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121.付与世界陣《ワールドエンチャント》

 ノワールが、その巨腕を振るい、尾を叩き付け、ブレスを放つ。

 ドラゴンの持つ、巨躯から放たれるそれは、掠りでもすればそれだけで、絶命しかねない程の大破壊を引き起こす。

 山間に住む熊でさえ、人が生身でその爪を受ければ、骨が砕け、肉が削がれるのだ。

 魔物ですらない、タダの野生動物でさえそうなのだ。

 ドラゴンが一度、その爪を振るえば、人間程度弾ける(・・・)だけだ。

 もう既に、戦地の真っ只中となったファーマイングに、壊れるようなモノは存在しない。

 そんな物はもう、とっくにノワールの攻撃の余波で全て吹き飛んでいる。

 物も、者も、全て。


 そんな中、唯一壊せない、壊れていないモノ。


 その速度は、早い。

 人の身でありながら、地に足を縛られない。

 黒い影が、夢幻の如く現れては消え、突風と共に空を駆ける。

 ノワールが一度、攻撃をする度に。

 その一度の間に、ライゼルは二度も三度も、自らの拳を、斬撃を、魔法剣を、叩き込む。

 ミスリル銀糸の拘束は、ドラゴンの体躯を抑え込むには足りず、引き千切られる。

 剣や拳は、ノワールを怯ませ、魔法詠唱を許さない程度には効果はあるようだが――ダメージが入っているか、と言われれば微妙な所だ。


 当たらない一撃必殺VS怒涛の手数を誇るノーダメージ……という構図なのだ。

 決定打が無い、決定打が当たらない、泥沼の消耗戦。

 そして消耗戦となれば、不利になるのはライゼルであった。

 ドラゴンであるノワールは、先程ミサトの一閃を受けた時のように、目を切り裂かれるといったレベルの傷であっても治す、自然治癒力を持つ。 

 無論、それにも限界があるだろうが――人とドラゴンでは、単純に体力の差がある。

 ドラゴンは、かなり手を抜いても、人間を殺せるだけの殺傷性能を振り撒けるのだ。


「ハッ! 何だ何だよ何ですかァ!? ドラゴンってのはこんなウスノロなのか!? そんな欠伸が出る程スローな攻撃、一発も当たりやしねえぞ!」


 煽るライゼル。

 遅くなど、無い。

 ノワールの放つ攻撃は、本来そのどれもが不可避の一撃必殺なのだ。

 ノワールが遅いのではなく――ライゼルが、早いのだ。

 当然、そんな事はライゼルも理解している。

 それを承知で尚、煽る。

 そうでもしなければ――また、逃げ出してしまいそうだから。

 トラウマを思い出さないよう、感情と目的で塗り潰して、無理矢理に動き続ける。


「何発当たろうが、ロクに痛みも与えられない羽虫が囀るな」


 嘲るノワール。

 その言葉もまた、事実。

 先程からライゼルが行っている攻撃は、全てノワールに直撃している。

 しかし、竜鱗の強度に阻まれ、ダメージになっていない。


「羽虫を叩き潰すのにムキになるようでは、ドラゴンとしての品格を問われるのでな」


 その言葉の通り、腕を、爪を、振り下ろす。

 滞空していた、ライゼルに向けて。

 羽虫を叩き潰すように。

 大地に影を落とす、巨大な壁が空から落ちてくるかのような攻撃範囲は、本来であらば不可避の攻撃。

 突風と共にライゼルは姿を消し、ノワールの腕は大地を砕いた。

 捲き上がる土砂、粉塵。

 その粉塵を吹き飛ばしながら、ライゼルが再度現れる。

 挑発するかのように、ノワールの腕の上に。

 そのライゼルを振り払うように、腕を横に薙ぐ。

 ふっ飛ばされて当然な筈だが、そこにライゼルの姿は無い。


「どんな小細工で避けているのかは知らぬが、そう何時までも避け続けられるものでも無い。生かして帰す気は無いのでな、精々もがけ」


 ノワールは、まだまだ余力を残している。

 というより、遊んでいる節すら見える。

 ライゼルは、ノワールよりも早い。

 だが逆に言えば、早いだけなのだ。

 早いだけで、自分に対して傷を与えるだけの攻撃手段を持っていない。

 例えば、人間が部屋に入り込んだハエやゴキブリを叩き潰そうとする時。

 逃げ回り、叩き潰そうにも、相手が早いと感じる時があるだろう。

 ノワールがライゼルに対し感じているのは、それと同じなのだ。

 確かに早い、鬱陶しい。

 だが、相手にこちらを殺す手段がある訳でも無く、どうせその内疲れて動けなくなる。

 その時に、容赦なく踏み躙ってやれば良いだけだ。



 対し、ライゼルは思慮を巡らせる。

 相手より早い、それだけではどうにもならない相手。

 中級魔法程度の火力じゃ、掠り傷一つ入らない。

 全身を覆う竜麟は、鋼とは比較出来ない程に強靭。

 鱗で覆われていない目なんかは別なんだろうが……そこへ攻撃しようとする素振りを感じ取った瞬間、警戒して防御を固められる。

 現状の打撃力では、決定力不足。


 ――毒殺するか?


 これだけの巨体をか?

 一体、どれだけの量が居る?


 気体の比率を操作して、窒息死に追い込むか?

 それも一体、どれだけの規模の気体がいるんだ?

