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116.人の足掻き

 世界最大都市の一つにも数えられる、大農業都市 ファーマイング。

 争いとは無縁であったこの土地が、戦場と成り果てる。

 これが戦禍が発生し得る可能性がある場所であらば、装備と兵員が整っており、もう少しはまともな状況になったかもしれない。

 だが、戦地から遠く離れた内地に、そのような軍勢が置かれている訳が無かった。


 魔物と戦う常駐戦力も、ギルドに所属している戦闘要員も。

 斃れ、逃げ出し、混乱の渦中に放り込まれ、翻弄されていた。

 戦う力があるのに何故逃げ出すと、心無い一般市民が叱責するが、これを責めるのは酷というものだ。


 飛来せしは、黒き巨竜。

 ドラゴンが暴れれば、そこが天災の渦中と化す。

 ドラゴンという存在は、台風、洪水、地震、噴火――どうする事も出来ない、天災と同一視されている。

 天災を、人の力で鎮められる訳が無いのだ。

 立ち向かう事など、出来ない。

 人々に出来る事は、少しでも早く、その天災から距離を離し、一秒でも早く、その天災が収まる事を祈るのみ。

 災いに目を付けられないよう、震えて隠れるばかり。



 目を付けられれば、死が待つのみだ。



―――――――――――――――――――――――



「何でも良い! 時間を稼いで! デカいのぶつける位しか手なんて無いのよ! こっちに寄せ付けないで!」

「稼げって、どうすりゃ良いのよ!?」

「取り敢えず殴り付けてなさい! それ位しか出来ないでしょ!」

「刃が通るとは思えないでござるが、そうする他無いでござるな!」


 ――災いに、目を付けられた。

 その先に有るのは、死だ。

 定められた死を前に、抗えぬ災害に立ち向かう、三人。

 目を付けられた以上、逃げる事は不可能。

 人よりも遥かに大きく、隠れても隠れ家諸共薙ぎ倒される。

 逃げ切ろうにも、その速度は生物界の頂点に立つ程の早さを誇る。

 そんな速度で、何処までも、何処までも追い掛けてくる。

 逃げ切れる訳が無い。

 逃げ切れぬのであらば、立ち向かう以外の選択肢が無いのだから。



 ドラゴンを倒せるだなどと、そんな事は考えてはいなかった。

 そこいらの凡人と比較すれば、確かにセレナとミサトは、秀でた才を有した人物なのかもしれない。

 だがそれは、彼女達が勇者や英雄の領域に立っている事にはならない。

 災厄を鎮めるのは、何時だって勇者や英雄と呼ばれる人々だ。

 それ以外の人々に出来る事は、勇者や英雄がこの地に現れるまで、少しでも足掻き続ける事。

 一時間、一分、一秒でも遅く。

 手札全てを用いて、確定した死を遠ざける事だけ。


「殴れって言われても……!」


 フィーナが、駆け出す。

 無論、黒竜から逃げる為に走っていない訳では無いのだが、逃げるという意図とは別の目的で走る。

 助走を付け、壁を蹴り、蹴り付けた壁がミシリと軋む程の脚力で跳躍する!

 砲弾の如く宙へと飛び出し、手甲を構え――振り抜く。

 黒い竜鱗と衝突し、手甲と竜鱗の間で甲高い金属音が鳴り響く。

 相手は生身の生物だというのに、まるで蒸気機関車に撥ねられたように吹っ飛ばされるフィーナ。

 辛うじて受け身を取り、たたらを踏みながらも着地する。


「こんなん、どうしろってのよ……」


 小石一つ蹴飛ばしたか、程度の素振りしか見せない黒竜。

 黒竜の目指す先は、セレナである。

 ある意味、セレナを見捨てればフィーナは逃げ切れるような状況になったとも言える。

 だがそれを、フィーナが良しとする訳が無かった。


「寄るなってのよ……! 私に触れて良いのはライゼル様だけなんだから!」


 杖に腰掛け、空を飛び続けていたセレナ。

 しかし、セレナの逃げる速度よりも黒竜の飛来速度の方が早い。

 フィーナによる妨害は役に立たず、セレナは次なる手を打つ。

 進行方向を横ではなく上――上空へと向け、更に速度を上げて飛び上がる!

