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The Wail Of Warwolves  作者: Kb hajime
異世界からの来訪者
4/12

第三話 希望

少女は小さな寝息を立てて眠っていた。

呼吸をするたびに毛布が少し動いた。

ミリアを起こさないためにもう22時半だというのに電気をつけずにいた。

ユベルはレザーチェアに深く腰掛け、背もたれに全体重を預けるように座っていた。




まず状況を整理する必要がある。

僕らのギルドは"タルタロス"最深部に突入し、"魔王アスタロト"とかいう奴を倒したわけだ。

直後に紫紺のローブを着た屍者に襲われ、壊滅した。

僕を除くギルドメンバー全員が死んだことは、胸に現れた徴から間違いない。

ミリアの話によれば、あの男がおそらく例の"魔人"に間違いはないだろう。

そしてどういう風の吹き回しか、あの"魔人"は僕の"皆を返せ"という言葉を聞き届けた。

その結果、これまたどういうわけだか全身黄金の鎧という、

現実世界を歩くことを憚るWOW内における僕の作ったキャラクターの姿でここにいるわけだ。

ゲーム内では肩で風を切り悠然と歩くことのできるが、流石にここでそんなことはしたくない。

というか周りの視線が痛すぎて嫌だ。




プレーヤーがWOW内で殺されたときには何というか、

幽体離脱するのであればこういう感覚だろう、

という感じになる。WOWの攻略サイトや掲示板の言葉を借りて言うのなら、

全身虚脱感に襲われたのち体がスゥーっと軽くなったかと思うと

自分をいつの間にか見下ろしているというものだ。

最後には視界が暗転し、いつの間にかWOWが終了して目が覚めるのが常であった。

しかし、僕にはその感覚は無かったのだからWOW内で死んでいないのだろう。




ここ1,2年年かWOW内で死ぬようなことは無かった。

ハクスラ探検隊に移籍してから死んだことは無かったのではないだろうか。

そういえば、ルシファーとはずいぶんと長い付き合いだったなと思う。

彼とはこのゲームが始まってからほとんど一緒にいたのではないだろうか。

最初会った時には僕のほうが強かったというのにいつの間にか追い越されてしまったものだ。

今やWOWでも屈指の最強プレーヤーだ。

彼を倒すためのPKプレーヤーキリング戦の専用攻略掲示板まで存在するほどだ。

PK戦とは本来モンスターである魔族と戦うのでは無く、プレーヤー同士で殺し合うことである。

攻略法が研究されているのにもかかわらず、彼は未だにPK戦で負けたことがない。

ルシファーは、皆は元気にしているだろうか。

僕の唯一の拠り所ともいえるハクスラ探検隊を再建することはできるのだろうか。




暗く落ち込んでしまいそうになる気持ちを紛らわすために僕は自分のステータス、

装備の状態を確認することにした。

まずステータス確認の魔法『診断チェックアップ』を使って自分の状態を確かめた。

体力は完全に回復しており、状態異常やペナルティも無し、レベル121でまあ悪くはない。




WOW内ではキャラクターのレベル上げはおよそ155までが限界とされる。

正確にはそれ以上レベル上げることを考えるぐらいなら諦めたほうがまし、

というぐらいレベル上げが難しくなるためである。

昔の仲間でレベル195まで上げた奴が居たけれど、

確かWOWに半年と言う時間を寝食以外の全時間を経験値稼ぎに費やしてようやくレベル195だった。

正直そこまで頑張ったとしても強力なスキルや魔法を使えば一瞬で

バターのように溶けてしまうのだからそんな努力は無駄と言う結論が出ていた。

もちろんこれはWOW攻略サイトの上級者への手引きに書いてあることだ。




WOW世界ではレベルは耐久だとか強さという意味以上に

攻撃のバリエーションを増やすために必要な代価としての意味合いが強い。

もう一つ肝心なことを言えば、プレーヤーのレベル以上にスキルや魔法を使い過ぎると

そのキャラクターは消滅する。

戦士職ではそれ以前にステータスが低下しすぎてモンスターに

やられてしまうから自然と現在のレベルを確認しながら戦うという癖は自然と身につく。




だが、基本的に後衛として戦い、直接刃を交えることのない魔術師や補助魔導士は

至近距離で戦うことがない。

また、上級者クラスになれば装備やパッシブスキル――

つまりは攻撃のタイミングで発動するのではなく、

常時、あるいは条件を満たすと発動するスキルのおかげである程度の威力を

保ちながら戦うことが可能である。

もし、これらの装備、パッシブスキルの恩恵にあずかれなければ

どういうことが起こるか?

