12.上納品
洞窟特有の、湿った冷たい空気が漂う。
周囲に光源が存在しない為、入り口から差し込む光が尽きると、そこは完全な闇に包まれる。
しかしながら、深い闇の中を更に少し進むと、ぼんやりと淡い光が闇を掻き消すように揺らめき立つ。
「――くそっ! 魔物の分際で人間様に噛み付きやがって!」
悪態を付きながら、男が金属製の檻を蹴り飛ばす。
生物の鳴き声か、それとも金属音なのか、イマイチ判別の付き辛い音が呻く。
「おい、あんまり乱暴にするなよ。久し振りに手に入った上物なんだからよお」
「……分かってるよ。傷物になんざしねえよ、躾だよ躾」
「つーか兄貴。何でさっさと殺さねえんだ? 確かカーバンクルの魔石って、カーバンクル自体は死んでようが生きてようが関係無いんだろ?」
「生きてるのを殺すのは簡単だが、殺したのを生き返らせる事は出来ねぇからな。お前、殺した後に生きてるカーバンクルが欲しいって言われたらどうする気だ?」
「ああ、そういう事か」
質問を投げ掛けた子分らしき男は、兄貴と呼んだ目上の回答に納得が行ったとばかりに頷いた。
「武器目的でなら殺したって構わねぇが、貴族様に売り飛ばすなら生きてた方が好都合だからなぁ」
「おめぇもせめてこれ位は頭が回るようになれや」
「すいやせん」
「おう手前等! アルバート様がお目見えだ! 戦利品持ってとっとと奥に来やがれ!」
薄闇の中、この者達の筆頭らしき大男が、野太い声で一喝する。
男達は室内の様々な物品を抱え、洞窟の奥へと向かっていく。
洞窟の奥から、徐々に水音が近付いてくる。
奥へ向かうにつれてこの空間に慣れた者には少々辛い、眩い明かりが迫ってくる。
一際大きな空間に抜ける。巨大な空洞が、魔術光によって煌々と照らされている。
その空洞を二分する、そこそこ大きな水の流れ。
この水はファーレンハイト領に存在する山脈を穿つ水の流れであり、この場所においては地下水脈ではあるが、元々は河川の流れである。
その河川の流れに乗り、その者はこの空間へと辿り着いた。
全身を迷彩色の外套で包み込み、その頭部も目元以外の全てに姿を隠す布が巻かれており、体格以外の全てが窺い知る事が出来ない。
目付きは切れ長で鋭く、眼光はまるで餓えた野獣の如く爛々と輝く。
体格は大柄で、この世界の男達の平均身長を一回り上回る程度にはあった。
「――上納品は用意出来たんだろうな」
空洞内に、低い男の声が反響する。
水流を伝い、その男を乗せた小船が空洞内に達すると、小船を接岸するのを待たず、男は小船から跳躍し、彼の到着を待っていた男達の前に飛び降りた。
助走も無しに、3メートルはあるであろう距離を易々と一足跳び。しかも着地の際もバタバタと見苦しい様子も無く、静かに着地し、この程度は慣れているといった様子が伺える。
「よくいらっしゃいました、アルバート様。丁度良いタイミングでかなりの上物が手に入りましてねぇ」
「ならさっさと見せて貰おうか。俺に対しゴマもおべっかも不要だ」
「勿論です。おうお前等! アルバート様の前に運び出せ!」
男達を束ねる筆頭の男が指示を飛ばす。
その背後に控えていた、人相の悪い男達は様々な品をアルバートの前に積み上げていく。
豪華な装飾の施された鞘に収められた宝剣、麻袋に詰め込まれた金貨の数々。
澄んだ宝石の中に術式が刻まれた、魔石と呼ばれる宝石類。
魔術光に照らされた眩い貴金属の輝きの中に混じって、無骨な金属檻が四人掛かりで運ばれてくる。
他の貴金属類はつまらなそうに流し見していた外套を着込んだ男が、その金属檻の中に入っていた生物を見た途端、その目付きを変える。
「――こいつは、カーバンクルだな」
「おお、アルバート様も当然ご存知でしょう。これが丁度ついさっき手に入った代物でさぁ。少々手間でしたが、念の為生け捕りにしておきやした。如何です?」
「……上出来だ。よもやこんな所でカーバンクルをお目に掛かるとは思いもしなかったな」
アルバートと呼ばれている男が指示を飛ばし、目の前に積み上げられた貴金属類を小船に積み込んでいく。
一度には乗せ切れない為か、ある程度まで小船に乗せた後、アルバートをその場に残し、船頭が単身川を登っていく。
「カーバンクルの額の宝石に傷は付けて無いだろうな?」
「勿論。長年こんな稼業やってりゃ一番価値のある代物位は把握してまさぁ」
アルバートは檻の前でしゃがみ込み、檻の中のカーバンクルの額部分のみ注視し、特に傷が無い事を確認した後、再び立ち上がる。
「期待以上の働きだな。来期の上納のラインは少し軽めにしておいてやろう」
「ありがとうございやす!」
「――ん?」
僅かに目元を歪め、アルバートはこの空間の奥――先程男達がやってきた洞穴の奥に視線を向ける。
数秒程沈黙した後、確信してその言葉を口に出す。
「――テメェ等、ドジ踏みやがったな」
「え……?」
最初は、アルバートのみにしか分からない、些細な音であった。
しかしその音は徐々に近付て来ており、やがてこの場に居る男達も容易に聞き取れる程の音になる。
炸裂音。何者かの悲鳴が上がる。
洞窟内を走り抜けた、爆風の黒煙がアルバート達の居る空洞内に流れ込む。
その黒煙を突っ切り、一筋の人影た空洞内に飛び込む。
その者は王立魔法学院のローブを身に着け、翡翠色の瞳を鋭く尖らせていた。
黒煙を突っ切った影響で栗色の髪が少々煤けて黒くなっていおり、高速で飛翔する杖に腰掛け、その目標目掛けて迷い無く飛び込む!
