102.歴史が動く時 ‐1‐
「――聖王都に来るのは、久し振りだな! 古都というのは何だか気分が高揚しては来ないか!?」
「田舎のお上りさんか何かかよ。元気だねぇ姉弟子様よぉ」
「そういうキミは声に覇気がないぞ。もう少しシャンとしたらどうだ?」
「……無理矢理連れ歩いてるのはお前だろうが!」
げんなりした様子でツッコミを入れるライゼル。
何処となくそのツッコミにも元気がない。
内乱が起きたというので、さぞ首都は酷い事になっているのだろうと、二人は想像していたのだが。
実際に訪れてみると、案外そうでもないようだ。
多少、城の一部が崩壊していたりはするのだが、下町に関してはほぼノーダメージに等しい。
というより、城に近ければ近い程ダメージがあるようで、どうやら実際に市街戦になったのは城とその周辺らしい。
式典の最中に謀反を起こしたという話なので、その戦禍の真っ只中になったのも式典を行っていた城だという事か。
どうやら下町に戦禍が広まる前に、速やかに内乱を完遂させたらしい。
何も関係ない住民にあまり犠牲を出さずに、目的だけを達する。
声高に褒める事でもないが、クーデターとしては理想的な流れなのだろう。
城にはダメージが多少あるが、それもどうやら少しずつではあるが復興しているようだ。
市政に混乱も、あまり無いように見える。
「やはり、第三王子とやらは王城に居るのだろうか? よし、では早速城に向かうとしようか」
「おい待て強行軍だから少し位――」
休ませろ、というライゼルの提案は風に流され消えていった。
―――――――――――――――――――――――
「何者だ!」
二人が城に向かうと、当然の事ではあるが衛兵に呼び止められる。
その気になれば忍び込む事も出来るのだろうが、わざわざ忍び込む理由が無いので、正面から堂々の来訪である。
「グラウベ第三王子に謁見したいのだが、可能だろうか?」
「無理だって言ってんだろうが! 少しは学習しろよ!?」
「聞きもせずに無理だと諦めるのは良くないぞ。もしかしたら、可能かもしれないじゃないか。聞くだけならタダだ」
「現在グラウベ陛下は多忙故に、謁見も伝言も受け付けていない」
瞬殺であった。
ライゼルの言う通り、知人でも何でもない、ただの一市民である二人にわざわざ国のトップが顔を見せねばならない理由は皆無である。
「むぅ、そうか……では、会いたいとは言わないが、次にグラウベ第三王子が市井に顔を見せるのは何時だろうか?」
「今の陛下はエルグランド第一王子やロンバルディア共和国の動向への対策で手一杯の状況だ。当分、我等の前に顔は見せないだろう」
「なー、もう良いだろ姉弟子様よぉー。少し休もうぜ、会えないって言ってんだからここで粘ってもしょうがねえだろうが」
リーゼロッテに振り回されてうんざりだとばかりに、ライゼルが唸った。
ライゼルの言う通り、城の入り口で延々と待ちぼうけしていても何時会えるかなど分かったものではない。
会えるようになるまで、少し時間を置くというのも有りではある。
「うむ、そうだな――」
なので、ライゼルの提案に従おうかと、リーゼロッテが考えた直後。
「――何だ、騒々しいな」
「ッ!? へ、陛下!? 城内に居たはずでは――」
幸運にも、その願いが叶う事になる。
背後に現れたのは、一人の男。
背は、高い。
女性としてはかなり長身なリーゼロッテと比べても、一回り程背も、ガタイも大きい。
燃えるような赤毛をオールバックで撫で付けた髪型。
地獄の業火を思わせるような赫赫たる|光を宿した切れ長の双眸。
肌は色白、目鼻立ちがはっきりとした、美形の遺伝子が作り出す、ギリシャ彫刻の如き美しさがある。
両腕には肘まで覆う程の、黒革の長手袋を身に着けており、腰には、刀身を布に包まれた剣を携えていた。
その男自身も。
また、彼の持つ剣も。
二人に強烈なプレッシャーを感じさせるに足る、いやそれ所か有り余る程の存在感を放っていた。
「おいおい、マジかよ……」
「……貴方が、グラウベ第三王子だとお見受けするが」
「ああ、そうだ。余が、グラウベ・トレイス・ファーレンハイトだ」
リーゼロッテの問いに、是と答えるグラウベ。
「質問したい事があるのだが、良いだろうか?」
「…………」
そのリーゼロッテの提案に、グラウベは即断せず、目を細める。
