愛と勇気と魔王のパンツ
この国には、レアメタルが産出される地下鉱脈が何本も通り、活気がある。
一応治安維持には、神経を力を入れているようだったし、城の中と町へと続く正規の道には、魔法の網が張ってあるものの。
外から中に入るのは難しくても、中から外へ出る分には、そう難しくない。
魔王の城へ下着泥棒に入るのは難しく、妖魔の森経由で入ることを考えなくてはいけなかったけれども。
客分扱いになっての帰りは、例えソレが魔王に無断でだとしても、簡単だった。
アルが昼間からのんびり湯浴みをしている間に、俺は、城内に設置されている役所へ滑り込み、さまざまな手続きをしに来てる商人たちに混じって外に出た。
その気になれば、俺の姿は丸見えだろうに、誰からも声をかけられなかったところを見ると。
たぶん、ヤツは、パンツ無しの間抜けなカッコのまま、上からガウンかなんかを羽織り。
俺と、どんな遊びをするのか楽しみにしていて、城を守るどころの話じゃないのかもしれない。
今、追手をかけられたら逃げられねぇから、そうでないと、困る。
何しろ、俺にとっては、普通の平らな廊下や舗装された道を普通に歩くのも、とても難しい。
ルブルムにやられた毒で、思ったよりもカラダが動かなかったから。
もう二度と駆者の盗賊とは、名乗れないだろう事を身にしみて思い知らされた。
荷物を抱え、足を引きずり、休み休み。
それでも、俺の後をつけてくる影がないことを確認しながら、俺はようやく。
ジジィとの待ち合わせの宿に、たどりつくことができた。
…………
「おお、遅かったの~~
もう、半分あきらめていたところじゃ」
待ち合わせの宿屋の地下にある隠れ家で、ジジィがにまり、と目を細めた。
「それで、依頼のモノは?」
「……ああ。これで全部だ。
本人がはいていたやつまでブン捕って来たから、多分取りこぼしはねぇと思うぜ?」
言って、目のテーブルにパンツをどさっと置くと、ジジィは目を丸くした。
「なんと! 本人がはいているモノまでとは!
さすが、ワシが見込んだだけある!
実にみごとじゃ!」
そう言いながら、伸ばしたジジィの手を、俺は、べしっ、と叩いた。
「おお~~いたたたっ!
何をするんじゃ……って、約束の報酬か?
心配するな。
今、支払ってやる。これじゃ!」
ジジィが本当に、金貨五百枚はありそうな、重い小袋を置いたのをみて、俺は、軽くため息をついた。
「……モノの受け渡しの前に、聞きたいことがある」
「なんじゃ?」
「もし、この中に、本当に設計図があって、無事に複製が出来た場合。
アルは……今の魔王の運命は、どうなるんだ?」
そんな俺の質問に、ジジィは、目を伏せて言った。
「……まず、王の座の剥奪じゃの」
「……ああ」
ま、当然だな。
「それと、国民には秘密裏の破棄」
「……」
今は、この国の統治を行っている王がヒトではない。
ホムンクルスであることは、周知の事実だが、建て前上は病弱な先代の王が、続けて支配していることになっている。
だから、もし複製が出来たら、扱いにくくなった王は、入れ替えられ……古い方は殺される。
「しかし、いくら外見が同じでも、よく入れ替えなんて言うことが、出来るな。
身近な召使いや大臣に気づかれて、騒ぎになるだろうに」
「計画は、その身近なモノ達が企てたからやつだから、そこで困ることはない」
「そうか……」
ある程度、予想通りだがなんとも、やるせなかった。
つまり、アルは……実は、名前さえも無い、あのホムンクルスは、哀しい。
生きているときには、居場所が無く、そして、死んだ後でさえ、ヤツが生きた証を抹消されるって言うんだから。
俺は、思わず、深々とため息をつき、腹をくくった。
ぎゅっと、ジジィを睨みつけて声を出す。
「……要らないモノだと言うのなら、俺にくれ」
「なんじゃと?」
俺の言葉に、ジジィが片眉をあげて、にまり、と笑った。
「おぬしの耳には、この前は無かった、高価そうな飾りがついておるのぅ。
しかも、片一方だけ」
「……」
「……王に抱かれて、情が移ったか?
やめとけ、やめとけ。
あやつはヒトではない。
しかも、キレイなのは、今だけじゃぞ?
一度切った髪は生えぬし、いずれはハゲる運命じゃ」
「そんなんじゃねぇ!
別に抱かれた覚えはねぇし!!
外見の問題でもない!」
それは、居場所がない者同士、ココロが確かに触れ合ったから。
例え。男のクセにすぐに泣く、情けないヤツだとしても。
……本当は、俺のカラダにしか興味なかったとしても……
死んでゆくのを、そのまま見過ごして良い命ではなかった。
俺の真剣な訴えに、ジジィは肩をすくめた。
「引き取っても、役立たずだぞ?