 それに追従し、黒竜はセレナを見定め、翼を羽ばたかせた。

 僅かに逡巡し――腰掛けた杖を、黒竜目掛け構え直す。


「我が前に平伏せ! 重力の檻! 超重圧撃グラビティプレッシャー!」


 最大出力とばかりに、セレナの杖が赤茶けた強い光を放つ!

 飛行する為に用いていた術式が中断された為、セレナは空に留まる事が出来ず、落下を始めるが――

 黒竜の動きが、鈍る。

 目元を僅かに歪ませる黒竜。

 その巨大な翼で大気を打つが――高度を維持する事が出来ず、失墜していく。


 魔法を扱う者は、自分の性に合う魔法というのを見付ける必要がある。

 馴染みの無い魔法と得意な魔法では、出力に大きな差が生まれる。

 なので、それを見付けるのが魔力の扱いに慣れ、魔法使いとしての道を進む者が最初にすべき第一歩なのだ。

 そして既に、魔法使いとしての道を進み続けているセレナは、自分の性に合う魔法というモノをとうに見付け、研鑽を重ねていた。

 属性としては、地属性に分類される――重力魔法、そして拘束魔法。

 それこそが、セレナの最も得意とする魔法。

 重力という、目に見えない不可視の攻撃。

 その重力を増加させ、圧壊させる。

 例え相手がドラゴンであろうとも、空を飛んでいるのであらば、重力に抗って飛んでいるというのは鳥となんら変わりはしない。

 空高く飛び上がり、そこで飛ぶ事が不可能になれば――後は、落ちるだけだ。


「そのまま堕ちろ!」


 セレナを追い、黒竜は空高く飛び上がった。

 これで地面に激突し、それで黒竜が息絶えてくれれば良いが――それは期待薄だろう。

 実際、セレナもそんな甘い期待はしていなかった。

 ある程度ダメージが入って、怯んでくれればそれで御の字だと。



 ――黒竜の顎門が、開く。

 口腔の奥底から、一点の光が宿り――


「くっ!?」


 重力魔法を解除し、杖に捕まったまま全速力で黒竜から距離を離すセレナ!

 直後――紅蓮の閃光が迸る!

