131.予期せぬ再会
聖王都から見て、遠い西方にイルマニエ村という集落が存在する。
ファーレンハイト領に属する、村というには大きいが、街と言うには小さい、そんな中途半端な規模の集落。
この村は産業自体は皆無だが、交易という商業面での一点だけで成り立っている村だ。
聖王都から遠く離れた、辺境の地。
しかしこの地は、ロンバルディアとレオパルドの両国から見て、丁度中間地点に存在する村でもある。
ロンバルディアとレオパルド自体は、一応は陸続きではあるが、その陸地は険しい山脈と凶悪な魔物の巣窟となっており、事実上通行は不可能。
その為、ファーレンハイトを経由して互いの特産品を流通させる為、ロンバルディアとレオパルドからの物資が流れ込む形で栄えた村である。
倉庫、宿、商店。
このイルマニエ村にあるものといえば、民家を除けばこれだけである。
荷の積み下ろし、保管、販売によって成り立つ村。
当然ながら、こんな場所に暮らす人は商人、及びその者の血縁者ばかりである。
「――ルドルフ商会の積み荷、運び終わりました!」
「もうかい? 随分早かったな、結構量があったと思ったんだけど」
「慣れてますから!」
キャスケット帽を被った、中肉中背の男性が驚きの表情を浮かべる。
それに対し、何でもないとばかりに元気に満ち溢れた笑顔で答える女性。
荷運びという、身体を良く動かす仕事の都合、肌の露出が少ない服装。
若干そばかすのある、中性的な雰囲気の顔立ち。
明らかに女性だと分かる声を開かずに男だと説明したならば、周囲を納得させられたかもしれない。
「ハッハッハ、元気の良い事だ。ウチの倅にも見習って貰いたいもんだ」
「それじゃあ、まだお父さんの仕事先の手伝いがまだ残ってますので。これで失礼しますね」
「おお、そうか。じゃあねフィーナちゃん! またそっちに仕事頼むからさ!」
「ありがとうございます!」
整った白い歯を見せながら、笑みを浮かべてその場を後にする女性――フィーナ。
トゥーレ村から引っ越し、このイルマニエ村に根を降ろして早十年。
父親の稼業の手伝いをしながら、フィーナはこの村で日々を過ごしていた。
生憎、金勘定は苦手だった為、もっぱら手伝いの内容は荷下ろし等の肉体作業だが。
子供と呼べる時代はとうの昔に終わり、フィーナは近々誕生日を控え、翌週には19歳になる。
――フィーナにその知らせが届いたのは、この村に引っ越し、新しい家にも慣れてきた頃であった。
年頃の近い女性の友達も出来、これから本格的にこの村で暮らすのだと自覚し始めた。
そんな時だ、トゥーレ村の惨状を耳にしたのは。
村人が一人残らず居なくなり、更にはトゥーレ村を訪れた行商人が丁度村を発った後に、その事件が起きたらしく。
事件の発覚には時間を要したらしい。
トゥーレ村に再び行商人が訪れた時には、全てが終わった後であった。
何もかもが、瓦礫と炭に置き換えられた。
それが、トゥーレ村――否、元トゥーレ村の惨状だったという。
原因は全くの不明で、推測の域を出ない。
山賊に襲われたという情報もあるが、それにしては村の被害が大きすぎる。
村人を全員殺し、金品や食料を奪い、家に火を点けた……までは理解出来るが。
例え火を放ったとしても、家屋の壁は石や土といった燃えない素材で出来ている。
それらは燃え残っているはずなのだ。
だが、村には壁の残骸しか残っていない。
それも、上から押し潰されたような痕跡であり、人の手で破壊されたとは思えない。
山賊が魔物の仕業に見せ掛ける為に偽装したとも考えられるが、家の壁を一つ残らず粉微塵にするなど、手間が掛かり過ぎる。
そもそも盗賊の類ならば、誰かに見付かり通報される事を一番恐れるはずだ。
そんな面倒な偽装工作を行い、犯行が発覚するリスクを高める意味がない。
更に付け加えるならば、リコリス家と付き合いが深かったフィーナとその家族、トラウム家だからこそ有している情報もある。
ライゼルの母である、ミューゼル・リコリスは元軍人だ。
それも、ほぼ一人で近隣の魔物や危険な野生動物の排除を行える程の手練れだ。
軍から離れたのは、軍の規律やしがらみが彼女にとって不都合なものであった為であり、決して実力が劣るからではない。
寧ろ、剣の腕であらば軍の中でもピカ一だったとも聞いている。