贅沢に慣れた上、世間知らずで、生活能力は皆無じゃ。
一応魔法の才はあっても、呪文の長い、大きな魔法しか使えんし、おぬしもカラダの具合が、良くなさそうだ。
二人仲良く、共倒れるか?」
「てめぇに心配される覚えは、ねぇよ」
ジジィのヒトを値踏みするような下品な視線を無視して、俺は嗤う。
「短くて、ヒト様の役に立ちそうな呪文なら、俺が山ほど知ってる」
何しろ、俺は筋金入りの魔法使いの子供だったから。
ガキのころには、沢山の呪文を教え込まれた。
魔法の才がない俺は、いくら覚えても、役に立たなかったけれども。
アルにとっては、多分違う。
覚えたら、その分だけ力を発揮するだろう。
「俺があいつを責任もって『魔法使いの駆者』に仕立ててやる。
そしたら、この国には、二度と帰って来させねぇよ。
自分の身を危うくさせるものが、こんなに近くにいるんじゃ、未練はねぇだろうし」
俺の言葉に、ジジィはにやり、と口をゆがめた。
「そこまで言うなら、譲ってやろうかの。
……ただし、タダ、というわけには、いかぬ。
壊れかけのホムンクルスの値段は、金貨五百枚だ」
「……そう、来ると思った。いいぜ。
今回の報酬を丸々ヤツの、イノチの値段に当ててやる。
だから……」
「足りないのぅ」
「なに!?」
ジジィは、俺の話の腰を折り、ずるそうに笑うと、金貨の袋の口を開けた。
すると袋から、金貨ではなく小石が転がり落ちて、床の上にばらまかれる。
「見ての通り。金貨五百枚には、ほど遠い」
「……てめぇ! 騙したな!」
俺の抗議に、ジジィはひょい、と肩をすくめた。
「おかしぃのう?
入れた時には、確かに金貨だったのに。
おぬし、一体どんな魔法を使ったのかの?」
わざとらしいジジィの言い草に、俺はカッと腹を立て、怒鳴った。
「ざけんじゃねぇ!
てめぇがその気なら、俺だって本物のパンツを渡さねぇからな!
俺だって、駆者になってから、長く経験を積んでいるんだ。
質問には、べらべら応えてくれるし、こんなコトだろうと思って、隠してきたんだ」
そう言ったのに、ジジィは、あっさり言葉を吐き捨て、笑う。
「それこそ、ウソ、じゃな」
「なに!?」
「宿の上から、街道を歩いてくるお前を眺めていたが、まるで、毒でも飲んだように、酷く調子が悪そうだったのぅ。
そんなお前が、本物をどこかに隠し、新しいモノを大量に買い込んでここに来れるとは思えぬ。
そのパンツは、本物じゃ」
「……」
黙った俺に、ジジィが迫って来た。
「小なりとはいえ、国家に関わる問題だから、の。
口封じをしようにも、手先が器用で、身の軽い盗賊を閉じ込めておくことは出来ぬ。
依頼が終われば、おぬしを殺めてしまおうと思っておったが……
カラダの自由が利かぬ、というのなら話は別だ」
ジジィは、さらに迫って、ひょっひょっひょっと、怪しげに笑った。
「喉を潰して、言葉を封じ、夜の街に売ってやろうかの?
おぬしは、胸はなくともイイ女だから、すぐに金貨五百は稼げるぞ?
問題は、その金がおぬしの懐に入らぬ、ということぐらいで」
「ふざけるな!」
「なに、盗賊を廃業するしかなさそうなおぬしに、新しい職業を斡旋しようというのじゃ。
売春婦、っていう職業を、の!」
「冗談じゃねぇ!」
男たちに弄ばれる前に味見をさせろ、とばかりにジジィは指を怪しい形に曲げて、わきわきと動かして迫る。
そんなエロジジィを切って捨てるつもりで、俺は、短剣の鞘を抜きはらおうとした。
と。
その時、突然。
どばんっ!
と言う信じられねぇ音がして、アジトと地上をつなぐぶ厚い扉が盛大に、吹き飛んだ。
驚いて俺とジジィが、目を向けると。
数人の人影が、部屋に飛び込んで来る所だった。
……げほけほごほっ!
もうもうと上がったホコリを一番吸い込んだのは、どうやら、その先頭にいるヤツらしい。
せき込みながら、煙とともに入って来た間抜けな男は……。
「「アルギュロス王」」
俺と、エロジジィの声が、重なった。
アルは、魔法の産物の操り人形のような衛兵に命令して、あっさりジジィを捕まえたかと思うと、俺を見た。
「……私に黙って出て行っては、いけません」
ホコリが目に入ったのか。
それとも、本気で悲しんでいるのか。
アルは人目があるのに、涙目で言った。
「しかも、あなたがまた、私のために、こんな危ない目にあうなんて。
何もできない私を、駆者へと導こうとしていたなんて……!」
そう言ってアルは、目の幅の涙をだくだく流す。
「何で、お前はここが判ったんた……?
