130.俺はお前達の"劣化"じゃない
――強くなれると思った。
だが、現実は何処までも非情で。
何処までも立ち塞がり、目の前を阻み続ける壁。
食うに困る、浮浪児同然の俺を拾ってくれた。
それだけに止まらず、戦う為の術を教えてくれた。
それには、感謝するべきなんだろう。
だが目の前に立ちはだかるは、そんな二人の背中。
師匠――ルードヴィッツと、姉弟子――リーゼロッテ。
勝てる光景が、想像出来ない。
新たな戦い方を身に付け、その都度前に進んでいるはずなのに。
その壁に迫る所か、何処までも遠ざかっていく。
「――人が持つ魔力は、魔法という現象に変換して使うにあたり、向き不向きがある。戦いという場において、炎の魔法を使う者が多いのはそれが原因だ。闘争心、怒りという感情は炎の魔法を使う際、高効率で魔力を変換する事が出来る。お前達がどのような感情を持っているのかは知らんが、己が持つ魔力の本質を見極めねば、先は無い」
――師匠の話を聞いて、更に研鑽を重ねる。
何でも、俺とリーゼロッテは向いている属性というのが全く違うらしい。
リーゼロッテは、炎と光。
俺は、風と雷。
それが、向いている属性であり、それを用いる分には魔力のロスを少なくして、魔法を行使できるらしい。
特訓の都度、俺とリーゼロッテとの間を隔てる、格の差というのを思い知る。
俺が心を擦り減らし、魔力を注ぎ込んで放つ魔法を、赤子の手をひねるという言葉がピッタリな程に、容易く打ち砕いていく。
何度も、死んだ。
死ぬかと思った、ではない。
実際に、何度も死んでいたんだろう。
師匠が俺とリーゼロッテの魂に直接刻んだ、失伝魔法-精霊化なる魔法。
これが無ければ、今こうして命を繋いではいられなかっただろう。
例え肉体丸ごと消え失せたとしても、魂さえ無事であらば、再度肉体を構築する事も可能という、見た事も聞いた事も無いような魔法。
普通であらばとっくに死んでいたであろう、そんな特訓を乗り越え、命さえ何度も失って尚、それでも決して届かない。
「すまない、少し慌てて出力調整を誤ったようだ。大丈夫だったか?」
とか抜かしながら、丘ごと俺を丸ごと吹き飛ばす、リーゼロッテ。
軽いノリで放たれる、炎の一撃。
俺が、その威力を出す為に、一体どれ程の魔力と集中力を要すると思っているんだ。
勝てない。
リーゼロッテですら、この有様。
それよりも上の師匠に至っては、最早比べるだけ無意味。
「――これは、ただの補助具だ。裏に刻まれた魔法陣は、"時"の力を引き出す為のモノ。どうやらお前は、リーゼロッテと違い、こちらの適正があるようだからな」
そんなある日。
師匠が手渡したのは、一つの懐中時計であった。
魔法陣が刻まれている以外は、ただの時計にしか見えない。
師匠曰く、俺にはリーゼロッテには無い、時の魔法なるモノに対する適正があるらしい。
それは、この世界で認知されている、ありとあらゆる魔法とは一線を画す――神の力の片鱗。
世界創造の一片。
世界の在り方を歪ませる、神の座に至れる程の、そんな力の一つ。
無論、それ程の魔法を自由に使いこなすのには、血が滲む所か、全身の血を絞り出して尚足りない程の努力が必要なのだろう。
だが俺は、その道を選んだ。
その道を、進む。
俺は、姉弟子様とは違う。
俺は、その土俵では戦わない。
始めは、一秒かそこら、分かり辛い程に少し。
時計の針、その動きがゆっくりになったように思えただけであった。
そこから少しずつ、一秒、二秒、三秒。
ちょっとずつではあるが、確かに時間の流れが遅くなっていくのを感じていった。
遅くなり、その遅延を伸ばすのではなく、縮めていく。
より短い時間で、より強く――
それを繰り返し、繰り返し。
眠るのではなく、気絶してぶっ倒れる程に、何年もそれに身を費やし。
やがて、辿り着いた。
その時。
確かに、俺の"世界"は停止した。
その感覚を掴み、俺は更に応用へと移る。
ただ時間を止めるだけでは、何の意味も無い。
これを更に、戦闘へと応用する。
例えば、これで姉弟子様の魔法を、止める事が出来たならば――!
