれたという経緯がある。
要は、開拓民が独立したのがロンバルディア共和国なのだ。
そして肥沃で温暖な土地を多数抱えるファーレンハイト領の中では特に劣悪な、常に寒さと戦い続けねばならない土地で暮らす人々。
そこに住まう人々に、優秀な人材は殆ど居ない。
何故なら頭が回る優秀な人材ならば、わざわざ寒さの厳しい地域を開拓せずとも、元からある温暖で過ごし易い土地に根付けるからだ。
そこで暮らす為の土地や税が高くても、優秀な者ならばそこで暮らせるだけの財貨を稼げる。
代々有能な者を輩出する家系なんかも、好き好んで劣悪な環境に移住しようなんて考えないだろう。
優秀な者は、そこに根付いて、自分にとって快適な環境を生み出せる力があるが、何のメリットも無いのに、元々手にしている快適な環境を捨てる事は有り得ない。
それが出来ない、言い方は悪いかもしれないが、無能な連中だからこそ、寒村で寄り添い合って暮らす事しか出来ないのだ。
そんな無能ばかりが集まって独立、建国した。
普通ならば、即座に瓦解して終わりである。
しかし、建国の祖となった人物が非常に優秀であったが為に、そうはならずに今に至る。
だが、血筋と言うべきか。
無能と無能の子より、有能と有能の子の方が優秀であるのが世の常。
勿論、鳶が鷹を生むといった言葉がある通り、凡人の間から秀才が生まれる事もある。
だが、それが通用するのは精々数名という規模までの話。
国と言う、数千万、数億という数で構成されるのであらば、一人二人の秀才は誤差でしかない。
結局は、平均値だ。
有能の比率が高い方が、更なる有能を生む確率は高くなる。
国民の教育水準という意味では、ロンバルディア共和国はかなり高い。
しかし元々の血筋が邪魔をして、多くの"秀才"を輩出するに留まる。
「――ロンバルディアの内情を皮肉る言葉が、さっきの言葉なんだよ。"秀才"は多いが……ロンバルディアには、絶対的な力を持つ"天才"がロクに居ないんだ」
一騎当千が、生まれない。
勇者やその仲間を擁する、ファーレンハイト。
魔王と四天王を擁する、レオパルド。
そうそうたる顔触れが並ぶが、それと比べてロンバルディアは、顔になる代表という意味では非常に貧弱である。
「一人で何でもかんでも問題を解決しちまうような、マジモンの天才がロンバルディアには全然居ないんだよ。勿論、秀才っていうレベルで良いならロンバルディアにも居る――っていうか、下流中流の平均層だけで言うならロンバルディアの方がブッチギリなんだけどな」
「……話が良く分からないんだけど、つまりどういう事?」
「鈍いねえフィーナちゃんはよお。そのロンバルディアに居る数少ない、マジモンの天才様とやらがわざわざこっちに仕事投げたって事は、国内の秀才じゃ始末に負えない事態が起きてるって事の証左だろうがよお」
未だに疑問符を浮かべているフィーナに対し、結論を述べるライゼル。
「……簡単に三文字で表すと、厄介事、ね」
「あの陰険白髪頭が寄越す仕事なんざ、絶対ロクでもねえからな。俺様は絶対受けねえぞ」
「酷い言い草でござるな」
「……ロクでもないから、報酬が高いのか」
「でもまあ、私は受けても良いと思うよ。条件付きでね」
「乗り気でござるな、セレナ殿は」
「まあね。国直々の依頼って事は、仕事内容の信憑性だけは確かだからね。偽りなんかしたら国の威信に傷が付くんだから」
ギルドに投げられる、無数の仕事の内には、依頼を受けた人を騙し討ちにするようなタチの悪いモノもある。
例えば洞窟に住み着いた魔物を倒してくれという依頼を出し、それを受けた者が洞窟に入った所で後ろから闇討ちし、金銭を奪い取るといった具合だ。
そういった仕事が掲示板に張り出されぬよう、その仕事内容に偽りが無いかどうか、それを確かめるのがギルドの仕事の一つだ。
その手間の分だけ手数料が取られ、手取りが減ってしまうのだが、ギルドを通さない依頼であらば手数料も掛からない。
但しそういった悪意のある依頼が弾かれる事も無くなってしまうのだが、セレナの言う通り、国からの依頼であらばその心配は無いのだから。
「条件って?」
「金貨1000枚じゃ安い。もっと吊り上げるよ」
「ゑっ!?」
どっから出たその素っ頓狂な声と言いたくなるような声を上げるフィーナ。
「取り敢えず、キリ良く金貨3000枚まで行きましょうか。あ、交渉は私がするからフィーナさんとミサトさんは座ってて良いよ。何なら請けなくても良いよ。その時は私が一人で報酬受け取るけどね」
グヘヘと口角を吊り上げるセレナ。
その様子は、まるで金の卵を産む鶏をとっ捕まえたかのようであった。