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120.魔力濃度

 天を仰ぎ見るセレナ。

 黒き災害と、黒き天災が、互いに一歩も引かぬ戦いを繰り広げている。

 身に着けていた、非常に高い防御性能を誇る制服は、辛うじて形を留めるばかり。

 雷撃の嵐に晒され、既にその防御能力は失われていた。

 魔法学院製の上質な服でなければ、とっくに破損して使い物にならなくなっていたであろう事を考えれば、セレナの命を繋ぎ止めただけ立派に仕事を果たしたと言える。

 更には杖も、魔法陣の焼き付きが限界を迎えており、これ以上は魔法陣頼みの詠唱破棄は不可能であった。

 良くて修理、悪ければ買い替えだろう。


「セレナ、大丈夫? 立てる?」

「無理」

「なら引きずってでも連れて行くからね」


 引き摺るというより、(ワラ)束でも抱えるような体勢でセレナを担ぎ上げるフィーナ。

 幸い、フィーナだけは地上に居た分、セレナやミサトと違い、落下のダメージを余計に受けていない為、まだ動けるだけの余力は残っていた。

 戦闘は、不可能ではあるが。

 途中、鞘に納めた刀を杖代わりにしながら移動していたミサトと合流する。


「ミサト――!? どうしたのその傷!?」

「えっ? ちょっと、ミサトさんがどうかしたの?」


 目を見開くフィーナ。

 しかし担ぎ上げられた状態のセレナはミサトの方向を見る事が出来ず、困惑したフィーナの声に引きずられて不安が募る。


「問題ない、幸い血はそこまで出ていないでござる。大きな血管を傷付けなかったのは、不幸中の幸いでござるな」

「だ、だって……骨が」


 ミサトの右足は、骨折していた。

 それ所か、折れた骨が皮膚を突き破り、服を貫通して露出してしまっている。

 一目で見て分かる、重傷であった。

 こんな状態では、歩行は不可能。

 刀を杖代わりにするのも、無理は無かった。

 恐らく、歩くだけでも相当な激痛があるのだろうと予想出来る。

 おくびにも出さない表情であり、一時的に麻痺しているのか、それとも精神力で捻じ伏せているのか。


「……それで、どうするでござる? どうやら、ライゼル殿があの竜と交戦状態に入ったみたいでござるが……援護、必要だと思うでござるか?」

「何言ってんのよ!? その足で、まだ戦う気なの!?」

「片足をやられただけでござる。まだ、両腕は振るえるし片足も生きている。何も出来ない訳では無い」

「こっちはもう無理よ。杖がもう、使い物にならないわ……」


 魔法陣が焼け爛れた、愛用の杖を見やるセレナ。

 魔力伝導熱自体は、既に完全放熱している。

 だが、それで熱により溶解してしまった魔法陣が元に戻る訳では無い。

 修理せねば、使い物にならない。


「……ライゼル、勝てるのかな……?」

「ライゼル様なら、きっと大丈夫ですよ。遅れて来たのも、きっと何か理由があるんですよ」


 セレナの声色に、現状に対する不安の色は無かった。


「ライゼル様は、また私のピンチに駆け付けてくれた。やっぱり、ライゼル様は私の、私だけの黒衣の王子様だった……!」


 熱に浮かされたような、潤んだ瞳を浮かべるセレナ。

 そう、負ける事など有り得ない。

 絶対無敵、常勝無敗。

 そんな、羨望と憧れと情愛を混ぜこぜにした表情。

 セレナにとってライゼルは、何処までも理想の王子様なのだ。


「――ッ、何、今の――」


 それを最初に見たのは、セレナであった。

 脳裏によぎる、見た事も無い映像、聞こえない筈の声。

 ノイズの如く、一瞬。

 幻聴や幻視の類だと、切り捨てるのは簡単だ。

 だが、セレナの積み上げた、魔法に対する知識が、それを許さなかった。


 頬を撫でる、風。

 ――光景が、揺らぐ。

 蜃気楼のように揺らめき、霞掛かる。

 それはいつの間にか、ファーマイング全体を覆い尽くすかのように、充満し始めていた。


「これって、もしかして……」


 一体それは、誰のモノか。

 見覚えの無い光景、聞き覚えの無い声が、次々にセレナの脳裏を走る。


「不味い」

「どうしたでござるか?」

「フィーナさん、ミサトさん。今すぐこの場から撤収よ。急いで!」


 この現象を、セレナは知っていた。

 魔法を扱う者が学ぶ、"魔力"という存在の危険性。


「これ、精神汚染の初期段階! このままここにいると危険よ!」


 魔力とは、空気中を漂う微粒子の一種である。

 通常は目に見えず、魔法を修めた者であらば感じ取る事は出来るが、それも感じるだけであり、やはり見る事は出来ない。

