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119.災厄VS天災

「付け上がるな人間! この黒竜王ノワールが本気になれば、人間風情など一瞬だ!」


 翼を打ち鳴らして着地し、倒れ伏した人々を睥睨する黒竜王――ノワール。

 天を焦がし地を砕く轟雷の嵐。

 不可避の雷雨に晒され、地を這うだけの人々に出来る事など何もない。

 絶命してこそいないものの、先程の濃密な雷撃魔法攻撃を食らい、更に地面に叩き付けられた衝撃も重なり、セレナもミサトもボロボロであった。

 普通であらば落下の衝撃で死んでいてもおかしくないのだが、辛うじて肉体強化によって防御力を高めた事により、致命傷は避けられたが、それだけだ。

 フィーナもまた、落下の衝撃が無い分他の二人よりはマシだが、戦闘出来るような状態ではない。


 この三人は、辛うじて命を繋いでいた。

 だが、ノワールの放った魔法攻撃は、広範囲の無差別攻撃であった。

 それ以外の全てが死んだ――とまでは言わないが。

 効果範囲外に逃げられなかった、ほぼ大半の人々が、その命を落とした。

 生き延びたのは、フィーナ達同様に戦闘を生業とし、鍛錬を積んでいた者のみ。

 それも、確実に行動不能となっており、治療せねばその命も長くは持たないだろう。


 しかも、更に追い打ち。

 ミサトが切り裂いた、黒竜王ノワールの右目。

 先程ミサトが与えた、ノワールの傷口から、白い煙が立ち上る。

 煙の量が増え、そして徐々に少なくなり――収まる。


 傷口が、塞がっていた。


 世界で最も長寿な種族、エルフと同等の寿命を持ち。

 世界で最も生命力の強い、吸血鬼に匹敵する程の回復能力を持ち。

 防御力は要塞並み、放つ攻撃は上級魔法に匹敵。

 鳥のように自由に空を飛び、その速度は生物界でも上から数えた方が早い程。

 空飛ぶ要塞にして、一個体が軍隊に匹敵。

 その全てが、規格外。

 それが、ドラゴンという種。

 種の頂点という評価は、決してドラゴンの自称ではない。

 何もかもが、ハイスペックという枠に収まらない力量。


「貴様が与えた傷なんぞ、掠り傷にもならん!」


 眼球を切り裂かれたのだ。

 普通なら、重傷という表現をするべきなのだろうが、ドラゴンに対してはそうはならない。

 自らの持つ治癒能力が追い付く限りは、ドラゴンにとってどんな傷も掠り傷以下だ。

 無論、治癒能力を超えたダメージならばそうも言っていられないのだが……

 これ程の強大な存在に、それだけのダメージを与える?

