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141.物件選び

 聖王都に、嵐が吹き荒れた!

 正確には、聖王都の不動産屋にだけその嵐は吹き荒ぶ!


 原因は間違いなく、セレナである。

 元々、聖王都では色んな意味で有名になっていたセレナ。

 しばらく姿を見せないと思いきや、唐突に再び姿を現し、その矛先を今回は不動産屋に向けた。


「ハァ? 部屋数がたったの5部屋しか無いのに一月金貨12枚とか舐めてんの? 次!」

「この建物、日当たりが悪いですよね。壁紙で誤魔化してあるけど、この裏にはカビが生えてるんじゃないですか? この壁紙も、なんか触るとしっとりしてるし」

「ドアの立て付けが悪い、論外! 次!」

「……条件はかなり良いけど、立地が……ここにユニオンを構えるの……? うーん、保留!」

「この感じ……過去に水害があったけど表面だけ取り繕って誤魔化してますね? 土台部分にボロが出てますよ? 次!」

「私、知ってますよ? この建物、元々犯罪グループが根城にしてたせいで、殺人事件も発生してる事故物件ですよね? 何で知ってるかって? その組織潰したのが私だからですよ! こんな物薦めてる時点で論外! 次!!」


 切り捨て御免の嵐。

 不動産屋職員のライフはもうゼロである。

 一日、二日、三日。

 セレナの掲げる、高過ぎる理想をクリアする物件に出会う事無く、時間だけが過ぎていく。

 その間、フィーナとミサトは日銭を稼ぐ為、ギルドに貼り出された仕事に明け暮れている。

 ライゼルは寝ていた。


 そんな、ある意味では平和な毎日を過ごしている中。

 唐突に、ライゼルが起き上がった。

 ただ一言、「付いて行く」とだけ。

 それだけを口にして、セレナの不動産探しに同行し始めるライゼル。


「ライゼル様って、何か物件の希望ありますか?」

「んー……」


 小さく短く、唸るだけのライゼル。

 立ち上がりはしたが、まだ本調子とまでは行かないようだ。

 身体自体はピンピンしているのだが、肉体ではなく精神の疲労とでも言うべき状態なので、何時回復するのかは誰にも予想出来ない。

 だが、自分で動きもしなかった今までの状態から考えれば、今回自発的に動き始めたので、少しずつではあるが回復し始めているようだ。


「こっ、これはセレナ様! この度はルドルフ不動産をご利用頂き――」

「私、まだ名乗って無いんだけど……何で知ってんの?」


 揉み手で応対した、中肉中背の中年の男性職員に対し、半目で威圧するセレナ。


「そっ、それはセレナ様が有名人だからですよ! 私のような者でも、セレナ様の活躍は耳にしておりますとも!」

「その有名ってのは、どういう意味の有名なの?」

「え、っと……それは……」


 冷や汗を流す不動産職員。

 少しでも気に入らない事を口にすれば、建物諸共魔法で吹き飛ばされる!

 しかもその力量はゴールドランクという、歩く人間兵器とでも言うべき存在。

 重箱の隅を突き破るような目敏さと、値引き交渉も躊躇わらない傲慢さ。

 ある意味では、ドラゴンよりも厄介な存在。

 それが、この数日間不動産屋を回ったセレナに対して付けられた評価であった。

 建物を吹き飛ばした事など一度も無いのだが、噂というのには尾ひれが付くものである。


「……物件のリスト、見せて」

「えっ? あ、はい。それでは、こちらのカウンターにお越し下さい」


 そんなセレナの影から出て来た、妙に小さい存在感のライゼル。

 ライゼルの言葉を受け、我に返った職員が接客を始める。

 ライゼルの一歩後ろを付いて行くセレナ。


「何か、ご要望の物件はありますでしょうか? 当店は多種多様な物件を保有しておりまして――」

「広い場所」


 職員のセールストークを両断して、単刀直入に、短く要件を伝えるライゼル。


「かしこまりました。それでは、物件のリストをピックアップしてまいりますので、少々お時間を頂きます」


 頭を下げた後、職員が中座する。


「広い建物が良かったんですか? ユニオンを創立するなら、やっぱり建物は広くないといけないですよね。流石ライゼル様! 将来を見据えた考え方をしてますね!」

「んー」


 おだてて持ち上げてヨイショヨイショモードのセレナ。

 そんなセレナに対し、空返事とした思えない対応をするライゼル。


「――おまたせしました。こちらが当店が権利を所有している、広い敷地があったり、床面積が多い物件のリストです」


 職員が持ち出した、間取りのリストをカウンターに広げる。

 ライゼルはそのリストに、無言で目を通していく。

 そして、その中にあった一枚。


「これ」


 そう一言だけ告げるライゼル。


「この物件、ですか? い、いえ。それではご案内致します」


 僅かに眉をひそませたが、隣に居たセレナの存在を思い出し、普段通りの態度で応対しようと努める男性職員。

 雑な対応をして、セレナに睨まれでもしたら大事だ。

 由緒正しく、長い歴史を誇るルドルフ不動産の看板に傷を付ける訳には行かないのだ。

 そんな考えを理解しているのかは不明だが、真顔で職員の案内に従い、お目当ての物件に向けて歩を進めるライゼルとセレナ。


「所で、どんな物件を選んだんですか?」

「んー」


 相変わらずの空返事のライゼル。

 何十何百とある物件の中から、目に付いた一つを即座に職員に提示した為、ライゼルが選んだ物件をセレナは目を通していない。

 今見なくても、どうせすぐに見る事が出来るのだから、気にする意味が無いと判断したのだろう。

 

 ライゼルが選んだ物件は、距離が少し離れているとの事なので、馬車で移動する事になった。

 今、セレナとライゼルが選んでいる物件は、ユニオン設立の為に必要なものの一つにして、唯一セレナとライゼルがユニオン設立において満たせていない唯一の条件である。

 ユニオンとは、いわば会社とでも言うべき存在だ。

 余りにも酷い物件を選べば、見た目で相手に舐められる事も有り得る。

 可能ならば、大通りやメインストリートに構えたいというのが、セレナの本音である。

 しかしそういった場所は、当然ながら価格が高い。

 賃貸だろうが建て売りだろうが、それは変わらない。

 しかし、セレナ達が稼ぎ出せる資金力では、そういった場所の物件を手に入れるのは難しい。

 フィーナはシルバーランク、そしてミサトは実力はあるものの、まだ駆け出し同然。

 彼女達が稼ぎ出す力というのはたかが知れており、最高の物件など雲上の存在。

 ライゼルもユニオン設立に絡んでいる為、ライゼルも何かしら金を出すのだろうが、それに期待するのは宜しくないだろう。

 ライゼルは、金を持っているのか持っていないのか、良く分からない感じである。

 唐突に大金を放り出したかと思えば、金が無い金が無いと抜かし始める。

 それが、ライゼルの懐事情である。

 今はあるのか無いのか。

 ライゼルの懐事情なんて、幼馴染であるフィーナですら知らない事である。


 大通りを通り、そしてメインストリートから離れていく。

 少し郊外であらば、家賃は多少は安くなる。

 恐らくそれも、ライゼルは考慮したのだろう。

 堅実な物件選びである。


「――こちらです」


 職員が馬車から降りて、それにライゼルとセレナが続く。

 ライゼルが目を光らせた、その物件に足を踏み入れた。

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