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137.暗雲

 翌朝のイルマニエ村は、天と地をひっくり返したような騒ぎとなった。

 湖が淀み、更には嵐でも通り過ぎたかのように薙ぎ倒され、ボロボロにされた木々の数々。

 そして、無傷で戻って来たエインシアと、それに付き添っているフィーナ。

 この状況を見れば、村人達は何が起きたのか察した。


「何故戻って来た!?」

「これでは、精霊様の祟りが――」


 昨日の暴風雨のような音は、精霊の怒り。

 生贄を捧げられなかったが故に、その怒りが降り注いだのだ――と。

 全く的外れの、結論。

 そしてその結論を元に、怒りの矛先が向けられる。

 向けられる先は――


「精霊様とやらならこの俺が直々にぶっ殺してやったぞ」

「ライゼル!?」

「貴様は! 先日の余所者か!」


 その切っ先を、素手で握り。

 村人達の刃先が、力尽くでライゼルへと向けられた。


「つってもよお、精霊なんてのは死者の魂の呼称の一部だから、殺したってのはな~んか違う気がすっけどな~」


 今にも引き千切れそうな程に張り詰めた空気の中、ヘラヘラと軽薄な笑みを顔に貼り付けたままライゼルが述べる。


「精霊様って名乗る位なら、相当強いんだろうなぁって思ってたのによぉ。蓋を開けてみたらこれがまた、雑魚に失礼な雑魚の稚魚同然でよぉ! ああ、それからなーんで俺様なんかがこんな辺鄙な場所までわざわざやって来たのか教えてやるよ。この村に精霊とやらが居るって聞いたから、俺様が強くなる為の踏み台として踏み付けてやっかぁ~、的なノリで来たわ・け・よ! だってのにこのザマよ!」


 身振り手振り、オーバーリアクション気味な挙動を交えつつ、頭の悪そうなテンションと喋り方を続ける。

 だというのに、途端にストンと感情が落っこちる。


「笑いすら通り越して、失望の溜息すら出なかったぜ。あ、それから炙り出す為にちっとばかし森を消しちまったわ、メンゴメンゴ」


 全く謝る気が無い所か、むしろ全力で煽って来るような言動を繰り返すライゼル。


「精霊様を殺すだと!? 何と罰当たりな!?」

「いやそもそも! 精霊様をたかが人間なんぞが殺せる訳が無いだろう!」

「このホラ吹きのガキが! お前なんぞにそんな力が有る訳が無い!」


 ――この世界では、精霊という存在は神と同一視されている。

 いわば、ライゼルの言った事は「神様とか雑魚だったから殺してきた」とか抜かしているのと同意義なのだ。

 大嘘も大概にしろ、という話である。


「――ハァ」


 頭をガリガリと掻きながら、溜息を一つ吐き。

 自らの人差し指を、天に向けて指した。



 空が、鳴いた。

 突如、暗雲が空を覆い尽くし、天気が急変する。

 青空が灰色で塗り潰され、暗雲の合間から舌なめずりをするかの如く、稲光が迸る。


「精霊でも人間でも、誰でも良いんだよこちとらよォ」


 閃光と、轟音と、衝撃。

 地面を焼き焦がした、四本の紫電。

 今にも着火しそうだった村人達のごく近く、その四方に向けて突き刺さった!

 周囲には家やその煙突、高めの木があるにも関わらず、村の広場に落下、それでいて何故か人だけは外して落ちた雷。

 明らかに自然の物ではなく、何らかの魔法的効力によってもたらされたモノである事は間違い無かった。


「文句があるなら人間でも精霊でも誰でも掛かってきやがれ!! イラついてんだからよこちとらよォォ!!」


 目の前の余所者が、何らかの魔法で攻撃してきた。

 すぐ側に落ちたというのが、明らかな威嚇攻撃である事に村人達も気付いた。

 次は――当てる。

 ライゼルの目が、そう言っているような――


 村人達に、恐怖が伝達する。

 精霊の怒りではない。

 明らかに、人為的な――殺意。

 すぐ目の前に現れた狂人に怯えるようにして、村人達がまるで蜘蛛の子を散らすが如く、逃げ出していく。

 ライゼルは、その場から動かない。

 この魔法はただの威嚇と八つ当たりであり、そもそもライゼルはここの村人に対しどうこうする気なんて更々無いのだ。


 舌打ちを付き、踵を返して村を立ち去ろうとするライゼル。

 ガセネタに振り回され、そして手に入れたネタがガセネタだと分かった以上、もうこの村に足を止める理由も無くなった。


「待って!」


 立ち去ろうとしたライゼルを、引き留める声。

 普段とは違う、険のある表情を浮かべたフィーナの姿がそこにあった。


「……あ~ん? 何かまだ用があんのかよ?」

「何であんな、村の人達に喧嘩売るような真似をしたの?」


 フィーナの疑問に、大きく溜息を一つ吐きながら。


「我が子を人身御供に差しだしてた連中だぞ、あの村の連中は」


 その疑問に、答える。


「ああいう手合いは、明確な敵を作って攻撃するのをやめられない。そうしていた方が、楽だからな。自分の身に降り掛かる不幸は、全部アイツが原因なんだ。そうすれば楽になれる、そうしなければならない、そうすれば幸せになれると、信じ切ってる。楽な方に逃げた奴は、その生き方を変えるのは容易じゃねえんだよ」


 さもなければ――と、ライゼルは付け加える。


「お前の友達とか言ってたアイツ、こうしなきゃ別の理由をでっち上げられて、いずれ殺されてたぞ」

「え――?」

「こうすりゃ、攻撃しなきゃいけない相手が哀れな生贄の娘じゃなくて俺に切り替わる。ま、俺を傷付けられるような奴がこの世にどれだけ存在するのか、って話になるけどな」


 ライゼルが呼んだ暗雲が、色濃くなっていく。

 ポツリと、一滴。

 やがて、バサバサと勢いを増した雨が、地面を塗り潰していく。


「ま、これで無事お前の村を騒がせてた馬鹿みてえな事件も終わった訳だ。良かったでちゅねぇ~ほんじゃあバイナラ~」

「――待てって言ってんのよ!」


 今まで聞いた事が無いような、気迫に満ちた声を上げるフィーナ。

 ライゼルの腕を掴み。

 強引に、向き直らせるフィーナ。


「私の友達を、助けてくれてありがとう」

「んだよ、んな事言う為にわざわざ――」

「でも今は、それよりも!」


 ライゼルの言葉を遮り、矢継ぎ早に言葉を紡ぐフィーナ。


「何でアンタは――そんな目してんのよ!!」


 頬を濡らす、強い雨。

 ライゼルの制御を離れた暗雲は、次第に勢力を強め、辺り構わず稲妻を落とし始めた。

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