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99.ライゼルという男 ‐1‐

カコバナ編

「――このオレンジジュースは素晴らしいな。一口含んだだけでその酸味が口内全体に伝わってくるようだ。それに、この海鮮の盛り合わせだ。内陸部のアレルバニアでこれ程の鮮度を保った魚介が食べられるとは。やはりロンバルディアの輸送手段は食卓の彩りに多大な貢献をしてくれているようだ、蒸気機関車という手段を発明した者に感謝せねばならないな!」


 次々にカウンターから運ばれてくる食事。

 勇者様に粗相は出来ないと、料理人もウェイターウェイトレスも全力投球で当たっている。

 そして、カウンターからテーブル席に運ばれる食事。

 その食事が、気付くと消えている。

 大絶賛のコメントと共に、リーゼロッテの胃袋へと吸い込まれたのだ。

 腹が満ち足りた、そんな気配が欠片も見えない。


「そ、そうだ! 勇者様って、ライゼル様と何だか仲が良いみたいでしたけど、恋人か何かなんですか!?」


 余りにも清々しい食いっぷりに圧倒されていたが、いの一番に我に返ったセレナが、リーゼロッテへと質問をぶつけた。


「前にも言ったが、私とライゼルは同じ師に仕えたというだけの、ただの弟子同士という関係だよ。それと、別に仲は良くないぞ。どうも私は、ライゼルに一方的に嫌われているようだからな」

「ほう、ライゼル殿にも師匠が居たのでござるな」

「昔は弱かったからな、それはまぁ、私もなのだが」


 嘘つけ!!!

 食堂に居る全員が、満場一致でその場の勇者に無言の視線を突き刺す!

 リーゼロッテはノーダメージである。


「――恋人じゃないのか……いや、油断出来ない……要注意……」


 小さく独り言をブツブツと呟きながら思考の海に身を投じるセレナ。

 その目はリーゼロッテに向けられ、敵愾心の色が強い。

 セレナはライゼルに気に入られるよう、魔法の腕と魅力を磨いてきた。

 元々の素材と、その努力の甲斐有り、セレナは街中を歩けば男の視線を釘付けにする程の美貌を得た。


 が、しかし。

 目の前のリーゼロッテには及ばない。

 美貌、実力、権力、胸部装甲の厚さ。

 全てにおいてリーゼロッテはセレナを上回っており、格の違いをこれでもかとばかりにセレナに見せつけていた。

 隣に立てば、セレナの光が霞むだろう。

 というより、リーゼロッテが相手では世の女性の大半が消し飛ぶ程のレベルであり、霞んでるだけのセレナは十分素晴らしいと言える。

 実際、美貌という面ではフィーナが既に消し飛んでいる。路傍の石ころ扱いである。

 セレナ視点での強力な恋敵の出現、そう捉えている模様。

 リーゼロッテには全然そんな気は無いので、一方的にセレナがそう判断しているだけなのだが。


「あれ程に強いライゼル殿の師匠ともなれば、さぞ高名な武人なのでござろう」

「ああ、確かに強い。結局、私は師匠相手に一本も取れなかったからな」


 ――勇者が勝てない相手!?


