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139.異世界のまれびと~1~


 ――ここは、何処だ?


 見渡す限り、何処までも続く空間。

 虹色の岩石とでも言うべきか、そんな謎の物体が、至る所に広がり、宙に浮かんでいる。

 支えも無いのに何故地面に落ちないのか不思議でならない。

 宇宙空間のように、無重力なのだろうか?


 編集された切り貼り動画のように、場面が切り替わる。

 次に目に飛び込んだ光景は、砂漠であった。

 雲一つない夜空に浮かぶ、満月。

 起伏に富んだ、砂の丘。

 それ以外は、何も無い。

 何も聞こえない、静寂に満ちた空間。


 ――ここは、何処だ?


 そもそも俺は――


「ようこそいらっしゃいました、異世界の客人(まれびと)よ」


 耳に纏わり付くようなねっとりとした声。

 声からして男性のように思える。

 目が俗に言う糸目であり、瞼が開いているのか閉じているのか判断が付き難い。

 肌は傷一つ無く、不気味な程に白い肌で、日の光を浴びていない女性どころか最早病人や死人の類の方が近いように思える。

 明るい緑のきめ細かい髪を肩に掛かる長さで切り揃えてあり、その風貌も男というより女性の物のようだ。

 身体は細く、その低めの声と背がやや高い事を除けば女性と見間違える事もあったかもしれない。


「私の名は――まあ、ヒュレルとでも御呼び下さい。これ以降、会う事も無いと思いますがねぇ」


 自らをヒュレルと呼称した男が、口元に僅かな笑みを浮かべてそう言ってのけた。


 そうだ、俺はさっきまで飛行機に乗っていて、それで――


「ええ、そうですね。いやぁ、大変な騒ぎでしたよ。飛行機が墜ちたっていうんですから、それも当然の話ですねぇ」


 表情を一切変えず、淡々とヒュレルがそう述べた。

 俺が今居る場所は、客席でもなく、空港でもなく、病院でもなく。

 その何処でも無い……砂漠のど真ん中。

 ここがあの世の入り口かと思う程の機体の揺れも無く、しんと静まり返っている。

 もう助からないと思ったが――そうか、やはり墜ちたのか。


「私が拾い上げられたのも、貴方の魂一つが精一杯でしたよ。本当、大騒動でしたねえ」


 ここは、一体何処だ?

 俺は、助かったのか?


「言ったでしょう? 私が拾い上げられたのは、貴方の"魂"一つだけだと」


 俺の問いに対し――ヒュレルは、そう一言だけ口にした。


 状況が、飲み込めない。

 混乱した頭を抱え、脳内の思考が右往左往したままの俺を見かねてか、ヒュレルが言葉を継ぎ足す。


「貴方の元の肉体は、飛行機の墜落事故に巻き込まれて――まぁ、その状態はわざわざ言わずとも分かるでしょう?」


 ――死んだ、のか?


「肉体的に言うならば、そうでしょうね。ですが、本質的な意味での死は、まだと言えます。貴方の魂は、まだ無事ですからね」


 魂?

 そんなものが、実在したのか。


「貴方自身が、今その魂だけの状態ですから。そもそも、身体を動かそうにも、視点を変えようにも、何も変わらないでしょう? 魂だけの状態で、本来は発声すら不可能な状態なのですが、今はこちらが貴方の魔力反応を読み取って、疑似的に会話しているだけです」


 ヒュレルに言われて、気付く。

 身体が――動かない。

 視点も、ヒュレルに向いたまま、変えられない。

 その場に立っているような視点のはずなのに、その場でピタリと貼り付けられたかのように、身動き一つ取れなかった。


 だんだん冷静さを取り戻してきたのか、俺はある単語に気付いた。

 魔力?

 何だ魔力って。


「魔力とは、人の魂や感情、記憶の総称ですよ。魔法、という力を用いる際の燃料にもなるモノですね」


 魔法?

 魔法だと?

 馬鹿馬鹿しい、この科学の発展した世の中で、何が魔法だ。


「……ああ、そういえばそうでしたね。貴方の居た"世界"では、魔法という技術がとうに失われてしまったのでしたね。ですが、この世界は違います。貴方の常識に囚われない、魔法というもう一つの技術により発展を遂げた――貴方の"世界"ではない、もう一つの世界。貴方の言葉で言うのであらば――異世界、という事になりますね。最初に言ったでしょう? 異世界の客人(まれびと)、と。そのままの意味ですよ」


 異世界――?

 そんなものが、本当に実在するっていうのか?

 それで、俺の魂だけを呼び寄せた――? 


