157.ロンバルディアからの来訪者
「着きましたね」
白衣の女性――キルシュが、聖王都の貴族街にある、ユニオン黒犬の敷地へと足を踏み入れる。
同乗していたフィーナは、まだ少しだけ仕事が残っているらしく、それを片付けたら戻って来るそうだ。
馬車と共に運んで来たキャリーケースを受け取り、ガラガラと押しながらウラライカが応対する。
「こんにちは、本日はどのような要件ですか?」
「このユニオン直々に、仕事の依頼をしに来ました。アポの必要があるのなら、今回取るつもりです。ユニオンの代表者は御在宅でしょうか?」
「仕事の内容はどのような物でしょうか?」
「申し訳ありませんが、我が国の機密事項に関わる内容でもあるので、代表者にだけ直接お伝えしたいのです」
急な押し掛けである事はキルシュも理解している為、もし今日居ないのであらば大人しく引き返すつもりのようだ。
ただ、面会出来るまでは何度でも来る気ではあるようだが。
「セレナ様は外出中ですが、ライゼル様は御在宅です」
「それは都合が良いですね。彼と直接話せた方が話しがスムーズに進みます」
応接間へと通され、ソファに腰掛けるキルシュ。
ウラライカから出された茶を少し飲み進めつつ、時間を潰していると、扉の向こう側からライゼルが現れた。
「どうもお久しぶりです。私の事、覚えておいででしょうか?」
「……ああ覚えてるよ、何だ? 俺様の事が恋しくて遠路遥々やって来たってか?」
「察しが良くて助かります、その通りです」
ライゼルは軽い冗談のつもりで軽口を放ったが、あっさりと受け流される。
どうもキルシュには軽口や冗談は通じないようだ。
「ライゼル様、貴方に用事があって来たのです。ユニオンを立ち上げている以上、仕事を受け付けていると判断した所存です」
「俺様に用事だと? 嫌だね、他当たれ」
「まあ、そう言わずに。詳しくは私ではなく、所長とお話して下さい」
「所長? ああ、お前の上司でロンバルディアの"最強"か。話すっつっても何処に居るんだよ」
近くに"存在しない"事は既に、ライゼルは察知している。
この屋敷に引きこもり、ずっと一人でライゼルが何をしていたのかといえば――網を広げていたのだ。
屋敷に誰かが足を踏み入れれば当然、それ所か屋敷の外であろうとも、聖王都内にライゼルの琴線に触れるような人物が現れれば、即座にライゼルは察知してみせる。
風や空気を自在に操り、電気信号や電磁波も探知する。
魔法によって張り巡らされた幾つものレーダー網を潜り抜けるのは、至難の業。
それをライゼルの腕前でやられたら、必ず察知される。
当然、このキルシュの来訪もライゼルはとっくに知っていた。
そんなレーダー網を張り巡らせたライゼルのセンサーに、反応は無い。
特に、ロンバルディアが誇る最強の男とも呼ばれるような存在が聖王都内に現れたというならば、ライゼルは絶対に探知してみせるはずだ。
ライゼルは、自分より弱い――雑魚に興味はない。
逆に言えば、ライゼルは強者には興味があるのだ。
強者の探知であらば、適当にやらず、真面目にやる。
不真面目な普段の態度ではなく、真面目にやっているにも関わらず、そんな存在を感知出来ない。
だから今は、この聖王都内にロンバルディア最強――イブラヘイムは居ない。
予想ではない、純然たる事実。
目の前所かこの都に居ないのに、どうやって話すというのか。
「今、所長と繋ぎます」
そう言うと、キルシュは横に置いていた手荷物のキャリーケースを開く。
鉄の塊、鉄の線、ガラス、何かを納めているであろう包み――見慣れない謎の物体の数々。
ケースの中に収められた、鉄の棒を複数組み合わせた物体を窓の側に設置するキルシュ。
「……少々仰々しい装備で申し訳ありません、通信にはどうしても必要な装備でしたので、ご容赦願います」
「通信?」
「今この場には所長は居ませんので、これで待機している所長と繋ぎます」
「だから、この場に居ないのにどうやって話すっつーんだよ。魔力を飛ばして話すにしても、距離に限界があるだろうが」
「この携帯電話であらば、話せます」
「携帯電話だぁ……?」
ケース内のボタンをカチカチと押し、携帯電話と呼ばれたケース内の装備を操作するキルシュ。
「……その機械、何かの電波飛ばしてやがるな」
「おや、分かるのですか? ロンバルディアの科学者であらばともかく、科学に疎いこの国でそれに気付ける者が居るとは」
「俺様は周囲に電気を飛ばしてるからな、電気的信号が周囲に飛んでれば気付くんだよ」
「ほう、もしや魔法でレーダー網を作り上げているのでしょうか? その発想に至れるとは――」
ライゼルの口にした内容は、言うは易く行うは難し、の典型例である。
さあ電波が来るぞ、察知しろ。
そう身構えた状態で、何か飛んでるような気がする――そんな程度の精度でしか、世の魔法使いは電波というモノを感知出来ない。
ましてやそれを常時、高精度で行い続けられるライゼルという男が異常なのだ。
人間レーダーをやっているというライゼルの技能に対し、素直に驚いているキルシュの言葉が、遮られる。
『到着したのかね? キルシュくん』
携帯電話と呼ばれる機械から伸びた金属塊――キルシュ曰くスピーカーから、以前聞いた男の声が飛ぶ。
「……おはようございます、所長」
「おいおい、何を言っているのだねキルシュくん。今は昼だろう」
「声が寝ぼけてますよ、所長。さっきまで寝てましたね? まだ目やにが付いてますよ?」
「……失敬な。そんなモノ付いてない」
「今、目を擦って取りましたね?」
「何だねキミ。魔法か何かで監視でもしているのかね?」
もう一つの金属塊――マイクに向け、半目で話すキルシュ。
まるでこの携帯電話で遠くの様子をリアルタイムで見ているかのように話しているが、別にこの携帯電話とやらに遠くを見る機能は無い。
「聖王都の目的地に到着しました、交渉相手の目の前に居ますから、後は所長が直接話してください」
「何だこりゃ……マジで機械が喋ってやがる」
『おやおや、ライゼルくんも携帯電話は流石に見た事が無いようだね。何しろ我が国が誇る最先端科学技術の一つだからねえ、驚いてくれて何よりだよ。所要もあって、私では無くキルシュくんを向かわせたんだ。直接顔を見せずに仕事の話をする形になって、申し訳ない。全く申し訳なく思ってないがね』
形ばかりの謝罪を速攻で取り消すイブラヘイム。
そんなロンバルディア最強の男の言動に、片眉をピクリを動かすライゼルであった。