 微妙にざわつきながら、周囲の人々が驚愕の色を浮かべている。

 今代の勇者及び魔王は、歴代の勇者及び魔王の中でも飛びっきりの化け物、人外じみた強さを持っているというのは周知の事実であった。

 その勇者が勝てないと断じた相手。

 そんな人物が居るのかと、周囲が次々に憶測を始める。


「……あれ程の実力を持ちながら、勝てぬ相手が居るとは。にわかには信じがたいでござるな」

「何でも師匠曰く、『俺を倒したいなら"根源術"を使えるようになってから出直せ』と言われたよ」

「根源術?」

「世界の根っこ、この世の理を書き換えるという、想像も出来ぬ程の魔法らしい」

「聞いた事無い……」

「使える者が現れないから、聞いた事が無いのも当然だな。師匠の言葉でなければ、実際私も絵空事だと断じていたかもしれん」


 リーゼロッテは饒舌だが、食事を食べる手は一切止まっていない。

 どうやってその速度で喋りながら食べているのか、謎である。


「……あの、勇者様。聞きたい事があるんですけど」

「何だ?」

「勇者様がライゼルと出会ったのって、ライゼルが何歳位の時でしたか?」

「確か、10歳かそこらだったはずだ」

「それで、勇者様がライゼルと離れたのって、何年位前ですか?」

「2年位だな。それがどうかしたのか?」

「――――教えて、下さい。勇者様が、ライゼルと居た6年間。ライゼルに何があったのかを。知りたいんです」


 自分なんかが勇者様相手に口を利くなど恐れ多い。

 そんな雰囲気を身にまとっているが、物怖じせずに口を開くフィーナ。

 目は真っ直ぐに、リーゼロッテへと向いている。

 これだけは、これだけは。

 聞かねばならぬと、強い意志を宿している。

 一呼吸の間を置き。


「――そうか、分かった」


 二つ返事で了承するリーゼロッテ。

 フィーナの強い意志を感じ取ったのか、食事を口に運ぶのを止めずにその口を開く。


「ライゼルと最初にあったのは、ファーマイングの南辺りで――」



―――――――――――――――――――――――



「師匠、小脇に抱えている男は誰だ?」

「コソ泥だ。少しばかり興味が沸いたから拾った」


 今現在のリーゼロッテをそのまま二回り程小さくしたような、子供姿のリーゼロッテが問い、それに師匠と呼ばれた人物が答える。


 身の丈2m近くはありそうな、大男。

 衣服の上からでも分かる筋骨粒々のその体躯に、黒のトレンチコート。

 それに色を合わせるかのような、全身黒装束。

 とても男の物とは思えぬ、きめ細かいセミロングの銀髪。

 それだけでも十二分に目立つ容姿だが、それ以上に珍しい身体的特徴がある。

 この師匠と呼ばれた男は、片目が蒼で片目が紅――オッドアイと呼ばれる目をしていた。

 そんな師匠の左腕には、薄汚れた一人の少年が抱えられていた。


「ぐっ――!」


 男は抱えていた少年を放り出す。

 重力に逆らえぬまま、少年は地を舐める。

 少年が小さく唸った。


「逃げないよう見張っておけ。それと、身の回りの世話をしてやれ」


 男はリーゼロッテに指示し、リーゼロッテはそれに従う。

 そのまま男は近くの大木に背を預け、腰を下ろした。


「立てるか? 私はリーゼロッテという名前だ、キミは何と言うのだ?」


 少年は、無言で立ち上がる。

 農村の子供が着るような服を、三日三晩引きずり回したようなみすぼらしい服を着ており、髪も泥と脂で薄汚れている。

 比較的整った顔も、擦り傷だらけで泥や血の跡があり、見るも無残な状態。

 リーゼロッテの言葉にも反応を示さず、その目は暗く淀んでいた。


「……まずは、身を清めねばならないか。近くに小川がある、そこで水浴びをしよう」


 リーゼロッテは少年の手を引き、木々の合間を抜けながら小川を目指す。

 水場に辿り着くや否や、何時の間にか用意していた石鹸を片手に滑らせた。


「うぶっ!?」

「――キミがどうして師匠に拾われたのかも、キミの過去も知らないが。名前位は教えてくれても良いのではないか?」


 少年の頭上から、桶をひっくり返したかのような水が降り注ぐ!

 不意を突かれ、情けない声を上げる少年。

 急に頭上から水の塊が降り注いだのは、リーゼロッテが水属性魔法を使用した為だ。

 その少年の肩を掴んでホールドしつつ、ずぶ濡れになって尚、カチカチに固まった頭髪で削るようにして石鹸を擦り付けるリーゼロッテ。

 白い指先で一房ずつ、丁寧に擦り上げる。

 石鹸の洗浄効果が、少しずつ少年の髪を解きほぐしていく。


「……ライゼル」

「うん、ライゼルという名前か。良い名前じゃないか」


 頭髪と共に解きほぐされたのか、少年――ライゼルが自らの名前を口にする。


 これは、6年前。

 リーゼロッテとライゼルが、初めて出会った日の出来事である。

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