――また、死んだ。
止める事が、出来なかった。
タイミングは、完璧だった。
止める事も、可能なのだろう。
だが、理論上可能と、現実で可能の間には大きな開きがある。
起きてしまった大破壊を止めるというのには、恐ろしい程の魔力が要求される。
俺一人では到底、賄えない程に。
姉弟子様の何かが狂っているとしか思えない、圧倒的大破壊を止めるのは、理論上可能ではあるが、現実としては不可能。
そう、結論付ける他無かった。
だが、収穫もあった。
相手の及ぼす破滅的破壊を、時の魔法で阻止しようとすると、相手の行動を見てから対処する都合上、どうしても余計に魔力を持って行かれる。
だが、タイミングが完全に分かっているモノ――俺自身が使う魔法を、時の魔法で止める。
これであらば、そのタイミングを合わせる事で、必要最小限の魔力消費で済む事は分かった。
また、時の魔法を体得した事で、新たな視点も得られた。
自分の魔法の発動を、微妙に遅らせる事が出来るようにもなった。
時の魔法で、いわば遅延を掛けるのだ。
普通であらば、発動出来るのであらば、さっさと魔法を発動してしまった方が良いに決まっている。
魔法を戦闘に使っているのであらば、一刻も争う状況であるのは間違いないのだから。
だが、魔法の発動を遅らせ、更に次の魔法を遅らせ、その次も――
これを繰り返し、ある一時にタイミングを合わせ、それまでの魔法を一気に炸裂させる。
この方法ならば、あるいは――
その考えは、ある意味実を結び、ある意味失敗に終わった。
己が放てる上級魔法、その威力を一点に集中。
その一撃だけで、地形を変え、千の軍を葬り去る、上級魔法。
それを更に束ねる事で、確かに姉弟子様の魔法を、相殺という形で破ったのだ。
直後、姉弟子様の二の矢で欠片も残さず蒸発する事になった。
俺には、何もない。
師匠の持つ、伝説の武器とも呼べる代物も無い。
二人のような、恵まれた才能も持っていない。
強くなれるという願いを抱き、その願いを捨てられぬまま、希望という海の底へと沈んでいく。
どうしたら、そこへ行けるんだ。
俺はどうしたら、これより先に進む事が出来るんだ?
この二人を見ていても、そこまで至れる道が見付からない。
先が見えない。
だが確かに、この先の道が閉塞している事だけは、予想が付いた。
ここではない、もう一つの道を探さねばならない。
だがそれは、俺よりも弱い相手と戦っていても見付からない道。
師匠ではない、姉弟子様でもない。
それ以外の、強者。
そこでの戦いでしか、道は開けない。
もう二度と、あんな目には遭いたくなかった。
もう二度と、自分の無力さを味わいたくなかった。
だが、二人と居た間は常に俺の無力さを痛感し続け。
離れた今も尚、背中に圧し掛かり続ける。
ある時から、師匠の手を離れ――というより、放逐された、と言うべきなんだろうか。
再び目の前に、世界が広がった。
だがその世界は、あまりにもちっぽけだった。
見渡せば誰も彼も、俺よりも遥かに弱い者ばかり。
俺を更なる高みに押し上げてくれるような、そんな可能性を持つ者など、皆無。
胸中に渦巻く焦燥感だけが、どんどん膨れ上がって、身も心も押し潰されそうになる。
時折突っかかって来る、身の程知らず共を相手に、焦燥感を叩き付けて少しばかりの安息を得る事もある。
だがそれも、所詮は一時凌ぎにしか過ぎない。
無力さ、悔しさ、苦しさ。
この焦燥感の根源を消し去るには、絶対的な力を得る以外に道は無い。
雑魚をプチプチ潰した所で、レベルアップなど出来る訳が無い。
強者との戦い以外で、これ以上俺が高みに上る手段など、遺されていない。
そんな時であった。
ファーレンハイトの片田舎に、"精霊"が住むという噂を耳にしたのは。
道を外れる
何時の間にか手段が目的とすり替わる