例えるならば線香花火のように急激に力が衰えていき、

最後には尻すぼみになって魔法を使うことすらできなくなるだろう。

 



このため、本来ならばそのプレーヤーが持つレベルの限界ぎりぎりまで

戦える効果のせいで、上級者になりたての魔術師職のプレーヤーはよくレベルの上限を越え、

魔法を使いすぎたせいで消滅することがよくある。

もちろんこれについても攻略サイトの上級者への手引きに書いてある。

知っていて当然の常識であるのだが、毎度のことながら

このことを知らずに消滅するプレーヤーが後を絶たない。

よく掲示板でせっかく上級者の仲間入りをしたのに魔法の使い過ぎで

消滅したことを騒ぐプレーヤーがいるが、上級者プレーヤーなら

攻略サイトをしっかり読めと返されるのが常である。



 

正直、古参プレーヤーとして常に前線で戦い、

攻略サイトへの情報提供も少なからず行ってきた僕からすれば、

その程度で騒いでいて強くなれるはずがないだろというのが本音である。

どこかの配管工のおっさんを何回も奈落の底に落とすゲームのように、

作ったキャラクターを幾度となく消滅させて試行錯誤しながら

キャラクターメイキングを行うのがこのゲームの醍醐味であるのだから。




続いて持っているアイテムの確認をするために魔法『宝物庫の鍵ストレージ』を行使する。

このゲームではアイテムは直接装備しないと効果はないのだが、

ストックとして魔法で所持しておくことが可能である。

そのストックはプレーヤーのレベルによって大きく変動する。

今後に備え、持っているアイテムを確認しなければならない。

まず防具の確認である。

"魔人"の物理属性を持つ強力な魔法を受け、貫通していたのだから

多少の損傷は覚悟しなければならない。アイテム画面を引き出す。

そういえば、WOWが本当に異世界で起こっていることだというのなら

なぜこうして画面で確認できるのだろうと疑問がわいた。

しかし、何らヒントが無いのに考えても思いつかない。


せめて、その守護天使とやらがいれば多少は何かわかるのだが。




黄金の鎧もとい『王の威厳ディグニティオブキング』は

想像通り所々に貫通した跡があった。

修復アイテムにより直す必要がありそうだ。

元々この鎧は防御性に極端に優れたものと言うよりは

バランスよく魔法耐性と防御性を高めた装備である。

このWOWには魔法を装備の力で完全防御することは不可能である。

気休め程度ではあるが、無いのとあるのとではだいぶ違う。

とはいえ魔王相手にソロ討伐を挑むとなるとかなりの危険を伴う。


だが、後衛からの補助魔法、回復魔法により敵の魔法を気にすることなく戦うことが可能となる。




続いて武器アイテムの確認作業に移る。

僕のメイン装備である大剣を確認しようとしたところ、

タルタロス攻略、その後の"魔神"戦で装備していた

僕の大剣『漆黒の魔剣ベイズオブダーシュ』が無くなっていることに気が付いた。

そんなはずはないだろと思いながらストック内を捜索するが一向に見つからなかった。



ああ…さらば我が麗しき愛刀。

別にいいさ。

僕がメイン武器として使う6つの武器のうち、

言いたかないが『漆黒の魔剣ベイズオブダーシュ』が一番攻撃力低いから。

どうせギルドメンバーのルシファーや"参謀"から"なまくら"だって馬鹿にされるぐらいだし。

半年あれを作るためにどれだけ時間を費やしたことやら。

攻略の難しいダンジョンを1層から最終層まで何度廻ったことやら。

スキル付加エンチャント』にだってかなりの経験値を使ったけれどしょうがないよ。


とりあえずもう一度"魔神"に出会ったらこの世にある限りの痛みと言う痛みを与えてやらない限り、

心から際限なく沸き出すこのどす黒い感情が収まらない。




苛立つ感情を吐き出すように深くため息をついた。

気を取り直してからもう一度ストックの中身を確認していく。

残る5つのメイン武器である大剣2本、刃の部分が異様に巨大な戦斧2本、戦槌ウォーハンマー1本が無

事であることがわかるとホッとした。

ストック内のアイテム全部無かったら本当に泣いていたかもしれない。

その他にサブ武器として刺突性に長けた短剣が5本、

特殊スキルを持つアイテム5つがあることを確認した。

 

