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113."過去"より来る

「納得いかない」


 ファーマイングの不動産屋を巡り、片っ端から職員物件共に切り捨て御免の辻斬りを繰り返した結果。

 セレナの未来図というお眼鏡に適う物件は、このファーマイングには無いようであった。

 無論、物件というのは人の出入りや新たに作られ解体される物件の増減により、その数は変動する。

 待てばもしかしたら、セレナの理想に一致する物件が現れるかもしれないが、それには時間を要するだろう。

 そしてライゼルは、それを気長に待つような性格の人物ではない。

 そんな微妙な苛立ちの雰囲気を感じ取ったのか、セレナは提案する。


「このファーマイングには良い物件は無いみたいですから、次の候補地に移動しませんか? 聖王都か、ロンバルディアか、どっちにしますか?」

「ん……? まあ、そこは任せるわ」


 寝床に身体を横たえながら、興味無さそうに間の抜けた返答を返すライゼル。


「距離で近いのは聖王都ですけど、早く着くのはロンバルディアですね。どっちに行くにしても、良い物件が無いなら移動する事になりますけどね」

「ん? 何で距離が遠いのに早く着くの?」

「鉄道が原因ですね。本当、ロンバルディアのあの技術がこの国にもあれば良いんですけどね」


 距離が遠くとも、移動速度が圧倒的に早ければ到着は早い、という事である。

 道中をずっと馬車に頼るファーレンハイト国内の移動手段に対し、ロンバルディア国内において馬車での移動というのは、短距離での移動以外で用いられる事は無い。

 製造費という意味では蒸気機関車の方が馬よりも圧倒的に高いが、その後の移動距離と燃費の比較や維持費、一度に運べる物資の量等を計算すれば、蒸気機関車の方が圧倒的に優れており、ロンバルディア国内での馬車の需要というのは下火になっているのが現実だ。

 それに加え、ロンバルディアでは技術力の向上によりこの蒸気機関というのを小さくまとめる事にも成功しており、自動車という新たな移動手段も得ているらしい。

 小さくなってもその力は人力とは比較にならないものであり、蒸気機関車では出来ない小回りの要求される移動にも、徐々にこの自動車が浸透し始めているとの事。

 これにより、尚の事ロンバルディア国内での馬車の需要は低迷の一途を辿るだろう事は予想できる。


 ロンバルディア以外では馬による移動はまだまだメジャーな移動手段であるのだが、ロンバルディア国内では馬を移動手段として使うのは最早過去の物のようだ。

 この移動力を今のファーレンハイト及びレオパルドの王は高く評価しており、ロンバルディアと提携してこの鉄道網を自国に取り入れられないか交渉している最中だ。

 もしこれらがファーレンハイトにも普及すれば、今よりもより早く、より遠くまで移動出来るようになるだろうが……それはまだ、先の話だろう。


「あの蒸気機関車っていうやつでの移動、早くて楽で良いよね」

「あーあ、近頃の若者はすーぐに楽しようとする。これだから最近の若者は」

「アンタ、私と同い年でしょうが」

「よし、決めた。次は聖王都に行くぞ、勿論、馬車は無しだ」

「えー!? 何でよ!?」

「そんなもん、決まってんだろ」

「理由は?」

「い・や・が・ら・せ☆」


 寝転がったまま、清々しい笑顔を浮かべたまま断言するライゼル。

 倒れ込みながらライゼルの頭部に対しエルボーを叩き込もうとするフィーナ!

 転がって回避するライゼル!


