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117.逆鱗

 遠距離からの攻撃では、黒竜が動き回って狙いが定まらない。

 その上、回避行動も取るとなれば、遠距離から当てるなどという離れ業は、不可能に近い。

 ならば、手は一つ。


 直接、叩き込むしかない。


 ドラゴンの体表は、その黒い竜鱗に覆われている。

 竜麟の強度は鋼鉄すら凌ぐ程であり、文字通り歯が立たない。

 だが、ドラゴンと言えど生物。

 本当に全身全てが鱗で覆われていては、生命として生きては行けない。


「セレナ殿! こちらへ!」


 空中戦――というより、逃亡劇を繰り広げていたセレナを呼び止め、その足を向けさせるミサト。

 その声に反応したセレナは、杖で飛行したまま、擦れ違う形でミサトの元へ向かう。

 地を蹴り、セレナの杖を掴むミサト。


「セレナ殿――熱っ!」

「そこには触らないで!」


 魔法陣の酷使により、赤熱している部分をうっかり掴んでしまったミサトが、思わず声を上げる。

 まるで、焼きごてを思いきり握りしめてしまった状態だ。

 反射的に手を離し、落下してしまいそうになるが、冷静に掴む場所を変えるミサト。

 飛行中のセレナから手を離せば、空を飛べる訳ではないミサトは落下を免れる事は出来ない。


「逃げるので精一杯で放熱が間に合わないのよ! それより、何か手は!? わざわざ呼び止める位なんだから何かあるんでしょ!?」

「生憎、拙者はセレナ殿のように自由に空を飛ぶ手段は持っていないでござる。援護して頂きたい次第」

「何する気よ?」

「あのドラゴン、拙者の攻撃を避けた事があったでござる。避けたという事は、ドラゴンにとって嫌な位置に攻撃が当たる――」


 高度を急激に上げるセレナ。

 先程まで飛んでいた飛行ルート上を貫く、赫々(かっかく)と輝く閃光。

 無茶な軌道はセレナも承知しているが、そうでもしなければ避けられなかった。

 振り落とされぬように意識を集中した事で、ミサトの言葉が中断される。


「分かった! 簡潔に説明して!」

「ドラゴンの鱗に覆われていない箇所が弱点! 目を狙うでござる、それに対し援護を!」

「了解! 落ちた時に可能なら拾ってやるから後は何とかしなさい!」


 黒竜の顎門が迫る。

 生え揃った鋭利な牙。

 喰い付かれれば、絶命は必至。

 セレナの全速力をもってしても、振り切る事は不可能。

 じわじわと空中で距離を詰められる。


 セレナが、少しだけ軌道を変える。

 やや上空に向けて飛び上がる軌道だ。

 当然、黒竜もそれに倣い飛行ルートを変えようとする――


「ウィンドバースト!」


 直後、セレナが空中で急激に失速する!

 黒竜とセレナの相対速度が大きく変化した事で、セレナとミサトは黒竜の頭上を掠めていく。


 飛行の為、そして追い付かれない為に黒竜に向けて放っている攻撃魔法の為。

 魔法陣を刻んだ杖は、既に真っ赤に熱を放っている。

 これ以上杖の魔法陣による補助に任せて魔法を使用していれば、何時魔法陣が魔力伝導熱によって使用不能になるか分からない。

 魔法陣の補助ではない、詠唱での魔法発動が必要だ。

 なので、セレナは詠唱を行った。

 自分に出来る、限界まで詠唱時間を削った魔法。

 元々は、接近戦を挑まれたら勝ち目の無いセレナが、迫って来る相手を吹き飛ばし、距離を取る為の魔法。

 何よりも早く発動させ、相手を吹き飛ばす事以外の全てを切り捨てた最速の魔法。

 与える威力すら切り捨てた為、この魔法は直撃してもそれ自体に攻撃力は皆無。

 だがそれが逆に、自分に対して使うという利用法が生まれた。


 極限まで詠唱時間を削った、最速詠唱によって放たれた風属性魔法。

 それをセレナは、自らの飛行ルート前方に発動したのだ。

 魔法によって生み出された突風にわざと直撃し、空中で強引にブレーキを掛けた形である。

 何も無い空中で、まるで壁に激突したかのように速度を落とし、軌道が変化する。

 それに黒竜は咄嗟に対応出来ず、頭上を吹き飛んでいくセレナを通り過ぎて行った。


「――いざ」


 セレナだけ(・・)が、通り過ぎて行った。

 擦れ違う刹那、黒竜の背に飛び降りたミサト。

 肌を斬るような風の中、竜鱗を蹴り、ミサトは黒竜の背を走り抜ける!