 セレナの判断が少しでも遅ければ、この炎の奔流に飲み込まれていただろう。

 増大した重力下では、流石のドラゴンでも飛び続ける事は不可能だった。

 だが飛べずとも、ドラゴンにはセレナに届く攻撃手段を有しているのだ。

 それこそがドラゴンという種が有する、魔力を帯びた遠距離攻撃――ブレス。

 落ちながらも、黒竜はセレナ目掛けそれを放ったのだ。


 首の皮一枚で、その攻撃をかわすセレナ。

 直撃すれば、タダでは済まない。

 そもそも、ドラゴンの攻撃なんてものは、そのどれもが一撃必殺といって良い破壊力を有しているのだ。

 回避出来たとはいうが、回避しなければならないのだ。

 当たれば、終わりなのだから。


 セレナの重力魔法が解けた事で、重力の(くびき)から解き放たれた黒竜。

 大地に叩き付けられる前に、空中で体勢を立て直し、再び翼を打ち鳴らす。


「飛べ! 緋炎刃(ひえんじん)!」


 その間隙を、ミサトが突く。

 セレナのように自由に空を飛ぶ事は出来ずとも、ミサトには遠距離から攻撃する手段がある。

 炎を宿した刀を振り抜くと、その緋色の軌跡を模ったような、弧の刃が黒竜目掛け飛んで行く。

 それは黒竜の竜鱗とぶつかり合い――砕けて散った。


「……歯が立たないとは、正にこの事でござるな」


 ミサトの攻撃を、全く意に介さない黒竜。

 フィーナの攻撃も、ミサトの攻撃も、直撃してる事はしているのだ。

 だが、効いていない。

 その強靭な竜鱗に阻まれ、ダメージが中まで入って行かない。

 効かないのだから、防ぐ為の防御行動も必要無い。

 妨害しようにも、止められない。

 黒竜もそれを理解しているのか、フィーナとミサトは完全に度外視している。

 自らを傷付け得る脅威は、セレナだけだと判断し、執拗にセレナを追い回す。

 ほぼ孤軍奮闘状態であるにも関わらず、賢明に逃げ続け、目の前の死を回避し続けるセレナ。


 だが、それにも限界がある。


「くうっ! もう魔法陣が!?」


 魔法使いにとって、魔力伝導熱は切っても切れない、常に頭を悩ませる問題だ。

 それは、銃の砲身が焼け付いて使い物にならなくなる感覚と似ている。

 地面が焼け付き、それでも尚行使し続ければ、熱によって地面が溶け、魔法陣は崩壊する。

 そうなれば良くて使用不能、悪ければ暴発して大惨事となる。

 そもそも、地面に魔法陣を書くと、魔法陣に魔力を流す為にその場から離れられない。

 防衛拠点でトーチカの如く使うのであらば、発熱を度外視すれば問題にはならないが、今は状況が違う。

 このような混戦、乱戦模様になってしまえば。また、敵が一撃でその区画を丸ごと吹き飛ばせるような破壊力を有しているならば。

 定点が必須のこの手段は役には立たない。

 地面に書いた魔法陣は、動かせないのだから。

 杖に刻まれた魔法陣を酷使せざるを得ず、既にセレナの杖は赤熱し、素手で触れば重篤な火傷になる程の熱量を有していた。

 このまま杖に刻んだ魔法陣に頼り続ければ、杖が完全に使用不能に陥る。


 ――そういう意味では、この状況において最適解を選択しているのがミサトであった。


 魔法陣は元から使い捨て。

 一発一発毎に符に刻まれた魔法陣を使い潰し、機動性を維持したまま、魔法を行使し続けられる。

 一発の破壊力では負けていても、ミサトはセレナよりも圧倒的に高回転、高頻度で攻撃を行えていた。


「――このままでは、符が持たないでござるな……」


 しかし最適解だが、その最適解は有限。

 冷却すれば再利用出来るフィーナやセレナとは違い、ミサトは残弾ありきでの戦闘スタイルだ。

 符が尽きれば、最早成す術は無い。

 残数がそっくりそのまま、命綱なのだ。


 効いていないが、本当に無敵なのか?

 攻撃する箇所を変えながら、何度も攻撃を続けるミサト。

 無駄遣いかもしれない、とは考えない。

 温存していても、死が待つのみだ。

 抱えて死ぬ位なら、使い切って死ぬ考えだ。


「――ん?」


 ミサトが、その違和感を感じ取った。

 黒竜が先程、僅かに首を逸らし、回避する素振りを見せたのだ。

 その違和感を確かめるべく、ミサトは再び氷の刃を飛ばす。

 黒竜の、顔に向けて。

 黒竜は、避けなかった。

 ここではない、そう判断し、ミサトは更に狙いを変える。


 ――避けた。


「成程、ドラゴンと言えども所詮は生物――目が弱点、という訳でござるな」


 効かないのであらば、避ける必要など無いのだ。

 避けたという事は、自らを害し得る攻撃、という事だ。

 先程から放っている攻撃と、威力は変わらない。

 威力の強弱による変動は無いとなれば、相手にとって都合が良いか悪いかの差でしかない。


 ドラゴンは、無敵ではない。

 無敵でないのであらば、手の打ちようはある。

 そうミサトは判断し、戦略を切り替えた。

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