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11.魔法学院

 店先回りは、生憎な結果となった。

 そもそも、ミスリル銀は希少金属の一種だ。

 武器や魔術道具等の材料になる為、全く出回っていない訳ではないのだが、大抵は店先に直接卸され、そのまま加工され商品化されてしまう。

 故に、ミスリル銀そのもの、というのを扱っているのはかなりレアである。

 見付からなくても、まぁ仕方ないか。


 時計塔へ向けて、早めに移動を開始する。

 まだまだ日没には遠い時刻故に、往来を行き交う大衆の濁流が街道を流れている。

 その流れを掻き分け、淡々と目的地へ向けて進んでいく。


「――ふぅおっほぉ!?」


 それは丁度、魔法という技術を学ぶ上での最高学府、ファーレンハイト王立魔法学院の前を通り過ぎようとしていたタイミングであった。

 不意に目に飛び込んだ、一人の女性。


 発色の良い、明るい栗色の頭髪。

 緩くウェーブの掛かったセミロングの艶やかな髪が、太陽の日差しを反射し周囲に輝きを放っている。

 女性らしい柔らかさを帯びた顔の輪郭に、整った目鼻立ち。パッチリとした二重の瞼の奥には、翡翠色の瞳。

 薄紅色のぷっくりとした唇に、白い素肌にはほんのりと朱が乗っていた。

 女性としての可愛さを磨き上げたならば、これこそが極致である。そう言われれば黙って頭を縦に振らざるを得ない程の愛らしさであった。

 着ている服は、王立魔法学院にて普及している学生用のローブであろう。

 それを彼女なりにアレンジしたのか、他の学生とは少々着こなし方が異なっていた。


「――お嬢さん。ここの学生かな? キミは、一目惚れっていう言葉を信じるかい? 俺様、どうやら正に今、その一目惚れっていう体験を身を以って味わってしまったみたいだ……キミの美貌は、何て罪作りなのだろうか。きっとその微笑で、この俺様同様に幾多の男達の心を射抜いて来たのだろう。その愛くるしい笑顔の前では、男という存在は何て無力な」

「……は? チビが一体何の用?」


 ――目の前の世界が、色褪せていく。

 世界が灰色に脱色され、衝撃を与えられたガラスの如く、脆く、儚く砕け、飛散していく。

 眼前は闇に閉ざされ、世界から完全に希望の光は失われてしまった。


「俺様の……俺様のウィークポイントをドンピシャで抉るなんて……がっくし」

「私、子供なんかに興味無いの」

「俺様、こう見えても普通に大人の年齢なんだぜ?」

「尚の事望み無しじゃないこのチビ助」


 うごおおおおおぉぉぉぉぉ!!

 フィーナに顔面ブン殴られるよりキッツイ一撃!!

 めっちゃ可愛い部類の子なのに口がフィーナよりよっぽど悪いぜ!


「私、アンタみたいな軽薄軟派野郎に靡くような軽い女じゃないの。とっとと失せなさい」

「まぁまぁ、そんな邪険にしなくてもいいじゃな~い。そこのサ店でイチコジャムを溶かした紅茶で優雅な午後の一時を俺様と送ってみるのも――」


 栗毛の女性が、俺の両肩をガッシリと掴む。

 こちらの目を真っ直ぐに見詰めてくる。

 おっとー? これは愛の告白来ちゃうかー?

 でもおかしいなー? 目がまるで養豚場のブタを見るような冷めた目だぞー?


「失せろっつってんのよこの短小」


 ち、違わい!

 チビじゃねえし!