しかも、話していることまで……!」
例え、廃業寸前だとしても、俺は盗賊だ。
尾行されて、気がつかないわけはないし、俺たちの声が聞こえるほど近くにいたとしたら、気配で判ったはずだった。
呆然としている俺を見ながら、アルはごしごしと涙を拭いた。
「私のイヤリングを、取らずにいてくれて、嬉しいです。
それについている魔法の石が、あなたが聞いた音のすべてと、居場所を私に伝えてくれました」
なんだって!
確かに、耳飾りを見たときに魔法が掛かっているような感じがしていたが……
それは、ただ石をキレイに光らせる魔法だけじゃなかったんだ。
俺が聞いた音の全て、ということは、もちろん。
俺自身が、しゃべった言葉も全て、ということで……
俺が、ちらりとアルを見ると、ヤツは、にこっと笑った。
「何も言わずに、パンツを持って行かれた時は、とても悲しかったのですが……
あなたが、何を考えていたのか判って……
私は、本当に……本当に。
泣くほど嬉しかったです」
俺は……アルについて、何を……言ったっけ?
大したことは言った覚えはねぇが、自分の顔が、ボンっと赤くなるような気がした。
う~~調子が狂う。
ガラじゃねぇ!
ジタバタしている俺に、アルはびっくりするほど優しくほほ笑むと、それから、ジジィの方に向かって、ぎらり、とにらんだ。
「……それで、そなたの方の処遇だが」
アルは……アルギュロスは王の顔をして、ぞくり、とするほど凍った声を出し。
ヒトでない衛兵に両脇を捕まえられて、身動きが取れないエロジジィはヒッ、っと小さく息をのんだ。
「わ……わしは、ただっ……!
国の行く末を憂いて……!」
さっきまでの言動は、どこへやら。
真っ青になって、しどろもどろに言い訳をするジジィに、アルギュロス王は、冷酷に笑った。
「そして、我を王の座から引きずり下ろすため。
盗賊を雇って、我の複製を作る設計図を盗もうとした、と?
その図が中に挟まっているかもしれない下着ごと?」
アルギュロス王の目がすぃ、と細まった。
「愚か者。
そんな中に、設計図などあるものか。
そなた。まやかしに踊らされたな」
「し、しかしっ!
魔法使いが、確かに、言っていたのじゃ……
王が作られた時、本人に内緒で、予備の設計図を隠した、と……!」
「……我が作られて、二十余年だ。
その頃あつらえた下着を、我が捨てもせずに、ずっと使い続けていると思うか?」
王は、呆れてため息をついた。
「下着は、基本。
年末にすべて破棄され、新年に新調する習慣になっている。
なのにパンツのみ、二十年間使い続けているわけがない」
王に言われて確かにそれもそうだ、と思ったのは、とりあえず俺だけじゃなかったようだった。
黙ったジジィに、アルギュロスは、肩をすくめた。
「今回、結局手に入れられなったとはいえ。
そなたの犯した罪は『反逆罪』と言って過言ではない」
「……しかし……!」
「ああ、確かに。
我も、無茶な遊びが過ぎたことは認めよう。
だから、罪の代償に、そなたと、この件に関わった仲間達の命まで取ろうとは、言うまいよ」
「……王」
「……だが」
少し、ほっとした顔のジジィにアルギュロスは冷たく、微笑んだ。
「そなたが、このリトスに吐いた暴言の数々を聞いて、我はすこぶる機嫌が悪い。
四、五年ほど、我が国の地下鉱脈にとどまり。
無償奉仕で穴でも掘っているがいい」
王の審判に、そんなぁ~~、と。
眉毛を下げて、ジジィは情けなさそうに呟いたけれども。
王は、問答無用と衛兵に、ジジィと、その仲間らしい、この宿屋の従業員をひったてさせた。
……終わったな。
ジジィの姿が完全に、宿屋の地下から消えてなくなると、俺は、ため息をついた。
もし、今度っていう機会があるのなら。
報酬の多さだけで仕事を決めるのは、よそう。
なにしろ、今回の依頼は、散々だったからな。
不本意な下着泥棒の片棒を担いだ挙げ句。
カラダを壊して、回復のメドもたたねぇ。
結局、肝心の金も手に入らなかったし。
やれやれ、と。
このホコリっぽい地下室を出るために、歩こうとした時だった。
俺に更なる災難が降りかかってしまったのは。