 避難中の住民巻き込むような、とてつもない量が必要になる。


 ライゼルは、空気を操作出来る。

 風を操るとかそういうレベルではなく、大気中に存在する窒素、酸素、二酸化炭素――その他諸々、意図的に何らかの気体を偏らせる、そんな操作が出来るのだ。

 何よりも早いのは、窒素だけの塊を生成してしまう事だ。

 元々、大気中の半分以上を占めるだけあり、簡単に集められる。

 そして生物は、窒素のみを吸って生きる事は出来ない。

 これは生物であらば例外なく当てはまる事柄であり、ドラゴンとて例外ではない。

 呼吸できなければ、死ぬのだから。

 だが、この状況では出来ない。

 ドラゴンは巨大で、しかも動き回っている。

 口と鼻をピンポイントで塞ぐ、なんて真似は出来ないだろう。

 そうなると、この周囲一帯を丸ごと覆い尽くす、なんて事になるが……そうなれば、間違いなくまだ生きている人々も巻き込む。

 それに、ドラゴンも突然呼吸が出来なくなったら、逃げるに決まっている。

 逃げて、その間も呼吸が出来ないままを維持――そんな広範囲、一体どれ程だ?

 ファーレンハイト領全土を、窒素で覆い潰せとでも言うのか? 無理に決まってる。

 で、あらば。

 次に考えられるのは逃げられないように、意識を奪って窒息させる。

 それが可能な気体が、一酸化炭素だ。

 純度の高い一酸化炭素は、吸えば昏倒、血液中から酸素を奪い、意識を失う。

 ライゼルは今まで、この一酸化炭素による窒息という手段を何度も行って来た。

 殺す程ではないが、無力化させたい。

 そんな時、一酸化炭素という見えない刃で、相手の喉笛を切り裂いてきた。

 無論、殺す程ではないので、意識を奪った後には速やかに高濃度の酸素を供給して回復させてはいるが。

 しかし、大気中に存在する一酸化炭素の量というのは、余りにも微量だ。

 ライゼルは、いざという時に即座に使用できるよう、一酸化炭素のストックを周囲に漂わせてキープしている。

 だがそれも、人間想定の量でしかない。

 ドラゴンを切り裂くには、余りにも不足。

 世界中の大気をかき集めて、そこから抽出すれば、もしかしたら足りるかもしれないが――そんな大掛かりな作業をしている時間など、無い。

 気体操作による、見えない毒殺窒息死は、この状況では使えない。

 では、どうする?

 ライゼルは、答えを出す。



 ――火力だ。

 圧倒的な火力が、いる。



 大雑把に言えば、ただ吹き飛ばすだけで良かったユースヴァニアの時とは違う。

 ドラゴンの竜鱗を貫ける程の、破壊力。

 しかも、ただ貫くだけでは足りない。

 半端なダメージでは、ドラゴンの持つ治癒力でじきに治ってしまう。

 防御を抜いた上で、更に治癒力を上回り、一気に殺し切るだけの――強力無比、理不尽な破壊力。



 …………そんなもの、俺には無い。



 俺は、師匠や姉弟子(リーゼロッテ)とは違う。

 あんなふざけた、大雑把な大破壊なんて出来ない。

 だから、それを求めた。

 何もかも足りない、俺という存在に、下駄を履かせられるだけの小細工を。


 ――そして、その小細工。

 ようやく、来たか。


 ライゼルの頬を、風が撫でた。

 無駄に、ノワールに対し攻撃を打ち込み続けた訳ではない。

 全力で足掻いている、そんな"振り"をしていたのだ。

 全ては、ここまでの時間を稼ぐ為に。

 故郷の仇(トラウマ)を逃がさず、縛り付けておく為に。



付与世界陣(ワールドエンチャント)、目標地点指定! ファーマイング!!」



―――――――――――――――――――――――



 ――魔力とは、空気中を漂う微粒子の一種である。


 場所によって濃淡こそあれど、魔力は世界中に存在している。

 そして、空気中に存在する微粒子という事は。


 風が吹けば、流れていく。


 風向きに従い、何処までも。


 吹き出し、流れ、転がり。

 宿り、育ち、離れて、砕ける。

 砕けて吹かれ、流され、去っていく。

 それがこの世界に存在する魔力の、自然の在り方。


 その自然の在り方を捻じ曲げ、風向きに、指向性を与えている者が居る。

 世界中の風向きを掌握し、己が望む場所へ。

 望む場所は、ここファーマイング。

 掌握する者は――ライゼル・リコリス。


 格の違いを、思い知った。

 持っている魔力の桁が、違い過ぎた。

 独力では、届かない。

 だったら、外部から補えば良い。

 結果、自分がどうなろうが――知った事か。

 自分だけで足りないなら、世界中から魔力を簒奪する。



 それが、付与世界陣(ワールドエンチャント)



 世界中を巡り、数年掛かりで、ライゼルが生み出した。

 世界規模で構築された、巨大な魔法陣。

 世界に存在する魔力溜まり、魔力極点。

 その全てに刻み込み、風を生み出し。

 世界中の風の流れ――ひいては、魔力の流れを自分の意のままに掌握する。


 世界を踏み台にして、格の違いを埋める。

 己が身を顧みぬ、ライゼルの切り札の一つ。


 足りないってなら、届かせてやる。


「テメェを超えて、俺はその先へ行く!」 


 お前なんぞ、ただの通過点だ!





 そうでなきゃ――師匠達(あそこ)になんて、到底辿り着ける訳が無い!!







※大量の魔力を外部から取り入れるのは危険なので絶対に真似しないで下さい

ライゼルは特別な指導を受けており、それでも危険です

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