腰掛けた杖を片手で掴み、勢いを保ったまま体勢を変え、その杖の先を金属檻に向けた。
「――シルフィードブレイズ!」
その少女は、高速で詠唱を完了させる。
杖の先から強烈な熱気を宿した風の刃が形成され、成形が終わるや否や即座に放たれる。
その熱気は鋼鉄の檻を溶解させ、速度の乗った風の刃が熱した鉄檻を飴細工の如く容易く引き裂いた。
再び体勢を変え、空中で杖に腰掛け、破壊した鉄檻目掛けて突進する!
「おいで! ルビィ!」
手を指し伸ばし、閉じ込められていたカーバンクルの名を叫ぶ。
そのルビィと呼ばれたカーバンクルは、飛び込んで来た侵入者の声に聞き覚えがあるのか、素直に従い差し出した手に飛び乗った。
カーバンクルを確保したその少女は、目的は達したとばかりに他の一切に脇目もくれずに元来た道を引き返して行く。
この間、僅か5秒。
鎧袖一触、一撃離脱。
その少女――セレナ・アスピラシオンは、道中の賊を全て一撃で倒し、虎口から脱兎の如く逃げ出すのであった。
―――――――――――――――――――――――
杖に乗ったセレナの移動速度は、狭い洞窟内にも関わらず非常に速かった。
突入の際に脱出経路を把握済みであり、そもそも多少うねってはいるが、分岐もロクに存在していない一本道であるのが一番大きいのだろう。
「大丈夫だったルビィ? 怪我は無い?」
見知った顔に安堵したのか、ルビィは体毛を震わせながらギチギチと鳴いた。
「待っててね。今すぐにプリシラの場所まで――」
洞窟を抜け、視界に太陽の日差しが飛び込んでくる。
闇の空間に慣れていた目が、その眩さ故に一瞬眩む。
――その一瞬であった。
その瞬き程度にしか過ぎない僅かな間に、セレナ目掛け鋭利な無数の岩塊が飛び込んでくる!
一瞬目を見開くが、進行方向を上手く阻害するように放たれたその岩塊を回避する為、セレナは速度を落とさざるを得なかった。
咄嗟の判断で不意打ちの一撃を無傷で避けられたが、速度が落ちている状態で空中に居るのは拙い。
遮蔽物の無い空中では、良い的になるだけ。
そう判断したセレナは、不本意ながらも開けた地上に降り立ち、先程の攻撃を放った術者を一瞥する。
「――そこまでだ、小娘」
その男は、セレナ同様に魔法の行使を補助する媒体として杖を所有しており、その敵意を宿した杖をセレナに向けて突き付けた。
外套と布で全身を覆い隠した男――アルバートである。
距離こそ離れているが、魔法という攻撃手段は遠距離攻撃手段など数え切れない程有る為、この程度の距離は普通に有効射程範囲内である。
無論、それはアルバートだけでなく、セレナにも言える事ではあるが。
「大した魔法の腕だ。この俺が居ない時なら、まんまと逃げ遂せられたかもな」
アルバートの賞賛に対し、セレナは返答として舌打ちを一つする。
「……先回りしたって訳ね」
「違うな。単に追い越しただけだ」
アルバートは即座に断言する。
その言葉に嘘は無い。
何故なら、あの洞窟は基本的に袋小路なのである。
河川の流れに沿っていけば外には出られるが、洞窟の出入り口とは明後日の方向に出てしまい、とても先回り出来るような場所には出られないのだ。
「……随分な速さじゃない。魔法を使った気配は無かった気がするんだけど?」
「速さには結構自信があるんでな。この俺から逃げ切れるとは思わない方が良いぞ」
相対するセレナとアルバートは、杖を構えたまま相手の様子を伺う。
「だがここまでだ。このままおめおめと逃げ延びられたら、俺の面目丸潰れなんでな」
「盗人の面目が潰れ様がひしゃげようが私の知った事じゃないわね」
セレナとアルバートは、両者共に感じていた。
二人は共に、魔法使い。交戦するのであらば、魔法戦になると。
半端な威力の魔法では、相殺されるが故に決定打となるのは重い一撃を入れる必要がある。
しかしながら強力な魔法はしっかりとした詠唱の手順を踏み、多くの魔力を注ぎ込む必要がある。
故に魔法使い同士の戦いというのは、牽制となる細かい魔法の応酬が基本となる。
相手の出方を伺う為か、セレナとアルバートはジリジリとその場を移動する。
どれ程時間が経っただろうか。
どちらが先に放ったかすら分からない、小さな攻撃魔法を口火に、二人の魔法使いによる魔術戦が始まるのであった。
そろそろ何時もの5日間隔に戻るみょん