その視線はリーゼロッテを、そして、次にライゼルを。
両者を見極めんと、無言で注視し。
「――立ち話も何だ、城の中で話すとしよう」
グラウベは、二人を城の中へと案内する。
衛兵は敬礼し、城の主たるグラウベを出迎える。
グラウベの後ろに、リーゼロッテ、次いでライゼルが続く。
これが、ただの一市民であったのならば。
多忙である事は確かなグラウベからすれば、一笑に付して終わりだっただろう。
だが、グラウベは二人の資質を、この短時間で見切った。
――とんだ化け物がやって来たと、グラウベは考えていた。
もしそれを口にしたならば、一斉に「お前が言うな」とツッコミが入る所だが。
グラウベは、この二人に対して不用意な事を口にするべきではない、慎重な対応が必要だと判断した。
状況が状況である為、エルグランドの放った刺客の類であるかとも考えたが、それは即座に考えから外した。
グラウベを討つ為の刺客であるのならば、こうして相対した時点で刃を抜けば良いだけの話だ。
それをしないという事は、敵ではない――少なくとも、今は。
「――少々、荒れてはいるが。ここでならば話すのに相応しかろう。ここならば、周囲の眼も無いからな」
グラウベが二人を案内した先。
成程、ここならば、少なくともグラウベは立ち話ではない。
返り血の痕跡が僅かに残る、その玉座に腰を下ろし。
グラウベは、二人を睥睨する。
そこは、玉座の間であった。
「……ハッ。噂には聞いてたが、とんだ王子様だなこりゃ」
「ほう、聞いたというのはどんな噂だ?」
「王位欲しさに、肉親に手を掛けた悪逆非道の王子、だとよ」
「成程、間違ってはいないな」
「その血痕は、誰のモノだ?」
「私の父、つまり、先代国王のモノだ。つまり、先代国王はここで崩御したという訳だ」
「……お前が殺したのか? 実の父親を」
「ああ、そうだ」
さも、何でもないかのように述べるグラウベ。
その口調には、後悔も未練も何もない。
「そのお蔭で、市井は大混乱に陥っている。お前のした事は、私欲で国を乱す悪ではないのか?」
目を細め、グラウベを糾弾するリーゼロッテ。
そんな彼女に対し。
「――悪、か。成程、確かに私は悪なのだろうな」
あっさりと、それを認め。
「では、私が悪ならば。お前達は何だ? まさか正義だ、などという笑えもしない冗談を言いに来た訳でもあるまい」
逆に、リーゼロッテに、ライゼルに、問う。
「……私は、正義だなどと抜かすつもりはない。だが、悪には染まらぬと決めているのでな。だから、私はこの国の行く末を担う、二人の内どちらに加担するか、それを見極めたいと考えている」
リーゼロッテは、確たる意思をグラウベに打ち明ける。
「……お前はどうだ?」
「俺? 俺はそこの姉弟子様と違って、取り敢えず食い扶持稼げればそれで良いっちゃ良いんだが――」
そこで、ライゼルは一息区切り。
「――アンタと戦いたいとは思うね。魔王を討った勇者、さぞや強いんだろう?」
ギラリと、闘志を剥き出しにする。
ライゼルのその威圧は、常人であらば卒倒する程の殺気を秘めている。
だがその直撃を受けても、グラウベは涼しい表情のままだ。
「成程、確かに食うに困れば動く事もままならない。金は、必要だろうな」
そこで、グラウベは少し考え込み。
視線を宙に泳がせた後。
「――ファーマイングを、エルグランド率いる第一軍が狙っているという情報があった。お前達に、それを撃退した貰いたい」
「……引き受けるなんて一言も言ってねえぞ」
「私もだ」
「あそこは、この国の食糧庫でもある。兵站の確保に四苦八苦しているエルグランドからすれば喉から手が出る程に欲しい場所だろう。あそこを奪えば食糧事情が解決し、それと同時にこちらの食糧を奪う事が出来るからな」
構わず、グラウベは続ける。
「――今、民を苦しめているのは誰だ? 今、国の平穏を妨げているのは誰だ? 私か? それとも、エルグランドか? 私を見極めるというのならば、この場で判断するといい。お前達が剣を振るうべき相手は、どちらなのか――だが、一つだけ言っておく」
――敵対するのであらば、容赦はせん。
そこまで口にして、グラウベは目を伏せ、以後口を閉ざした。
沈黙が、空間を支配する。
重い沈黙を破ったのは、リーゼロッテであった。
「私は――――」