13.魔術戦
斜陽が、ファーレンハイトの地へ夕暮れの訪れを告げる。
山岳林の茂みの中、獣のような何かが走り抜ける擦過音に続き、激しい戦闘音が轟く。
樹皮が弾け飛び、軌道がズレた魔法攻撃により枝葉が宙を舞った。
原因は私でもあり、目の前の男でもあり。
木々の陰を利用し、互いに直撃を避けながら、隙を作らぬように早い魔法を打ち込み牽制を続ける。
――あの男、強い。
私は自分同様、木々の隙間を縫って精確にこちらに狙いを定めてくる敵対者の実力を結論付けた。
魔法の腕前は自分と同格――否、もしかしたらあちらの方が上かもしれない。
僅かに見えた、動く影。
その影に目掛け、殺傷力を削ぎ落としてでも速さを重視した、発動までのラグがほぼゼロに近い牽制の魔法を打ち込む!
その魔法は私が使える魔法の中でも最速の攻撃手段であり、発動とほぼ同時におよそ100メートル程離れた、薄い木の板を破壊出来る程度の着弾速度と破壊力を有している。
魔力を現象へと変換し、放った風の弾丸はその影を貫き――否、あの影は本当に影だ。
既に物陰が通り過ぎてしまった後の虚空を切り裂き、私の攻撃はその背後の樹皮を空しく削るだけであった。
先程からずっとこの調子だ。
敵の攻撃は、問題無く回避、もしくは回避が難しいモノは魔法を精確に着弾させて軌道を逸らしたり誘爆させて処理出来ている。
故に、魔力と体力の消耗は多少あるが、負傷と呼べるようなものは無い。
だが、相手はこちらの魔法、しかも最も出が早い物をよりにもよって避けるのだ。
しかも一度や二度ではなく、何度もだ。
あれはどう見ても、偶然避けられたのではなく、目で見てその後の体捌きで回避している。そう判断せざるを得なかった。
更に驚くべきは、その行動には一切の魔力的反応、肉体強化系の魔法を使っている様子が見られないという事だ。
「どういう身体性能してんのよ……!」
肉体強化系の魔法を用いて避けてるならまだ理解出来るけど、完全な体力だけで避けてるって一体何なのよ!
つまり、あの男に対し魔力切れは正直期待出来ない。
攻撃にも回避にも魔力を使っていてくれれば、魔力切れを狙うのも手だったのだが、あの男は攻撃にしか魔力を使っていない。
仮に私と魔力の嵩が同程度だったと仮定したならば、この場合だと先に魔力切れを起こすのは私だ。
こっちは回避にも微妙に魔力を消耗している。その状態で今の拮抗を作り出しているのだから。
長期戦は不利、一気に決めるしかないのだが……それを相手はさせてくれない。
相手は時々足を止め、こちらを伺うような素振りを見せるが、それだけ。
決して打って出ないし、じわじわとこちらが弱るのを待っているようにも思える。
……弱るまで待ってやる気なんて無いわね。
そもそも、私の目的はプリシラの友達であるルビィの奪還。
その目的は既に達した。
この盗賊団と交戦し、壊滅させるのは私の目的なんかじゃない。
こういうのこそ、ギルドに依頼して一任すれば良いのよ。
だから、目の前の男との交戦に意識を傾けるのは愚策。
最善は、ルビィを連れてこの場から離脱する事。
聖王都の都市部、もしくはその付近まで逃げられれば、それで終わり。
こんな洞窟に篭ってるような日陰者は、絶対に日の当たる場所までは追って来れない。
そんな事をすれば、その騒動が原因で聖王都の軍が出てくるだろうからね。
つまり相手が私より微妙に強かったとしても、そんな事は関係無い。
要は私が逃げ切れれば、それは私の勝利なのだから。
とは言え、逃げ切れれば勝ちだが、その勝ちまでの道程が遠い。
相手の動き方は、完全にこちらを疲弊させ削り殺すタイプの動き方だ。
動く事を強要し、じわじわとこちらの体力・魔力を消耗させていく。
突破口を開くにはデカい一撃、もしくは手数がいる。
こんな事なら、もっと術式を仕込んでくるんだったわね。
何でもかんでも魔法陣を用意して抱えてると、重装備になり過ぎて身動きが取れなくなるからそれも困るのだが。
脱出までの手段を考えていると、懐の中からギチギチと金属音をマイルドにしたような感じの声が鳴る。
その声の持ち主はモゾモゾと動き回り、私の胸元からひょっこりと顔を見せる。
それは、私が逃亡の際に懐の中に匿っていたルビィであった。
「……もしかして、手伝ってくれるの?」
私の問いに対し、首肯するルビィ。
ルビィに頼ると、まるで私も他の者同様にルビィを道具のように使っているのではと考え、嫌な気分になるのだが……仕方ないか。
このままだと敗色濃厚だし。
「なら、お願いするねルビィ」
一人で駄目なら、一人と一匹だ。
魔力の消耗は度外視して、短時間で決着を付ける!
