148.ウラライカ、初勤務!
ライゼルによる鶴の一声により、即座に採用が決まったウラライカ。
住み込み、食事代光熱費込み、一年毎の契約更新制。
最初は室内の掃除を担当して貰い、後々行けそうならばアポイントメントを受ける受付嬢として働いて貰う勤務内容で内定となった。
ハタキ、箒、雑巾、バケツ。
掃除用具を手渡され、立ち向かうは築百年以上の巨大屋敷!
「先ず手始めに、私達とウラライカさんの部屋を掃除して下さい。そうしないと、何時まで経っても落ち着いて寝られる場所が用意出来ないです」
「分かりました!」
掃除もロクにされていない、広大な屋敷。
この室内を、ウラライカ一人で掃除するのは到底無理な話だ。
なので、いの一番にすべき事として、自分達の寝床、個室の掃除をセレナより命ぜられた。
エントランスホールの片隅に寝床を置いて、その寝床の上がくつろげる場所というみっともない状態は早めに解消せねばなるまい。
それ以外の場所は、おいおいすべき場所ではあるが、急務という程ではない。
元々、人の出入りが無い為埃位は積もっていたが、逆に言えば人の出入りが無いのでそこまで汚れている訳ではない。
窓を開けて空気を入れ替え、ハタキが縦横無尽に舞い踊り、床から壁面に掛けて雑巾がけ。
一先ず自分達が寝られる場所を、という意味で小さめの客室を4部屋掃除する事が、今回ウラライカに与えられた仕事だ。
しかし小さめとはいえ、元貴族の邸宅の客室だ。
シャンデリアのような掃除する上で厄介な照明器具は既にこの屋敷から全撤去されているが、流石に一日掛かりの仕事となった。
「セレナさん、掃除終わりました!」
「お疲れ様です。これ、少しですけど給料を前払いしておきます。食事を作る人が居ないので、寝床は今日からはここで構いませんけど、食事は外でお願いしますね」
ウラライカの今日一日は、自分達の寝床を確保する為の掃除のみで終わってしまった。
ライゼルは相変わらず屋敷内で何か良く分からない作業を行っており、セレナはウラライカの質問に答えたり、新しい人員の面接を行ったりでバタバタと動き回っていた。
フィーナも今まで以上にしっかり稼がねばと肉体労働に従事し、ミサトは討伐依頼で何処かに行ってしまっている。
既に日も傾いており、この貴族街から食堂等が並ぶ繁華街までは移動だけでもそれなりに時間も掛かる。
馬車なんかもあるが、馬車も夜には走っていないし、そもそも下働きにしか過ぎないウラライカには、馬車をそう易々と利用出来る程の財力は無い。
そろそろ夕方、程度の斜陽ではあるが、繁華街に出て食事を済ませ、私物をまとめてこの屋敷に移動させたりする時間を考えれば、もう動き出さねば不味い時間だ。
「そうですね……自分で作ろうにも、キッチンがあのままだとちょっと……」
ウラライカはこの屋敷内の間取りを把握する為、セレナから案内を受けた際に目撃した厨房の光景を思い出した。
設備自体は少々古臭いものの生きており、調理する事自体は可能だ。
しかし掃除されていない為、このキッチンにも目で見て分かる程に埃が積もっており、こんな埃まみれの環境で料理なんて作っても、食べられたモノではない。
あらかた金目になりそうなモノは持ち出されており、随分とガランとした光景ではあるが、包丁やまな板、食器なんかは意外な事に残されていた。
しかし包丁は錆び付いておりそのままでは使い物にならず、まな板も随分とボロボロ。
食器も貴族達が使っていた金目になりそうな高級品ではなく、恐らく使用人達が使っていたであろう安価な食器に関してはそのまま置き去りにされていた。
しかしこの食器も当然埃を被っており、洗わなければ使い物にならない。
この屋敷には水道設備が備わってはいるが、まだ稼働はしていない。
その為水が無いので使いたければわざわざ汲みに行かねばならず、食器洗いは出来ない……というより、そもそもの話今日はそこまで掃除出来る程の時間的余裕は無かった訳だが。
「自分達で食材を買って料理するにも、料理人を雇うにしても、キッチンがあのままじゃねぇ……明日も掃除して貰う予定ですから、今日は早めに寝て下さいね」
「分かりました。それじゃあ、仮住まいから少ないですけど私物を取って来ます」
一礼、頭を下げた後に屋敷から一旦出て行くウラライカ。
食事を済ませた後、疲労もあってか早々に就寝したようだ。
その間、ずっと屋敷に何やら仕込んでいるライゼル。
翌朝。
ウラライカだけでなく、ライゼル達も掃除が住んだ客室に私物を移動させる。
軽い物に関しては各自で移動させたが、ベッドのような重たい荷物に関してはフィーナが頑張った。
褒美とばかりにライゼルが金貨をフィーナに投げ付け、フィーナはライゼルに拳を放った。
「これでようやく、人心地付ける、といった所でござるな。住めば都とは言うでござるが、玄関で寝泊まりではそうも行かないでござるからなぁ……」
遠征討伐から戻って来たミサトが、ようやく手に入った定住の個室、その寝床に腰掛けながら呟いた。
「ミサトさんは、ギルドの依頼で魔物を倒してるんですよね? 凄いです」
「大した事はしてないでござるよ」
ウラライカの称賛に、謙遜気味に答えるミサト。
謙遜気味と言うか、物凄い謙遜である。
この聖王都に居を移してから、ミサトの活躍は瞬く間にこの聖王都のギルドで話題になった。
異国出身の、黒髪美女の剣客が居る。
仕事は早く正確で、それでいてべらぼうに強い。
これだけ個性の塊ならば、話題にもなろうというものだ。
ミサトは活躍の舞台をシルバーランクへと移し、厄介な魔物の討伐を率先して引き受け、その全てを切り捨ててここまでやってきた。
討伐証明として毎回いかつい魔物の頭部を持って来ており、それを何度も目の当たりにしたギルドの人々からは"斬首の美女"とか"処刑人"とか、何やら物騒な呼び名が定着しつつあった。
「しかし、ウラライカ殿の仕事は大したものでござる。元を知ってるから分かるでござるが、たった一日であの部屋を四つも綺麗にしてしまうとは」
「掃除なら、ユースヴァニアで暮らしてた頃から毎日してましたから。流石に大掛かりでしたから疲れましたけど、今日からはゆっくりやって良いって話ですから、何とかなりますよ」
急務は終わったので、今日はミサトと談笑する程度には余裕があるウラライカ。
ミサトも今日はあまり良い討伐依頼が出ていなかった為、軽く仕事を済ませた後、午後からは屋敷で骨休めする事にしていた。
なので、丁度休憩時間が被ったウラライカと話に花咲かせているという訳である。
その隅で、何やらゴソゴソと動き回るライゼル。
服装が全身黒コーデなので、言っちゃ悪いがゴキブリみたいである。
「……所で、ライゼル殿は先程から何をしているのでござるか?」
「仕込み」
ミサトの質問に、三文字で答えるライゼル。
何を仕込んでいるのか、ミサトには理解出来ない。
そしてミサトにも理解出来ない事が、ウラライカにも理解出来る訳が無かった。