 吹き付ける風の抵抗と、山かと見紛う程の巨体故に、一足飛びにとまではいかないが。

 それでも着実に、黒竜の頭部に向けて足を進める。

 狙うべきは、目。

 それ以外の場所は竜鱗に覆われ、攻撃が通らない。

 目前まで迫り――


「ぐっ!?」


 刃を振り上げた直後。

 黒竜の機動が、不自然に変化した。

 それはまるで、戦闘機のバレルロールの如き機動。

 空中でその巨体を回転させ、背に乗っていたミサトを振り落としたのだ。


 踏み止まる事叶わず、空中へと放り出されるミサト。

 咄嗟に遠距離攻撃も試みるが、全てかわされる。

 数秒程自由落下した後、高速で飛来したセレナに拾われるミサト。


「かたじけないでござる」

「必ず拾える訳じゃないから、油断しないでよ!」


 再び、魔法による急激な軌道変化で黒竜の背後に移動するセレナ。

 人間は、黒竜と比べて余りにも小さい。

 だが、人間が虫やネズミを捕えるのに手間取るように。

 ゾウやカバの動きが人間からすればやや緩慢に見えるように。

 図体の差が広がれば広がる程、生物というのは鈍重になるのだ。

 鈍重故に、逃げに徹したセレナをギリギリで捉えきれない黒竜。

 無論、鈍重とはいえ相手は天災にも例えられるドラゴンだ。

 何時までも逃げ切れるものではない。

 首の皮一枚とはいえ、逃げ切れているのは、ひとえにセレナの持つ魔法の才故だ。

 他の並みの魔法使いであらば、既にその顎門に飲み込まれるか、ブレス攻撃によって消し飛ばされているだろう。


 セレナの援護により、再び黒竜の背に降り立つミサト。


「……拙者がここに居るのは、分かっているのでござろう?」


 先程、黒竜は空中で突然回転し、ミサトを振り落とした。

 今までにそんな動きは見せておらず、突如そんな行動を取り始める理由。

 あるとすれば、それは背中に乗った虫けら(・・・)を振り落とす以外に考えられない。

 つまり、黒竜は背中にミサトが乗っている事に気付いている。

 だがしかし、振り落とす素振りは見せない。


 ――お前なんぞ、何時でも振り落とせる。


 そんな幻聴が、聞こえるかのようだ。


「……こうもコケにされては、尚の事退く訳にはいかないでござるな」


 符を手に取り、一つを発動させ、刀身が青く輝く。

 もう一つは、指に挟みこんで手に保持したまま。

 再び、黒竜の背を駆けるミサト。

 黒竜の頭部まで迫り――


 先程の、再現。

 黒竜は再度空中で身を捩り、身体を回転させる!

 その速度は余りにも早く、ミサトは黒竜の背に踏み止まる事が出来ず、振り落とされ――


氷月閃(ひげっせん)!」


 直後、ミサトは魔法剣を放つ。

 その刀身に宿った、氷の魔力によって形成される、三日月のように弧を描く、氷の刃。

 だが、向きがおかしい。

 黒竜の居る方向とは違う、明後日の方向。

 振り落とされる際に、放つべき方向が狂ったのだろうか?

 否、違う。

 ミサトが放った、氷の刃とでも言うべき飛ぶ斬撃。

 本来であらば、それは振り抜いた勢いのまま、真っ直ぐに飛んで行く。

 ミサトの持つ遠距離攻撃手段の一つなのだが――飛ばない。

 正確には飛んではいるのだが、速度が遅い。

 放った直後から失速し、やがて落下していくミサトと距離が迫る。

 氷の刃の背を、蹴り付ける!


「振り落とされると初めから分かっているならば――!」


 セレナが、敵を吹き飛ばす為の魔法を自分に使うという応用を見せたように。

 ミサトもまた、変則的な方法をこの土壇場で用いたのだ。

 自らの放った魔法剣を、踏み台にして空中で踏み止まり、再び黒竜へと迫る!

 炎の刃ではなく、氷の刃にしたのは、実体の無い炎では蹴り付けて空中で軌道を変える事が出来ないからだ。

 指に挟んで保持していた符に魔力を流し、再び刀身に緋色が宿る。

 氷の刃を蹴り、飛び掛かる!

 狙いは、黒竜の目。

 駄目でも、黒竜の背に再び飛び乗って仕切り直しは出来る。


 ――白に近い、強烈な熱源。

 まるでお前がそう来るのは知っていたとばかりに、開かれた顎門。

 口腔の奥に宿る光。

 ミサトに向けられた、何もかもを焼き尽くす――絶死の閃光。

 防御は出来ない。

 空中では、セレナとは違いミサトは軌道を咄嗟に変えられない。

 小細工の種は、既に使ってしまっている。

 回避するのも、不可能。

 ミサトは目でセレナを探す。

 見付けたが、咄嗟に駆け付けられる距離ではない。

 セレナがミサトの元に辿り着くよりも先に、黒竜のブレス攻撃がミサトを飲み込むだろう。

 目の前に迫る死に、覚悟を決めるミサト。


「こおおぉぉぉぉっのおおおぉぉぉぉ!!」


 それは正に、青天の霹靂(へきれき)

 突如飛来した物体が、黒竜の下顎部分に直撃!

