110.その後のユースヴァニア
「これから、私達はどうすれば良いのでしょうか……?」
「知るかよ。テメェの頭で考えろ」
何もかもが消え失せた、ユースヴァニア村――跡地という言葉が相応しいその場で、吐き捨てる。
先刻まで空を覆い尽くしていた、死毒の霧は欠片一つ残さず天へと昇った。
最早この村に、巫女などという役割の必要性は無くなった。
ライゼルは、自らの起こした天災により雲一つ残さず晴れ渡った、澄み渡った青空へと視線を向けたまま。
「――お前等は、生きてるんだから」
そう、ウラライカへと言い残し。
何処へと向けて、その足を進め始めた。
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「――酷いな」
「ドラゴンか何かでも暴れたんですかねえ?」
二人の男が、村の痕跡が消え失せてしまったユースヴァニアの地で、漏らすように呟く。
煤けたような茶色い髪の男と、炎の如き赤髪の男。
それは、ファーレンハイト王に仕える宮廷近衛隊長――ロンドキアと、その男が仕える主。
即ち、グラウベ・トレイス・ハインリッヒ・ファーレンハイト、その人であった。
「情報ならばガレシアから既に受けている。何やらこの地で、強力な魔力反応があったそうだ」
「強力って言ってもねえ。具体的にどれ位か――」
「最低でも"四天王"クラスだそうだ。下手すれば、それ以上もある、と」
「……そいつは、また」
ロンドキアは一瞬、驚きに目を見開くが。
直後、その顔に不敵な笑みが宿る。
「そんな場所に半端な連中を寄越す訳にも行かんだろう。もう反応は消えたらしいが、下手撃てば無駄に兵が死ぬだけだ」
「確かにそうだな。でも見た所、何も無いぜ? もし居たなら、久し振りに滾る相手だったんだろうがなあ」
ロンドキアの言う通り、このユースヴァニア村の跡地は、何も無い。
家屋も畑も、何もかも吹き飛んだからだ。
最早ここで、生活を営むのは不可能である。
生活基盤を立て直すにしても、年単位での復旧が必要だろう。
食糧の備蓄も、寝食する場所も無い以上、自力で立ち直るのは不可能。
国の支援が必要不可欠であった。
だが、ここにはそれを決断・実行出来る人物が存在している。
「ここの住民は?」
「住民だけは無事らしいぜ? この惨状見てると、どうして住民が無事なのか不思議でしょうがないけどな」
「この村は放棄する他あるまい。住民は近隣の集落に移動、立て直すにしろ捨てるにしろ、保護が必要だ。災害給付金を支給せねばならんな、国庫を開けるとしよう」
「さっすが王様。気前良いねぇ」
「茶化すな。前王が搾り上げていた資産を元に戻しているだけに過ぎん」
ここに居るは、ファーレンハイトを統べる王。
血濡れの独裁者。
彼の決断で、国は動く。
「それと、この村の住民に話を聞きに行くぞ」
「なら、俺もちょいと同行しようかね。この村がこんなになっちまった原因とやらが、気になるからな」
災害は、既に過ぎ去った後。
可及的速やかに対応せねばならない事態は、もうここには無い。
今せねばならない事は、調査と事後報告である。
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元、ユースヴァニア村住民は、王自らの勅命にて一ヵ所へと集められた。
一室へと一人ずつ、次々に案内され、国の頭直々に聞き取りを行う。
その顔を目の当たりにした民は、皆一様に動揺し、顔を青褪め、挙動不審になりつつも、王の言葉に対し真摯に答えていく。
一人、また一人と証言を取っていく。
――この世の終わりみたいな、黒が空を覆い尽くしたんだ。
――もしあの旅の魔法使いが居なかったら、俺達も吹き飛んでた。
――あの服って、王立魔法学院の服だったはず、です。
――見た事も無いような、とんでもない嵐だった。精霊様の怒りかと思う程に。
――黒衣の男が、何もかも滅茶苦茶にしていった。
次々に住民から提言された証言が積み上がっていき、次第にユースヴァニア村で起きた出来事が見え始める。
「黒衣の男、それと王立魔法学院の奴ねえ」