 そんな事が出来る者が、一体何処に居ると言うのか。

 居れば、苦労しない。


 この場には、英雄も、勇者も、存在しない。


「――よぉ! 久し振りだな! 大体10年位か? こんな場所で再会するとは思いもしなかったぜ!」


 大気を揺るがす、大声。

 ただ声が大きいという訳ではない。

 声とは、声帯が発する空気の振動によって生まれる物。

 空気の振動であらば、その振動をそのまま大きく変化させてやれば、大音量になる。

 風属性の魔法の扱いに長けたライゼルであらば、それは容易い事であった。


「そうかそうか、お前の名前はノワールって名前だったか。ロクに知能も無いデカいだけの魔物だと思ってたが、まさか魔族だったとはなぁ。それには驚かされたぜ」


 自らに言及された事で、この声が自分に対して放たれた物だと察したノワール。

 声の発生元である、まだ倒壊していない建物の中で一番高い建物、その屋根へと視線を向けた。

 体格差故に、建物の上に立って尚、ノワールを仰ぎ見る、黒衣の男。

 嘲笑うように、鼻を鳴らすノワール。


「ふん。まだ生き残りが居たか」

「――――ああ、そうだな。"生き残り"だよ」


 視線を、空へと向け。

 見えない何かを仰ぎ見るライゼル。


「……トゥーレ村の事、覚えてるか?」


 色褪せた、遠い遠い、昔の記憶。

 懐かしむかのように、ポツリと呟く。

 ライゼル本人としては、呟いたつもりなのだろうが。

 その時は、自らの声を増幅して発する魔法を行使している最中だった為、その呟きも大きな声となって発せられた。


「知らんな」

「だろうな。お前からすれば、その程度の認識でしか無いだろうさ」


 期待はしていなかった、予想通りの回答だと。

 そんな態度を隠しもせず、ライゼルは淡々と続ける。


「弱いから死ぬ。弱いから奪われる。所詮、この世は弱肉強食。何が悪いかって言えば――弱いのが、悪い」


 それは、ノワールに対して放たれた言葉――だけでは、ないのだろう。

 どちらかと言えば、目の前の相手に対し放った台詞と言うより……自らに対し、言い聞かせているような。

 そんな、口調であった。


「だから――"弱者"は死ね」


 右手に短剣を逆手で構え。

 左手は空手、だらりと垂らす。

 自らの武器を最大効率で振るえる、構えを取るライゼル。


「必死に己を鼓舞して気丈に振舞っているのが見え見えだぞ、小僧」


 そんな矮小な存在(ライゼル)を、嘲笑するノワール。

 事実、そう見られても仕方ないだろう。

 何故ならば――ライゼルの足が、小刻みに震えているのだ。


 焦燥感と怒りで自らの感情を塗り潰し、言葉にして自らに言い聞かせ。

 こうして、ノワールの前に立った。

 だが――その程度でライゼルの心理的外傷(トラウマ)が、克服出来る訳が無かった。


「ああ、そうかもな。お前を殺せば、この震えが止まるのか、この心の疼きが、消えるのか――試させて貰うぜ!!」


 振り抜くは、左手。

 目の前に立ちはだかる黒竜の如く。

 爪で引き裂くかのように、手を振り放つライゼル。



 この場には、英雄も、勇者も、存在しない。

 今、この場に立つモノは。



 "天災"だけだ。



―――――――――――――――――――――――



 不意打ち、先制。

 初撃を叩き込んだのは、ライゼルであった。

 振り抜いた左手から放たれるは、ミスリル銀を自らの魔力で形取り、細長い糸へと変化させたモノ。

 ライゼルの魔力によって細く、強靭で、鋭い切れ味となったミスリル銀糸は、人体など語るに及ばず。

 巨木や巨石ですら、濡れ紙を裂くが如く容易く切り裂く。


 つんざくような、金属音!

 黒板を引っ掻いたような、不快で耳障りな音が轟く!

 ミスリル銀糸による攻撃は、不発。

 鉄よりも固い、ノワールの持つドラゴンという種の鉄壁、竜鱗を破るには至らない。

 舌打ちするライゼル。

 だがその表情に、落胆は無い。

 どの程度の相手か、実力を測る為の試金石とでも言うべき一投。

 だが、ミスリル銀糸は竜鱗に傷一つすら与えられない。

 水の張った器に石を投じ、その波紋を見て実力を図ろうとしたが。

 波紋すら立たないというのは流石に、ライゼルにとって想定外の出来事か。


「何だ? 今、何かしたのか?」


 傷どころか、痛みすら与える事叶わず。

 嘲り、挑発までするノワール。

 所詮は、何処までも矮小な人という存在。

 ノワールの脳内で定まった、人という枠組みから、ライゼルは逸脱していなかった。


「貴様如き、この黒竜王たる私からすれば塵芥同然! 放っておいた所で害など無いが……今の私は不愉快なのでな――消えろ」


 口蓋を開く。

 生え揃った牙の奥底、口腔に光が宿る――


 音すら置き去りにする、超高熱、紅蓮の白閃!

 ライゼルの立っていた家屋、その屋根ごと蒸発させ、外壁を貫通し、その遠く広がる大地に、クレーターを刻む!

 魔法という、戦う力を得た者であるが故に、分かってしまうその理不尽な破壊力。

 ロクな魔法陣補助も無く、詠唱すらせず。

 これ程の大破壊を引き起こすという事実に、戦慄するばかりだ。


 だがしかし。

 どれ程の高威力であろうとも、当たらなければ意味は無い。

 ノワールのブレス攻撃に飲まれる前に、ライゼルはその場から移動していた。

 失伝魔法-精霊化(スピリットシフト)

 自らの身体を気体へと変化させ、物質という枠組みから逸脱する。

 ライゼルの持つ、他者と自らを隔て得る驚異的な手札の一つ。

 例え傷を負おうとも、一度気体化した上で肉体を再構築すれば元通り。

 肉体という枠組みを外れる事で、肉体持つ身では不可能な、超高速機動を取る事も可能。

 文字通り一瞬で、ノワールの視界の範囲外へと移動するライゼル。


 ――閃光が、移動する。


 ブレス攻撃を放ったまま、首を傾け、体勢を変え。

 再度その死の閃光でライゼルを穿つべく、ノワールはブレスの軌道を変える!

 掠めた余波が、山を削り、木々を蒸発させ、原初を思わせる灼熱の大地へと帰していく。

 そんな光景を見せられれば、どんな者であろうもと脱兎で逃げ出す、当然の判断だ。

 だが、震えはしても逃げはしない。

 自らのトラウマを、刻まれた言葉と、尽きぬ焦燥感で無理矢理塗り潰し。

 ただただ、目の前の敵を殺す。

 その殺意だけで、自らの身体を動かすライゼル!