そんな彼女が、たかが賊風情に遅れを取るとは思えなかった。
魔物の襲撃、それも相当凶悪な魔物だと――そう、状況証拠から断定された。
ライゼルが一体、どうなったのか。
フィーナは両親に尋ねたが、答えは返ってこなかった。
居ても立ってもいられず、フィーナはトゥーレ村に行こうとも考えた。
だが、当時10歳程度の少女の足では、聖王都から遠く離れたこのイルマニエ村からトゥーレ村にまで行ける訳が無い。
馬車でも数週間掛かる旅路なのだ。
いくらフィーナが魔力によって大人顔負けの体力を得ているといっても、それ程の距離を踏破など出来ない。
そもそも、両親が反対するに決まっている。
村人は、全滅。
ライゼルも当然――死んだのだ。
当時子供だったフィーナだが、涙しながらも子供なりにその事実を受け止め、前を向いて歩き始めた。
死者は、蘇らない。
どれだけフィーナが泣こうが嘆こうが、もうライゼルと会える事は無いのだと。
「あっ! エインシアちゃん!」
次の仕事場へと向かう途中、フィーナは友達の姿を人ごみの中で見付け、その場に向けて駆け出していく。
エインシアというのは、フィーナがこの村に来てから一番最初に知り合った友人の名である。
何代か前に領地を失った、没落貴族の家系らしく、今はただの村人として暮らしているらしい。
しかしながらまだ貴族としての財は多少ながら残っているらしく、他の家庭と比べれば、優雅な衣服や立派な屋敷に住んでいる。
顔立ちもフィーナと比べれば月とスッポンと言うべき美貌を有しており、何度か求婚された事もあるとフィーナは以前、聞いた事がある。
しかしそんな経歴や美貌を持ちながらも、決して鼻に掛けるような事はせず、柔らかな物腰。
そんな彼女の雰囲気や態度故に、この村に住む年頃の男達にとってエインシアは、憧れの存在、高根の花であった。
「――時にはハメを外して、アバンチュールな一時を過ごしてみるのも、人生の程良いスパイスになると思うぜ?」
「あの、その、困ります……」
そんなエインシアの側には、一人の男。
全身を黒い衣服で統一した、見慣れない男。
女性であるエインシアと大して身長差が無いので、男としては身長は低い。
エインシアに対しグイグイと言い寄っており、それに対しエインシアが対応に困っていた。
ここは交易路の中間地点に作られた村であり、人の出入りは激しい。
だが、フィーナはこの村に来る人物に関しては大体の人物の顔を覚えていた。
確かにこのイルマニエ村は人の出入りは激しいが、この村の性質上、イルマニエ村を訪れるのは十中八九、商人である。
顔馴染み、常連ばかりであり、新参者の商人というのは滅多に現れない。
大体、顔馴染みの商人の部下として新しい顔が現れ、それが暖簾分けして新しい商人になるので、新顔は必ず顔馴染みの商人と一緒に行動しており、その時にフィーナもその顔を見ているはずなのだ。
だが、フィーナはその顔に見覚えが無い。
外部から来た例外的なパターンなのだろう。
「はーい、そこまでー。悪いけど、この子はこの後私と用事があるから、これ以上貴方と付き合っている暇なんて無いの。さっさと帰りなさい」
「フィーナちゃん!」
フィーナの存在に気付き、安堵の溜息を吐くエインシア。
エインシアは美人であり、こういう何も知らない部外者の男に粉を掛けられる事はたびたびあった。
あまり気が強くないエインシアは、強く言い返す事が出来ないので、こうしてフィーナが庇う事もしばしばであった。
「おぉ~ん? 何々? エインシアちゃんの知り合い? そっかそっかぁ~、フィーナちゃんって言うん――」
妙にわざとらしい笑みを浮かべていた、黒衣の男から――ストンと、表情が抜け落ちた。
そのままその場で、フリーズする。
「――フィーナ……? 嘘だろ……?」
黒衣の男が一歩、後ずさる。
身なりも声も、全然知らない。
だが――その顔立ちを見て、フィーナの記憶の奥底から、蘇る。
それは、トゥーレ村で唯一存在した、仲の良い同年代の少年の姿。
「――もしかして、ライゼル……なの……?」
黒衣の男――ライゼルは、背を向ける。
そのままこの場から去ろうとし、その腕をフィーナに捕まれた。
「ねえ!? 本当に、本当にライゼルなの!? ちょっと! 逃げようとしないで答えなさいよ!!」
あーつーいー