ルシファーをはじめハクスラ探検隊のメンバーは基本的に固有スキルを持っている。

だが、僕にはそういったものはない。

それを習得する代わりにステータスを上げるのに経験値を使たり、

アイテムに『スキル付加エンチャント』を行ったためである。

それ以外にストックの中に入っていたものはタルタロス最深部で

ギルドメンバーと分け合った報酬アイテムとそれ以前に見つけたドロップアイテム、

そして修復アイテムであった。




早速修復アイテムを取り出して『王の威厳ディグニティオブキング』の

壊れた部分の補強を始めた。時間はたっぷりある。

どうせいつも朝の3時までWOWをやっていたのだから、余裕をもって直している暇はある。

意外とこの修復アイテムというのは時間がかかるのだ。

現実世界でいうと通常の使い方をして壊れた程度なら10分ぐらいは要する。

だが、今回の壊れ方は規格外なのでもう少しかかると見積もったほうがいいだろう。




ベッドの方からむくりと起き上がるミリアの気配を感じた。

「あの…勇者様、わたしはどのぐらい寝ていたのでしょうか?」少女は僕を探すように言った。


6時間くらいだよと僕は答えた。

「勇者様、我々に協力するため戻ってはいただけませんか」と彼女はこちらを向いて言った。

「協力はするよ。でも、僕には向こうの世界に帰る方法がわからないんだよ」とため息交じりに答えた。少女はエッ…という声を漏らした後、さめざめと泣きだした。

僕は立ち上がって彼女傍により、少女の背中をさすった。

「これじゃ…皆を、勇者様なら…戻る方法も…」少女は嗚咽しながら自らの思いを洩らした。




泣く子は――苦手だ。

昔の自分を思い出す。

そういえば母さんはこういう時どうしてくれたのだろう。

泣いているときはいつもこうやって傍にいて僕の背中をさすってくれていた。

それだけだったろうか?

そういう時には目線を同じ高さにまでして

顔を覗き込むように優しく話しかけてくれたはずだ。




床に膝をつけ、彼女と同じ高さになるよう顔を近づける。

「ミリアちゃん、僕には君たちの世界に戻る方法はわからない。

でも、一つずつやれることをやって行こう。

僕もあの世界に戻りたいと思っている。

だからミリアちゃんの協力が必要なんだ。」

そういって彼女が落ち着くまで背中をさすってやる。




ミリアはようやく泣き止んだ頃にティッシュを取って、

彼女の涙を拭いてやろうとする。

「す…すいません、勇者様。じ…自分でできます。」と少女は慌てた。

そういえば、僕も泣き止むとよく母にこうやって涙を拭いてもらったなと少し懐かしく思う。


そして、僕も同じように自分でできるからと気恥ずかしさから言っていたものだ。


ティッシュを5枚ほど取ってからミリアに手渡した。

「ありがとうございます、勇者様」とミリアが短く答えた。

そう言えば――僕はこの少女に自分の名前を言ってなかった。

「僕のことはユベルでいいよ。」と言った。

「勇者ユベル様ですね。わかりました。」彼女は目を輝かせた。

「ユベルだけで…お願いできるかな」苦笑いしながら僕は答えた。


最も頭装備に隠れてミリアには見えないのだが。




「ところでミリアちゃんはどうやって僕を見つけたのかな?」と少女に尋ねた。

「ユベル様たちにはその…何というか強い力の気配が出ているのでそれを辿って来ました。」

少し自信ありげな顔で少女は言った。

そういえば、プレーヤー同士で探しあうことはステータスを

強化していなければ難しかったはずだが、

WOW内の住人は元からそうした力が備わっているのだろう。

「じゃあ、僕の仲間を探すことはできるかな?」

期待が少しにじみ出るような声で僕は尋ねた。

「可能ですが、ユベル様と比べてはるかに気配が

弱いのでおおよその位置しか把握できていない状況です」と

しょんぼりしたようにミリアは答えた。


ミリアは僕が肩を落としたのを見ると

「ですが、私より力のある一等級魔導士が向かっているので

何とか見つかると思います。」と付け加えた。

ギルドメンバーもまたこちらの現実世界へと飛ばされている。

ようやく少し希望が見えてきた。

相も変わらずWOWに戻る方法はわからないが。




「ただ、魔族の気配がわずかながらあるのが気がかりなのですが…」

ミリアが消え入るような声で言った。

ハクスラ探検隊のギルドメンバーが現実世界へとやってきて、

WOWの住人たちもそれを追ってきたのだ。

魔族がこちらに来ていても何ら不思議はない。


「ならば、急ぐまでさ」そう自信をもって少女に僕は答えた。


第三話 希望 ――了――


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