「セレナ……セレナぁ……!」


 愛らしい女性から投げ付けられるには余りにもドギツイ一撃にやや放心気味になっていると、俺の背後からか細い少女の声が飛んでくる。

 振り向けば、成る程。確かにそこには少女の姿があった。

 慌てて走ってきたせいか、息は荒れており、平時は艶やかだったであろうブロンドのヘアも乱れきっている。

 童顔であり、まだまだ子供の年頃が抜け切れていない顔立ちだ。


 だが、そんな事はどうでも良いと感じる程に、その目立つ出で立ち。

 身に付けたブーツは泥塗れであり、この王立魔法学院の制服として支給されているローブは、至る所が解れ、ボロボロになっている。

 確かここの学院の制服は戦闘目的で見てもかなり質の良い品だったはずだが、そのローブがここまでボロボロになっているとは、ただそこ等で転んでしまいましたー、というオチであるのは有り得ない。

 十中八九、何らかの戦闘に巻き込まれた。そう考えるのが妥当だ。


「――プリシラ! 一体どうしたのその傷!?」

「お願いセレナ……! ルビィを、ルビィを助けて……ッ!」


 セレナと呼ばれた栗毛の女性が、プリシラと呼んだ人物に縋り付かれている。

 嗚咽交じりで涙ながらに訴えるプリシラ。

 そんな彼女をセレナは、自らの衣服が泥で汚れる事を気にせず、肩を抱きながら宥めている。

 往来の中で立ち話をする訳にも行かず、プリシラという少女の容態も気になる為、セレナの提案で一度魔法学院の医務室へと向かう事になった。



―――――――――――――――――――――――



 プリシラの傷の治療が終わる。

 どうやら彼女の衣服こそ酷く破損していたが、骨折も無く、身体自体の傷は大した事は無いようだ。

 容態が安定したプリシラからの話を纏めると、元々彼女は魔法薬の研究の材料となる薬草を求め、聖王都郊外まで足を伸ばし、採取作業を行っていたそうだ。

 しかしながら、良質な素材を探すのに没頭し、山林の中深くまで足を踏み入れてしまった結果。

 魔物であらば退治するだけなのだが、不運にもプリシラは山賊、しかもかなり手強い相手と交戦する羽目になってしまい、その際にプリシラの相棒であるルビィというカーバンクルが山賊に奪われてしまったらしい。


