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127.日常の終わり

 机上で学ぶ事だけでなく、実地で実物を見て学ぶ、という事も重要な事だと、父さんから教わった。

 折角フィーナに引っ張り回されるのなら、あの山に生えている色々な毒草を見て学ぼうと考えた。

 父さんは、色んな事を知っている。

 そしてその知識を使い、色んな薬を作って、病気の人達を治している。

 俺も、何時か父さんのように困っている人や苦しんでいる人を救えるような――そんな人になれたら、良いな。


「おごごごごごご」


 何故か今日は、何時もよりもフィーナの移動速度が速い。

 その速い速度のまま、でこぼこ道に突っ込むので振動が凄まじい。

 ガッチリ荷台にロープで固定してあるので、荷物が崩れたりなんかはしないのだが。

 別にロープで固定されていない俺は、どったんばったん大騒ぎだ。

 下手しなくても振り落とされそうだ。

 本だけは落とさないようにしないと。

 というか、もう少し速度を落としてくれマジで落ちる落ちる落ちる!?


 俺の移動速度だと、行って帰ってきてそれでほぼ一日が終わってしまう。

 それじゃあ、ほとんど見て回れない。

 どうせフィーナに連行されていくのが不可避なら、意義を見出そうという訳だ。


「よーし! 着いたよ! 早く荷物降ろそうよ!」

「ありがと。じゃあ俺、アオツヅラフジ探しに行くから」

「手伝ってよ!?」


 フィーナを無視して早速探索に向かおうとしたが、襟首掴まれて阻止された。

 しょうがないので、家具を降ろすのを手伝う事にした。

 家具とは言ったが、やっぱりゴミだよなこれ?


 荷物を降ろし終えて、母さんから預かった昼食を取る。

 その後は、お目当ての植物探しを開始した。

 この植物を探してる、そう言って図鑑の絵を指さすと、フィーナがそれを探して来てくれる。

 まあ、違うのも一緒に持ってくるけど。

 似たようなのを持ってきてるから、多分見分けが付いてないんだろう。

 こうやってると、何でだか分からないけど、フィーナが犬に見えてくる。

 枝を投げて、それを咥えて走って戻って来る感じ。

 なんか、ちょっと面白い。

 そういう風に見ると、段々フィーナが可愛く思えるようになってきた。

 ギャンギャン吠えるし、やめろって言ってるのに飛び掛かって来るし、俺の事振り回すし。


 あ、完全に駄目犬だコイツ。

 散歩の最中にロープで飼い主振り回すやつだ。

 飼い主の言う事はちゃんと聞きなさい。

 それは食べちゃ駄目なやつだぞ、ペッしなさいペッ。


「見付けてきたよライゼル! これでいい?」

「よーしよしよし、良ーく拾って来たな。偉いぞー」

「……なんか、言い方に含みがある気がする」


 首を傾げるフィーナ。

 取り敢えず、頭にオナモミが引っ付いてたから取っておいた。

 取ったオナモミをフィーナに投げ付けた。

 おー、服に付いた。


「何で取ったのにまたくっ付けたの?」

「え? 何となく」


 投げ返されたのでまた投げ付けた。

 投げ返される、投げる、投げ返される、かわした。


「待てー!」

「嫌だい待たない」


 敵は強大で、両手にギッチリオナモミを握り締め、横殴りの雨の如くオナモミを投げ付けてくる!

 それを木を盾にして回避し、地面に落ちたオナモミを的確にフィーナに投げ返す!

 昼に始まり夕方で終わる、オナモミ戦争の開戦であった。



―――――――――――――――――――――――



 フィーナが作った秘密基地とかいうゴミ置き場を拠点にして、それから俺とフィーナは毎日、山で遊んでいた。

 当時の俺は、遊んでいるつもりは無かったのだが。

 それでも、知識が付いてきた今からすれば、やっぱり俺のやっていた事は遊びの延長線上でしかなかった。

 時々帰るのが遅れて両親に怒られたり、猪と出くわしてあわや大惨事と思っていたら、普通にフィーナが蹴り飛ばして撃退して驚いたり。

 振り返ってみるとあの頃から、フィーナはずっと猪突猛進ガールだったんだなと痛感した。

 そんな、言ってしまえば平凡な、子供時代を送っていた。

 平和で変わり映えのしない、何時までもそんな日々が、続くと思っていた。


 ある時、フィーナの父親が仕事の都合でトゥーレ村から引っ越す事になった。

 当然、その引っ越しにはフィーナも付いて行く事になった。

 母親が父親にくっ付いて行くのだ、子供であるフィーナだけ残す訳にも行かないから当然の判断だ。

 親の都合という、子供には抗えない現実の前に、俺とフィーナの別れの日がやってきた。

 フィーナは名残惜しそうに、馬車から俺に向けて手を振っていた。

 俺も手を振り返した。

 トゥーレ村でフィーナと過ごした日々は……最初はフィーナがウザかったけど、ちゃんとフィーナと向き合うようになってからは、少しだけ、楽しかったから。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだが、寂しいなとは思った。



 ――それが、あの日(・・・)の一週間前の出来事。


 それから起こる事を考えれば、フィーナ達は運が良かったのだろう。

 この奇跡的とも言える引っ越しのタイミングにより、ドラゴンの襲撃という惨劇から免れる事が出来た。

 故郷の滅亡に、巻き込まれる事も無かった。


 フィーナが村から居なくなり、突然の来訪者が訪ねてくる事も無くなり、俺の家はとても静かになった。

 当時の俺は、これでゆっくり家で本を読んでいられると安堵したものだ。

 それが、もうじき終わりを告げるモノだとも知らずに、のうのうと暮らしていた。



 …………



 身体の内を痒みのような痛みのような、焦燥感という感情が心を掻き毟っていく。

 子供の頃の悪夢は、あの元凶であるドラゴンを屠った事で終わりを告げた。

 そう、終わったはずなのだ。

 だと言うのに、俺の心は未だに疼き続けている。

 仇を取ったと、今は亡き両親に顔向けできると。これで全て終わったのだと。

 どれだけその事実を心の中で反芻し続けても、心のモヤは晴れる事無く、かえってその濃度が増したようにすら感じる。


「――俺は」


 前が見えない、先が見えない、未来が見えない。

 何も消えない、癒えない、満たされない。

 苛立ちばかりが胸の内で膨れ続け、窮屈な箱に無理矢理押し込められたような圧迫感で押し潰されそうになる。


「俺は、ただ――」


 駄目だ。

 こんなんじゃ、こんな程度じゃ足りない!

 俺の内で燻り続ける残り火は、あのドラゴンを倒しても消し去れない!

 世界は残酷で、理不尽な暴力が弱者から全てを奪っていく。

 この世界は、弱肉強食。

 強い者だけが生き残り、全てを得て、弱者はただ屍を晒すだけ。


 それが"師匠"から教わった現実。

 力が無ければ、何も成せない。



 俺には必要なんだ……!

 何人であろうと触れる事すら敵わない――"最強"の力が!!




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