 当たらない。

 当たる訳が無い。

 どれだけ威力が高かろうが、早かろうが。

 ドラゴンのブレス攻撃は、何処まで行っても直線的で、局所的。

 そんな程度、今までライゼルは何度も避けてきた。


 当たれば即死など、ライゼルの見る世界では欠伸が出る程の常識であった。


「ちょこまかと。まるでゴキブリだな」


 黒衣を纏ったライゼルに対し、その衣服の色も踏まえて羽虫に例えるノワール。

 素早く、攻撃も容易に当たらない。

 それでいて――不愉快。


 だが、所詮は羽虫。

 何処まで行っても、虫は虫。


 瞼を固く閉ざす。

 口を閉ざす。


「地に伏す愚かな贄を食らい尽くせ――」


 僅かに開いた口蓋。

 唱えられる、詠唱文句。

 それは、先程の無数の雷撃を放った、上級魔法。

 避けるのであらば、避けられぬ程の広範囲。

 この一帯丸ごと、焼き尽くす。

 大雑把、されど、成せるのであらばこれ以上に効率の良い方法も無い。


 自らの弱点である、竜鱗に覆われていない場所。

 目と口を閉ざし、弱点を無くす。

 その状態で、魔法の詠唱を開始する。

 ――初めから、こうする事は出来た。

 だが、しなかった。

 所詮は羽虫と、舐めて掛かり。

 ミサトの刃を受け、掠り傷以下とはいえ、傷を負った。

 最早完治し、ダメージにすらなっていないが、傷を負わされたという、プライドに与えられた傷は癒えない。

 その苛立ちが、ノワールから慢心を消した。


 慢心を捨て、油断はしなかった。

 だがしかし、油断無くとも、ライゼルを相手にそれは、余りにも悠長な選択であった。

 ノワールの図体、そのどてっぱら。

 短剣を握り締めたまま、その拳が、風の魔力を宿して放たれる!

 蹴り、踏み締めた大地が割れ、地震かと思わんばかりの振動を放つ!

 拳から放たれたとは想像も付かぬ、およそ生物から放たれたモノとは思えない不気味な音が、ノワールに直撃する!


 その拳は、竜鱗を穿つには至らなかった。

 だが、そんな事は初めからライゼルは期待していない。

 魔法の詠唱など、許さない。

 詠唱をさせぬ為の攻撃であり――ノワールの巨体が、宙に浮く。

 飛んだのではない。

 吹き飛ばされたのだ。

 誰に? ――決まっている。

 たたらを踏むノワール。

 傷は、無い。

 だが、身体の芯まで響く振動が、僅かばかりとはいえ、ノワールの身体にダメージを刻む。

 思わず目を見開き、目の前の羽虫(ライゼル)を見やる。


「俺相手に、そんなチンタラ魔法唱えてる暇があると思うなよ」


 赤熱した、短剣を冷却するライゼル。

 詠唱は、していない。

 ミサトやセレナ同様、魔法陣による補助のみで魔法を行使したのだろう。

 だがその威力は、ミサトやセレナとは段違い。

 彼女達では叶わなかった、怯ませる程度は成し遂げる。

 高出力故に、ライゼルの持つ短剣も一瞬で使い物にならぬ程に熱せられるが――


 短剣が、手の内から消える。

 振り抜かれる右手。

 再びノワールの竜鱗に、ミスリル銀糸による無数の斬撃が加わる!

 金属音と共に、瓦礫の砂埃を巻き上げながら風が走り抜ける!


「それから、俺相手に魔力伝導熱で武器を使用不能にしてやろう、なんて考えはするだけ無駄だぜ?」


 砂埃が止み、再びライゼルの手には短剣が握られる。

 魔力伝導熱による赤熱した状態ではない。

 だがそれは、新しい武器に持ち替えたという訳ではない。


 ミスリル銀。

 それは、高い魔力伝導率を誇り、流した魔力に応じて形を変える、特殊金属の一種。

 ライゼルの使う、短剣というのはミスリル銀で出来ているのだ。

 ミスリル銀であり、ミスリル銀糸であり、短剣である。

 ライゼルの銀糸による攻撃も、短剣による攻撃も。

 その大本を辿れば、このミスリル銀という特殊金属の形を変えて使いまわしているだけなのだ。

 短剣が例え赤熱し使い物にならなくなっても、その形状を銀糸という限りなく細い状態まで変化させる。

 この状態で、普段通りの銀糸の使い方をすれば、降り抜かれた勢いで強制的に空気で冷却される。

 その後、形状を銀糸から短剣に戻せば――攻撃を一切止めぬまま、魔法陣の再使用が可能となる。

 これもまた、ライゼルの持つ他者とを隔絶する超絶技巧の一つ。

 ミスリル銀を、糸から短剣に。

 ここまで自由自在に形状を変えられる者など、世界最高峰の鉄加工技術を有した者ですら居るかどうか、怪しい所だろう。


 こんな事、普通は不可能だと断じられて終わりの話だ。

 だが、しかし。

 もしそれを成せるのであらば――魔力の続く限り、嵐のような攻撃を繰り出す事すら可能だろう。

 そして、この男はそれを成した。

 それを振るえるような相手など、ロクに現れなかったが。

 今、この時、この相手であらば。

 一切の手加減無く、それを振るえるだろう。

 嵐の如く、その地を荒らし尽くす。

 通った後は、何も残らない。

 暴風雨の如き、無差別攻撃。



 "黒衣の暴風"ライゼル・リコリス。

 この男もまた、ノワール同様に"天災"の名に相応しき力を有していた。


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