 ダメージこそ無いものの、照準が僅かに逸れ。

 放たれたブレス攻撃は、ミサトのすぐ真横を掠めて行く。

 更に、立て続けに飛び込む大小の岩塊。

 否、それは岩ではなかった。


「私をおおぉぉぉぉ!! 無視するなあああぁぁぁ!!」


 地上から轟く、咆哮。

 蚊帳の外に置かれたままのフィーナが上げた、怒声であった。

 飛ぶ事は出来ない。

 遠距離攻撃手段も無い。

 そんなフィーナが取った行動とは、原初的過ぎる方法――即ち、投石であった。

 しかも、黒竜をぐら付かせる程度には威力のある、投擲(とうてき)

 速度だけでなく、巨大で質量も十分。

 投げているのは石ではなく、瓦礫。

 ファーマイングの壁を、家屋を。

 黒竜が好き放題破壊してくれたお蔭で、投げるモノには困らない状態。

 ミサトやセレナが空中で黒竜との戦いを繰り広げていた最中、フィーナはずっと蚊帳の外であった。

 瓦礫に押し潰されたまま、まだ息のある人を救出しつつ。

 瓦礫の処分に困ったフィーナ。

 ガン無視されている事にも苛立ち、姿を一向に現さないライゼルにムカつき。

 フィーナちゃんはそんな状況で閃いたのだ。

 瓦礫を持ち上げて、下に居る人を救い。

 この瓦礫をドラゴンに向けてぶん投げれば、少しは攻撃になるのではないかと。

 一石二鳥のナイスな作戦であった。

 投げている相手は鳥ではなく竜だが。


 フィーナは元々は、ただの村娘である。

 だが、しかし。

 ライゼルという規格外にずっと付いて回っていた村娘である。

 弄り嫌がらせという名のライゼルの特訓に付き合い続けた結果、知らず知らずの内にフィーナの実力は上がっていた。

 瓦礫を単身で持ち上げ、挙句それをドラゴンに向けて投げ付ける。

 常人には思い付かない発想であり、そもそもそれを実行出来る訳が無いのだ。

 だが、フィーナはそれをやってのけた。

 まるで生きる重機、魔法使いとはまた違った意味での、人間砲台と化していた。


「好機!」


 援護する、という考えは大して無かったのだろうが。

 怒りに任せたフィーナの瓦礫投擲攻撃は、ミサトに対する強烈な援護になった。

 翼を持たないミサトのすぐ側に、いくつもの足場が突如現れたのだ。

 黒竜に対してダメージこそ入らないものの、ブレス攻撃の照準を狂わせる程度にはよろめかせる威力を持つ。

 それだけの質量を持つ瓦礫であらば、ミサトの足場として十二分に役割を果たせる。

 ロクな足場が無いが故に、身動きを制限されていたミサトに、足場が与えられたのだ。

 瓦礫の影に身を隠し、瓦礫を蹴って空中を移動。

 その動きは、今までとは比べ物にならない程に鋭敏。

 鈍重な黒竜では、対応し切れない程に。


 閃く剣閃。


 轟く、大気を揺るがす咆哮。


 振り抜いたミサトの剣閃は、黒竜の目を切り裂いた。


「やはり、目が弱点だったようでござるな!」


 尚も飛来する瓦礫を足蹴にしつつ、セレナに拾われてその場から離脱するミサト。

 天災に例えられる、ドラゴンという存在。

 人に抗う事は不可能で、それを成せるとすれば、勇者や英雄と呼ばれるような存在のみ。

 そんな相手に対し、フィーナは、セレナは、ミサトは。

 三人がかりによる連携の賜物とはいえ。



 生きる天災に、傷を与えたのだ。


 






「――調子に乗るなよ、人間風情が――!!」


 黒竜に、傷を与えた。

 それが黒竜の、逆鱗に触れた。

 大気を揺るがす、怒声。

 黒竜が、口を開き。


「地に伏す愚かな贄を食らい尽くせ!」


 黒竜の頭上に現れる、天を覆い尽くす暗雲。

 ファーマイング一帯を覆い尽くす程の広域に、その暗雲は拡散し――


「ライトニングフォール!!」


 黒竜は、引き金を引く。


 天より降り注ぐ、無作為無差別の雷撃。

 空も大地も引き裂く、落雷の嵐とでも呼ぶべき破砕の嵐!

 大気は鳴動し、大地が爆ぜ、巨石が砕け、木々が炎に包まれる!

 未だ逃げ惑う人々の悲鳴すら飲み込み――世界全てが、落雷の光によって掻き消されてしまうのではないかと錯覚する程の――魔法攻撃。


 人を舐めていた。

 故に黒竜は、傷を負った。

 その事実に怒り、黒竜は目の前の相手を弄ぶのを止めた。



 本気で殺すと、決断を下した。

 

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