「外してやんの。ぷーくすくす」


 逃げるライゼル。

 追うフィーナ。

 部屋を抜け出し、その騒動は部屋の外へと波及していく。


「……次は、聖王都という場所に向かうのでござるか?」

「そうなるね」

「この国の首都だと聞いてるでござる。ロンバルディアも凄かったでござるが、きっと聖王都とやらも、高度に発展した見事な都市なのでござろう」

「聖王都は私のホームグラウンドみたいなものだからね。着いたら案内位は出来るよ?」

「ほほう、それならば是非お願いしたい所存でござる」


 未来の観光案内を確約するセレナとミサト。

 次の目的地も定まったので、セレナとミサトは早々に就寝の準備を始めた。

 ライゼルとフィーナが鬼ごっこを始めるのは今に始まった事ではないので、待つだけ無駄だと判断した為だ。


 平和で、何の変哲もない、長閑(のどか)な一日。

 そんなファーマイングでの一日が終わり、明日を迎えていく。



―――――――――――――――――――――――



 ファーマイングの防衛機構の一端を担う、都市部を取り囲む防御壁。

 魔族からの侵攻に備え、食糧の備蓄庫であるこの地を守るべく建立された堅牢な作りであり、更に外敵の接近を速やかに知らせるべく、監視網が周囲に点在している。

 その堅牢さは歴史が物語っており、過去に同じ人間同士での(いさか)いという下らない戦火に晒された時以外では、この都市が危機に陥った時は一度たりとも無かった。

 今ではそんな身内の争いは影を潜め、魔族という脅威だった存在も、ここまで攻めてくる事も無い。

 何しろ、ファーレンハイトとレオパルド、その両国のトップの仲は今までの歴史を考えれば信じられない程に良好なのだ。

 外交という建前を使ってはいるが、レオパルドの王が時折、ファーレンハイトに私用で訪れる事からも窺い知れる。


 時折、組織立った魔物が徒党を組んでやってくる事もあるが、それも目的はこの都市に攻め込む事ではない。

 この見渡す限りに広がった、畑に実った作物を食い荒らす事が目標であり、ここまで来る事も無い。

 無論、そういった魔物の来襲を見逃す訳にも行かないので、この防御壁に配置された人員は、そのような不届き者を見付け、討伐に当たるのが主な任務となっている。

 しかしながら、ここに配置された人員の気持ちはどうしても弛んでしまう。

 襲撃も無い。

 あっても、戦いというよりは狩りに近かった。

 魔物如きではこの壁を破る事は叶わず、圧倒的有利な高所から、攻撃を加えて仕留める。

 倒せれば一番だが、それで作物を荒らす害獣が逃げ帰ってもそれで勝利なのだ。

 そんな環境下で、警戒しろ、と言われても心理的に無理だというものだ。


 ファーマイングに、新たな一日が訪れる。

 朝日が再び大地を照らし、この世界に朝が訪れる。

 日が巡り、弛緩し切った何ら変わり映えのしない――平和な毎日。



 だからこそ、それ(・・)を見て呆気にとられた。



 朝日が差すべき大地に、暗く、巨大な影を落とす。

 陽光を遮り、空に浮かぶ異質な黒点。

 それは高速で飛来し、その巨体を露にする。


 光を飲み込む漆黒の体躯。

 隠し切れない獰猛さを滲ませた赤い瞳。

 口元に生え揃った白い牙は、その一本一本が人間の子供の背丈と同じ位の大きさを誇る。

 広げた双翼は、小さな集落であらば丸々包み込んでしまう程に巨大。

 それは最早、生物というよりは動く山、空を飛ぶ砦とも呼べる代物。

 事実、この生物は生きる災害とでも呼ぶべき存在。

 この存在の前では、人という存在は余りにも無力。

 そんな一個が、阻むものの無い空を、蒸気機関車以上の速度を持って飛来し――


「敵襲ううううぅぅぅぅぅぅ!!!」


 我に返った、警備兵の一人が。

 恐怖心を滲ませた声色ながらも、自らの役目を果たすべく、全霊の限り叫ぶ!

 だが、意識を取り戻すのが余りにも遅かった。

 その飛来する速度の前に、僅かに生まれた意識の空白は、余りにも致命的であった。


 黒き巨体が、その強靭な爪を壁に食い込ませる。

 否、食い込んですらいない。

 飛び込んだ際の自らの勢いを殺し、着陸する為に足蹴にした結果。

 このファーマイングを守り続けた堅牢な壁は、その準備動作とでも言うべき所作の前に、余りにもあっけなく崩れ去った。

 人の生み出した建造物、そんなもの、この存在にとっては塵芥同然。

 破壊された壁の破片が空を舞い、住宅地の区画に一つ、また一つ、落下していく。

 その一つ一つがまるで砲弾の如き破壊力を有しており、ただただ日々を過ごしていただけの人々の頭上に降り注いだ。

 自分の勢いを殺し切れず、土埃と共に地面を滑る。

 数百メートル程滑って停止したが、その距離も、飛来した巨躯からすれば誤差みたいなものであった。

 その程度、この存在が数歩歩けばすぐに移動出来る。


 巨体が、身体を起こす。

 その目が、この地に暮らす人々全てを睥睨(へいげい)する。



 ――それは、見る者全てに絶対的な畏怖を与え、存在感を誇示する……黒きドラゴンであった。




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