 カーバンクルとは、鉱物と魔物の中間に位置する少し変わった生物だ。

 肉体もあるし、体温だってあるのだが、主食が生物ではなく鉱物を食べるのだ。

 そして何よりも他の生物と一線を画すのはその額にある宝石。

 宝石の色や種類はそれこそ個体によりけりだが、例外無くその宝石は高い魔力を有した魔石であり、カーバンクルの魔石を利用した魔術道具はどれも高品質・高性能になる。

 無論、魔石としての使用でなくとも純粋に綺麗な宝石でもあるので、好事家達にとってカーバンクルは喉から手が出る程欲しい代物だろう。

 故に乱獲され、野生個体の数がかなり少なくなっているという報告が各地から上がっている。

 俺も、少なくとも野生のカーバンクルは一度も見た事が無い。


「随分珍しいペットを飼ってんだなぁ~プリシラちゃんはぁ」

「……ペットじゃなくて友達で相棒よ」


 イライラした口調でセレナが俺の発言を訂正してくる。

 友達、ねぇ。


「――好い加減付き纏うのやめてくれない? 私はアンタなんかに興味無いのよ」

「そう? 俺様はセレナちゃんに興味深々だけどなぁ~」

「……10数えるからその間に失せろ。さもなきゃマジでぶっ飛ばすわよ」

「おお、怖い怖い……まあそれはそれとして、セレナちゃんはこれからどうする気なんだーい?」

「その山賊とかいう奴をぶちのめす。私の友達を傷付けるなら誰であろうと許さない」

「なーんでわざわざセレナちゃんが自ら出向かないと行けないのさぁ~? 聖王都の兵隊さんに任せりゃ良いじゃないのさー」

「あんなのに任せてたら、ルビィが殺される。今すぐ行かないと行けないのよ。っていうか付いて来るな!」


 先程から、セレナは街中の人混みを避け、上手い具合に路地裏を抜けながら聖王都の外を目指して道を駆け抜けている。

 この聖王都の内情は、新王へと代変わりしてから大分明るいものになった。

 しかしながら、その代変わりの騒乱の最中、多くの兵が命を落とし、また新王の意向で無駄に膨れ上がっていた軍の解体が行われた為、国の兵の数が少々心許ない状況である。

 その足りない分を、ギルドという概念が補填する。それが新王の考えなのだろうが、唯一の欠点として国視点での些事に対して身動きが鈍くなるというものがある。

 内乱、戦争、街の襲撃といった明確な国の危機に対してであらば、優先順位が何よりも上になるのは当然なので、国の保有する軍を向かわせるのは当然だ。

 しかしながら、兵の数が減った事により魔物の事前討伐や郊外の賊の討伐という、国視点では今すぐしなくとも大事は無いという事柄に対してやや後手に回りやすくなる。

 そういった事柄を投げる先として新設されたのがギルドなのだが、こちらは依頼を受け、その依頼を受けてくれる人物を見付け、ようやく仕事が開始される。

 故に、その事務作業と人手を見付けるまでのタイムラグが緊急時には足枷になるのだ。

 無論、そのタイムラグのせいで国家規模の危険に陥るならば、そもそもそんな案件はギルドには投げずに国自ら解決すれば良い。

 そうすれば有事の際も問題無いので、合理的な考えではあると思う。

 だが、プリシラの問題はギルドに投げるには余りにも遅過ぎる。

 酷い見方ではあるが、国の視点からすれば、ただの一学生にしか過ぎないプリシラの飼っているペットが一匹死んだ所で、だからどうしたで終わる。

 そんな瑣末な出来事に国が手を回すような余裕は無い。あの新王様の多忙っぷりを風の噂で聞いてればそう思う。

 

「――プリシラを無視してルビィだけ賊が奪って行ったなら、その賊はカーバンクルの価値を知ってる。なら何時殺されてもおかしくない」

「成る程ねぇ~。お友達の為に一肌脱いじゃう訳だぁ~。お美しい友情だねぇ~、俺様ますます惚れちゃうぜぇ~ぎっひっひっひ! 俺様もちょっと手伝っちゃおうかなぁ~? 俺様の大活躍を見て、きっとセレナちゃんも惚れ直す事間違いなし! ってかぁ!?」

「……アンタみたいな奴の力なんて借りる必要ない。私一人で充分よ」

「ん? あらそう? だったら俺様、影ながらセレナちゃんの大活躍、見届けさせて貰おうかなぁ~?」


 ――カーバンクルの魔石とは、即ちカーバンクルの額に存在する宝石の事だ。

 これを武器に加工する等、道具として扱える状態にするという事は、即ちカーバンクルから魔石を身体から剥がす事に他ならない。

 カーバンクルの死体から取っても、生きている状態から取っても、魔石としての質はどちらも変わらない。

 だから人道的な視点で考えるのであらば、カーバンクルが普通に寿命で死んだ後の魔石を使った方が良いのだろう。

 しかし、そんな事は賊には関係無いだろう。

 わざわざ寿命が尽きるまで生かしておく必要は無いし、寿命で死のうが今この場でくびり殺そうが、どちらでも魔石の質が変わらないのであらば、即座に絞め殺してしまうだろう。

 しかしながら、カーバンクル自体がちょっと戦闘を齧った程度の素人相手では間違いなく手に余るレベルの凶暴な魔物なので、そんなにすぐに殺される事はないと思うが。

 それでも時間が経てば分からないだろうから、セレナが焦る気持ちも分かる。


 ま、随分と自信満々みたいだし、ちょっくら暇潰しにセレナちゃんとやらの腕前、見物でもさせて貰いましょうかねぇ。

「――良し、5時15分前に着いた! ライゼルはまだ来てないみたいね、これでもしライゼルが5時過ぎて来たら思いっきり罵ってやるんだから!」

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