「魂を拾う位、訳は無いですよ。何しろ私は、この世界を司る神の一柱ですからねぇ。あぁ、この世界とは言いましたが――現世に存在する、全ての"世界"における神、と取って貰っても構いませんよ?」


 ――神。

 そして、魔法。

 眉唾を通り越して、寝言は寝て言えというような、妄言のオンパレードだ。

 それを、証明する手段はあるのか?


「証明する必要を感じませんね。そもそも、信じるも信じないも貴方次第ですから」


 俺の疑問に対する回答は、拒否された。


「さて。そろそろ、本題に入りましょうか。今、貴方には二つの選択肢があります」


 話題を切り替える為なのか、一つ手を打ち鳴らすヒュレル。


「一つは、このまま魂の死も受け入れて、再び輪廻の輪へと帰って逝く事。そしてもう一つは――この異世界で、新たな肉体を得て、新たな生の道を歩む事」


 ヒュレルは、二つの選択肢を提示する。

 お前が神様だって言うなら、俺を元の世界に蘇らせるという事も出来るんじゃないのか?


「元となる器が無い以上、完全な形で蘇らせるという事は不可能。そもそも、私は誰かの命や肉体を蘇らせるような力なんて扱えませんからねぇ。ですが、別の形で命を長らえる事であらば可能です。それが、新しい肉体に貴方の魂を入れる、という方法なのですよ」


 何でも、この世界には神と呼ばれるような存在が、七柱存在しており、このヒュレルというのはその七柱の一柱らしい。

 この七柱はそれぞれ異なる権能を有しており、中には死者蘇生を行える者も居るらしいが――生憎、このヒュレルという者にはそれが出来ないらしい。

 その死者蘇生が行える神様と交渉する事も、今は不可能。

 二つに一つ、それ以外の道は無いらしい。


 ――何故、俺なんだ?

 俺の魂を拾い上げられたなら、同じ飛行機に乗っていた、他の乗客でも良かったんじゃないのか?


「確かにそうですね。強いて理由を挙げるのであらば――貴方が一番、都合が良かったから、でしょうね」


 都合だと?

 何を言うかと思えば、随分と俗世的な理由で行動する神様も居たもんだな。


「眠りこけているか、私欲で行動する。現存している神など、そんな輩しか居ないのですよ。私達以外は全て――滅ぼしましたからねぇ」


 ――滅ぼした?


「さて、そんな話は置いておいて。二者択一、答えは決まりましたか? ――サカイ レイジさん?」


 ――俺の名を呼び、道を決めるように迫るヒュレル。


「選択肢は二つ。このまま本当の意味での死を選ぶか、この異世界で新たな道を歩むか。どちらかしか道はありませんが、どちらかを強要する事もありません。貴方の望むままに、どちらかの道を。あまり、選択する時間は残っていませんから、お早めに」


 時間が無い?


「今の貴方は、肉体という容器を離れた、魂だけが剥き出しの状態なのです。この状態で外気に触れれば、すぐに自我を保てなくなります。今は私の力で一時的に保護を施していますが、そう長くは持ちません。この魔法が解除されれば……そうですね、貴方の知識に合わせるのであらば、皮膚を全て剥がれた状態で泥水に漬けられる、とでも例えれば良いのでしょうかね?」


 ……成程。

 最終的に死ぬ、という意味で捉えて良さそうだ。

 だが……何でわざわざ、俺をこの世界に転生……させようとするんだ?

 何か、理由があるのか?


「何をしろ、という事は特に言うつもりは無いですねぇ。この世界で、貴方のお好きなように。英雄になるも、稀代の大悪党になるも、どうぞご自由に。ただ、そう言われてはいそうですかと、いきなり何かを成すには素寒貧では心許無いでしょう。ですので、転生の道を選ぶのであらば、一つだけですが貴方に贈り物を渡そうと思います。フフフ、転生特典というヤツですね」


 何だそれは。


「私の力の一端。されど、人の身には余る程の強大な力――ありとあらゆる"魔"を"抹消"する力――それは、この世界では理不尽な程に力を発揮する事でしょう。貴方の居た世界では、役に立つかは怪しい力ですけれども、ね」


 ――このまま死ぬか、今までの生を捨ててでも新たな生にしがみつくか。


 神様とやらの気まぐれで、命を繋いだのだ。

 ならば――



―――――――――――――――――――――――



「――やれやれ、ようやく行きましたか。全く、何で私がこんな事をしなければならないのですか」


 ヒュレルが独り言ちる。


「あの男が何処までこの世界に影響を与えられるのかは分かりませんが――願わくば、この世にありったけの死と混乱を振り撒いて欲しいものですねぇ!」


 高らかに上げた笑い声と共に、ヒュレルの姿が消える。

 笑い声の残響が、砂漠の風に吹かれ、掻き消されていった。

ヒュレル……

一体何者なのだ

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