カーバンクルであるルビィは、自分自身は大した魔法を使えない。
それはルビィという個が、と言うよりカーバンクルという種自体が余り魔力を有していないのが原因である。
彼らは個々では魔力量という制約に縛られ、精々人間の子供や小動物を痛め付け追い払う位の攻撃性能しか有していない。
だが、その制約を取っ払ってやればカーバンクルも強力な攻撃手段を有するようになれるのだ。
「――好きなだけ私の魔力、使いなさい! 一気に抉じ開ける!」
私は引き続き男に対し牽制の意味合いが強い魔法攻撃を加える。
その合間を縫い、ルビィの額の魔石が強い輝きを放つ。
充分な魔力を乗せた、額から放たれる一条の閃光。
それは太い樹木をまるで熱したナイフをバターに押し当てるかのように、あっさりと両断し大樹が大地へと倒れ込む。
開けていく視界。流石にルビィの攻撃があの男に命中するなんて事は無かったが、この調子で私の退路と相手の隠れる場所を削って行けば、必ず逃げる隙は生まれる。
無論、ルビィに私の魔力を回している分、消耗は激しい。
覚悟の上。消耗する代わりに攻撃の手数を増やした。
現状で拮抗しているなら、出し惜しみせず手数を増やせば押し切れる!
――そんな時であった。
不意に、目の前の男の視線が動く。
その視線の先は、私に向いていない。
私ではない、明後日の方向を向いている。
それは、私より更に向こうを見ているようで――
その理解出来ない挙動に、ほんの瞬きの間程度の時間、意識が縛られ。
それ故に、動くのが遅れる。
咄嗟に背後を向く。
夕日に照らされた、僅かな金属の煌き。
それは、一本の矢であった。
不意打ちで放たれ、飛来する矢。
その矢は、私の喉元を射抜くべく、冷たい輝きを宿し迫り来る!
矢の向こう側に、僅かに映った。クロスボウを構えた男の姿。
先程倒した盗賊団の一味だ。意識を取り戻したか、それとも別働隊が居たのか。
「くっ――!?」
しかし、その矢の存在にギリギリ感付けた。
無理矢理身体を捻り、その殺意の射線から身体を外す。
魔力による肉体強化も間に合わず、無茶な回避をした為、大きくたたらを踏む。
視線を戻す。そこには変わらず、こちらの様子を伺う男の姿。
大丈夫、まだ目の前の男からは、不審な動きは見られない。
こっちを仕留めようと強烈な魔法を撃とうとするなら、それよりも早くカウンターで撃ち込んでやる。
顔を覆う布の先、僅かに覗く目元。
その表情を伺えないその瞳に、妖しい光が宿る。
顔は見えないはずなのに――目の前の男が、勝利の笑みを浮かべたように感じた。
「爆破」
男は、左手の人差し指を曲げ、そう一言呟く。
目の前の敵とは全く無関係の、完全に意識の範疇外から突如溢れる閃光。
その光へと目線を向け、それが殺傷性のある攻撃魔法だと感付き。咄嗟に腕で顔を庇うように覆う!
直後――視界を埋め尽くす巨大な爆焔。
轟音と衝撃。
僅かに宙を舞うような感覚を覚えた後――強い衝撃を全身で受け、私は一瞬、その意識を手放すのであった。