「学院出身なのであらば、ガレシアに話を聞けばすぐに分かる」
「黒衣の男ってのが気になるな。多分、そいつが元凶だろ?」
「そいつにも、心当たりがある」
「おっと、そいつは意外だな」
「だが、今は聞き取りの方が最優先だ。その男の行方は、こちらから探そうとすると基本的に雲を掴むような話だからな」
そして、最後の人物。
「――ユースヴァニア村で、巫女になる予定だった、ウラライカと申します」
「巫女? 何だそれは?」
ウラライカは、巫女というモノがどういうものなのかを説明する。
遥か昔、この村で起きた出来事を。
そして、封じ込められた悪霊の存在。
代々、命を減らし続け、犠牲になり続けた巫女という存在。
「成程、そういう事か」
一通りの聞き取りを終え、グラウベは結論を出す。
「自らの領内で起きた、それ程の大惨事。当時の国王が知らない訳が無い。対処出来ないと、封印を施した事で問題は一旦終息を迎えた訳だ」
用意されていた飲料に手を付け、口を湿らせつつ、グラウベは続ける。
「問題を先送りにしている内に、この村以外の場所ではその問題が風化し、忘れ去られていったのだ。今回、その先送りしていた問題が偶発的な原因により再発、そしてそれが未然に阻止されたというだけだ」
「その黒衣の男って奴が、戦犯にして救世主って俺は認識したんだが、それで合ってるか?」
「概ね同意だ。そして、その死毒の霧竜は既に討ち取られた後。過去の脅威は、既に去った後という事だ」
「残念だな。まだ居るなら、俺自ら相手してやりたかったってのによ」
「――陛下! 国王陛下!!」
弛緩した空気の中に飛び込む、一人の兵。
その顔に浮かぶは、焦燥の色。
良くない報せだと、直感的に感じ取ったグラウベとロンドキアは、気を引き締める。
「騒々しい、何用だ」
飛び込んで来た兵は、自らの胸元に手を当て、王と上官に敬意を示した後に報告を始める。
「ファーマイングからの報告です! 大農業都市に、漆黒の竜が現れたとの情報が入りました!」
「竜? ワイバーンの見間違いじゃないのか?」
「間違いなく、ドラゴンだとの事です! それも、過去例に無い程に巨大だと! 常駐戦力での対抗は不可能、至急応援を送られたし! 以上です!」
「この村でのドラゴン騒ぎといい、随分とドラゴンが連発するなあ。まるでバーゲンセールだ、ドラゴンってそんなに居るもんなのか?」
「この世界に居るドラゴンの大半は、"竜将"の支配下もとい庇護下にある。それに外れた野良ドラゴンも居ない訳では無いが、レア中のレアケースだ」
「じゃ、今回のは落雷に打たれたようなモンって事か?」
「そういう事になるな」
「おいおい、この国大丈夫か? 踏んだり蹴ったりじゃねえか」
「それをどうにかするのがお前の仕事だろう」
「ま、そうなんだけどよ。ファーマイングで間違い無いんだな?」
「間違いありません!」
「よし、なら俺が直々に向かう。馬を用意しろ」
「はっ! 直ちに手配します!」
「その必要は無い。馬は不要だ」
ロンドキアの指示で動き出した兵は、グラウベの言葉によって停止させられ。
「――私とロンドキアで向かう。飛ぶぞ、覚悟しておけ」
「……お前の"飛ぶ"だと? "発射"の間違いだろ?」
兵の前であるにも関わらず、ロンドキアの敬語が崩れる。
本来なら無礼極まりない行為なのだが、グラウベは特に気にする様子も無い。
「馬で行くよりも余程早かろう」
「そりゃ、まあ、そうなんですがねえ……」
「腹を決めろ。ドラゴンだというのならもたついている猶予は無い。怖いのなら、私一人で行くまでだ」
「冗談。ちっと着地が痛えのを覚悟すりゃいいだけって話だろ?」
「なら、行くぞ」
「あー、なーんでこんな時にガレシアの奴が居ないのかねえ! アイツならもうちっと優しい飛び方してくれるってのによお!」
ロンドキアが愚痴を零しつつも、グラウベの後に続き、家屋を後にする。
家屋の外で、大砲でもぶちかましたのかと錯覚する程の轟音が鳴り響く。
音に驚き飛び出した兵だが、ロンドキアとグラウベの姿は、既にこの場を離れた後であった。