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134.生贄

 イルマニエ村には精霊が住む。

 つまり、イルマニエ村の中か、それかその周辺にその精霊とやらが住んでいるのは確定という事だ。

 村の中に、そんな気配は無かった。

 居るとすれば、村の外か。

 なので、村の周囲をくまなく捜索していく。


 ……のだが、そんな気配は何処からも感じられない。


 言うなれば精霊ってのは、高濃度の魔力の塊という見方も出来る。

 勿論、精霊は意思もあるし魔法だって使える。

 その強烈な存在感を隠蔽しようとする事も有り得るが、師匠でもあるまいし、完全に気配を消す事など不可能だ。

 巧妙に隠れても、その残滓はどこかしらに残るはずなのに、それも無い。

 残ってれば、俺の魔力レーダー網に引っ掛かるはずだ。


 オイオイ、何だよそりゃ。

 わざわざこんな遠出しておいて、空振りか?

 とんだ無駄足じゃねえか。

 だが、まだ精霊の本体が何処かに行っているという可能性も有り得る。

 この地を離れて大分時間が経っているというのなら、魔力反応が無いのも頷ける。

 もしかしたら、少ししたら戻って来るという事も考えられる。

 少し、待ってみるか。


 だがしかし現状、この場所でする事が無い。

 既にこの近くの魔力溜まりには術式刻んだ後だし、他の場所を終わらせようとするとここから離れ過ぎる。

 そうなると、咄嗟に戻って来れない距離になってしまう。

 待つしかねえか。

 しょうがねえから、イルマニエ村の誰かの家の屋根の上で不貞寝してやった。

 雨も降る気配無いし、夜風が丁度良い位だ。

 フィーナとの不意の再会で気疲れしてたのか、目を閉じるとあっさり眠りへと落ちてしまった。



 朝日の光が目に差し、欠伸をしつつ身体を起こす。

 する事が無いから、懐中時計を取り出して"時"の力の制御鍛錬に勤しむ。

 そんな最中、村人達の会話が耳に届く。

 その内容は、随分とキナ臭い話だった。


 何でも、この村の村娘が一人、精霊の花嫁として生贄に捧げられるらしい。

 毎年一度、若い娘を差し出す。

 それがこの村の、風習。


 馬鹿馬鹿しい。

 俺は、師匠からこの世界の理を学んだ。

 精霊とは、死して尚現世に留まる魂の呼称。

 人々にとって益をもたらすのが精霊で、災いを成すのが悪霊。

 どちらも死して尚、この世に留まり続ける魂という意味では同じであり、その違いは人々にとって有益か有害かの差でしかない。

 生贄を要求するだと?

 その時点で人々に害を成してるじゃないか、それが精霊である事など有り得ない。

 そういうのは悪霊って言うんだ。

 そもそも、生贄なんぞ求めてどうする気なのだ。

 魂しか無い状態の奴が、人を食うのか?

 死んで肉体を失ったにも関わらず、普通ならば消滅するはずの魂だけの状態で存在し続けられてる時点で、もう食わなくても生きていけるだろ。

 同じ魔力である魂を食うとかいうなら、まだ話は理解できるが、魂を食いたいなら別に若い女性を指定する必要など無い。

 魂が内包している魔力や生み出す魔力なんざ、個体差があっててんでバラバラだ。

 赤子だから強い魔力を持ってるとか、老人だから枯れてるとか、そんな事は無い。

 若くても魔力がショボい奴だって居るし、老いても尚、魔力量が成長を続けている老人だって居る。

 魔力が食いたいってだけなら、特定の年齢や性別を指名する、意味が無い。


 生贄の娘として指定されたのは、エインシアという女性であった。

 歳はまだ十代の成人したばかりの娘であり、その名前には聞き覚えがあった。

 ああ、そういえば……俺が粉掛けてた奴がそんな名前だったか。

 フィーナとの不意の再会の印象が強すぎて、完全に記憶の隅に追いやられていた。

 もう少し思い出すのが遅かったら、そのまま魔力に変換されて忘れ去ってたかもしれないな。


「――そんなの駄目よ!」


 ぼんやりと空を眺めていると、何やら癇癪を起したような、鬱陶しい声が上がった。

 身体を起こす。

 何人もの大人に囲まれた、フィーナの姿がそこにあった。


「どうしてエインシアちゃんがそんな目に遭わなきゃいけないのよ! こんなの絶対おかしいよ!」

「……こうやってギャンギャンわめくのが分かってたから、今までお前には教えなかったんだ」

「年に一度、精霊様に供物を捧げるだけで、この村の平和は保たれるのだ。お前だって、その恩恵を受けてきたからこそ、今日まで生きて来れたぞ?」

「まさか、去年リリスちゃんが急に居なくなったのって――」


 おーおー、猪女が鼻息荒くしてギャーギャー喚いてやがる。

 他の村人達が、あの猪女を言葉でなだめようとしてる。

 そんな、言い聞かせて頷くような女なら、子供時代の俺は苦労してないっつーの。


「そんなの絶対許せない! 精霊様か何だか知らないけど、ぶっ飛ばしてやる!」

「馬鹿止めろ! そんな事をして精霊様の不興を買ったらどうする気だ!?」

「お前だけじゃない、この村が滅ぶかもしれんのだぞ!?」

「だったら、私がエインシアちゃんの代わりになれば良いんでしょ!? 私の大切な友達を、生贄になんてさせない!」

「精霊様は村で一番の美女を所望しているんだ、お前を行かせたら精霊様がお怒りになるだろうが!」

「何ですって!?」


 くはっ、アハハハハハハ!!

 やべっ、ツボった。

 猪女には興味無いってよ!


「ライゼル!?」

「誰だ貴様は!」


 あっ、やべ。

 深刻そうな話が急にコントになったせいで、思わず笑っちまった。


「人の話も聞かない猪突猛進ガールは精霊様も御呼びじゃねえってよ。大人しくすっこんでた方が身の為だぜ?」

「このままじゃ友達が死ぬのよ!? 大人しくしてられる訳無いじゃない!」

「お前は一体誰だ! 何処から来た!」


 ピリピリした空気が漂ってくる。

 正直、欠片もプレッシャーを感じない。

 姉弟子様や師匠が向けてくるプレッシャーに慣れちまったせいで、どうせお前等如きが俺にどうこう出来る訳が無いだろって感じで、感覚が麻痺してしまったのだろう。


「どもー、聖王都の方から来たイケメンでっす。よろしくしなくて良いぞー俺様レディにしか興味ねえから」

「何がイケメンよ、その中身はただの女誑しじゃない。エインシアちゃんにもちょっかい掛けてたし」

「俺様、可愛い女の子を見掛けると声掛けたくなっちゃうんだよね~」

「……ん? そういえば、私声掛けられてない……」

「だってフィーナ、ゴリラじゃん。人間になってから出直してくれ」

「降りて来い! 一発ぶん殴る!!」


 やだよーお前が登って来いよー。

 うげっ、本当によじ登って来やがったぞアイツ。

 だから猪女とか呼ばれるんだっつーの分かれよ。


 ま、捕まる訳無いんですけどねー。

 昨日も結局捕まえられて無いだろうが学習しろよな。

 精霊化(スピリットシフト)時の突風で、地面に落としてやった。

 やーいやーいザマー見ろー。

 フィーナの奴がビービー喚くのに付き合ってやる気は無いんだっつーのバイビー。

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