 だがしかし、その魔力は常に見えない状態である訳では無い。

 大気中の魔力濃度が上がって来ると、視認する事も可能になってくるが、視認出来る濃度の魔力というのは、危険な水準に達しつつある信号でもある。

 眼前の光景が揺らぎ、霞掛かる。

 既に視認出来る状態になりつつあり、これは空気中の魔力濃度が非常に濃くなっている赤信号なのだ。

 非常に濃い魔力というのは、生物にとって悪影響を及ぼすものとなる。


「精神汚染、って何?」

「知らないの!? 簡単に言うと、自分の魔力じゃなくて大気中の魔力を使い過ぎると起きるの! 重症になると"心"が壊れて元に戻らなくなるのよ! だから、早く逃げるよ!」

「使わなきゃ良いんじゃないの?」

「使わなくても高濃度だと触れたり吸ったりするだけでも危険なの! この場から少しでも離れて!」

「わ、分かった。ミサト、歩ける?」

「……正直、急いで離れねばならないのであらば、走るのは難しいでござるな」


 自らの右足に視線を落とし、そう呟くミサト。


「分かった。じゃあ私が担いでいく」


 そう言うや否や、セレナを担いでいないもう片側の肩にミサトを担ぎ上げるフィーナ。


「それで、どっちに逃げれば良いの?」

「とにかく遠くよ、そして可能なら、高い場所に」

「なら、向こうの山の方に逃げれば良さそうだね」



 ――死んでたまるか。


 ――毒を喰らってでも生き延びてやる。



「何……? なんか、頭の中に、直接声が……」


 幻聴。

 それは、魔力汚染によってフィーナに届いた、誰かの声。


「ちょっと、足止めないでよ! 担がれてる分際で言うのもアレだけど、フィーナさんだって危険なのよ!?」

「え、う、うん」


 セレナの催促で我に返り、足を動かすフィーナ。

 普段の全力疾走、とはいかない。

 ノワールの攻撃により、フィーナにも少なからぬダメージが入っているのだ。

 重傷のミサトや消耗しきったセレナ程ではないが、フィーナも本調子とは行かない。


「しかし、この高濃度の魔力とやらは、何故こんな急に沸いたのでござろうか?」

「……まあ、考えられる可能性としては一つだけね」

「それは?」

「魔力っていうのは、人の感情、記憶、魂、その総称なのよ。感情を強く燃やせば、その分大きな魔力を生み出す。そしてその感情っていうのは、善悪も白黒も関係無いのよ。嬉しかろうが悲しかろうが、強い感情であらば強い魔力になるの」


 セレナは、魔力とは何かという基本中の基本の知識を述べる。

 人には、等しく魂が宿っており、その魂には記憶が宿り、感情の昂りは魂を燃やし、強い魔力を生み出す。


「――そして、死んだ肉体からは、魂が離れていって、空気中に流出する。それが大気に晒されて粉々になったのが、大気中にある魔力の正体なのよ」

「……まさか」

「多分――コレは、ファーマイングに居た人々の魂よ」


 魂は、非常に純度の高い魔力の塊、という見方も出来る。

 それは事実であり、過去の歴史を紐解けば、人が、魔族が、敵対する相手を拉致し、強大な魔法を発動する為の生贄(・・)として使われたという、悪しき歴史も存在している。

 普段、魔法を使う為に使用している魔力の量というモノは、魂という存在と比較すれば非常に微々たる量だ。


 黒竜王、ノワール。

 大都市に現れた、災厄。

 多くの人々の命を屠り、喰らい、殺めた。

 奪われた命は数多く、恐らくその数字は千や二千では済まないだろう。


 それだけの数の命が、魂が、一斉にこの場に解き放たれた。

 魂という、高濃度の魔力の塊とでも言うべき代物が、数千、数万。

 更には、あの黒竜に対し抱いた死の恐怖、愛するモノを失った嘆き、悲しみ。

 未だ存命の人々、その感情から放たれる、強い魔力まで追加で上乗せされている状態なのだ。

 それらが総括されれば――精神汚染を引き起こす程の、高濃度の魔力となってもなんらおかしくは無い状況。



 それが、セレナの推測であった。

 そしてそれは、事実であった。

 だが、半分正解(・・・・)であった。


 セレナの推測した状況は、実際に発生していた。

 命を落としたファーマイングの人々の魂、存命ではあるものの、刻まれた恐怖や悲しみによって、強い感情――魔力を放出し続ける者。

 それらは、確かに魔力としてこの地に充満していた。

 しかし、それだけではない。



 このファーマイングには、膨大な量の魔力が流れ込み(・・・・)つつある状態であった。


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