第一話 転生
突然のことで理解が追い付かなかった。
なぜ、自分がWOW内と同じ姿をしているのか。
自分の体をなでまわしてみると固い金属の感触が手袋を介して伝わった。
夢かどうかをたしかめるため、兜を外してから頬をつねろうとした。
しかし、装備は外れなかった。
鎧のベル肩ベルトや腰回りのベルトの位置を探って留め金を外そうとしても外れないのだ。
そして、顔を覆うフルフェイスの兜を脱ごうにもこれまた脱ぐことができなかった。
ゲーム内においても装備を外すという概念はあった。
そして、それはステータス画面上の操作による装備の着脱などではなく実際に装備の留め金を外して脱ぐのである。
こういった細部のこだわりもまたWOWが評価されている理由であった。
WOWにおける活動はほぼ現実世界で行うものとほぼ大差がなかった。
NPCは本物の人間と大差ない程AIがしっかりしていた。
現にWOW内で余りのモンスターの強さから諦めてNPCを束ねて商人ギルドを経営するようなプレーヤーからどこかの街でNPCを先導して反乱を起こし、独裁政治体制を敷いたプレーヤーが存在するぐらいである。
そのプレイスタイルの制限がなかった理由はひとえにNPCのリアルさがあってのものであった。
しかし、いざ装備が外れないとなるとあまりにも不安になってくる。
これはまだWOW内のことであるのだろか?
VRゲームであるWOW内であるかどうかを確認する方法はいくつかあるが一番手っ取り早い方法は痛みを感じるかどうかである。
体験型RPGなるものが世に出回り、ゲーム内で様々な体験を感覚として味わえるようになったとき問題ことがある。
それはどこまでプレーヤーがゲーム内の感覚を共有できるか?という問題であった。
当初、この仮想空間における感覚の共有技術が開発段階で色々と試された。
とある企業では痛覚、冷覚、温覚の追体験に乗り出した結果、被験者がショックにより死亡するという事故が起こった。
それを受けて一度VRによる体感型のゲームが法律によって禁止されかねない状況に陥ってしまった。
このことから以降の体感型ゲームでは視覚、聴覚、嗅覚、触覚までならば追体験可能という規制がかけられた。
そして、ハードウェア開発した企業からの説明によるとそれ以外の感覚がそもそも開発した時点で追体験できないようになっているとのことである。
ゆえに痛みを感じることがなければこれがゲーム内であるということが確認できるのである。
たとえ自分の部屋の中にいたとしてもゲーム内の可能性は捨てきれない。
そう自分に言い聞かせながら台所に向かった。
包丁を取り出し自分の籠手と腕とを繋ぐ鎧の隙間に刃をあてがって軽く刃先だけが触れるように差し込んでみた。
ッ――痛みが刺した箇所に広がる。
同時に血の気が引く感覚を感じる。
まさか、そんなことは無いよな、そう自分を励ますように、冷凍庫を開いて氷を掴む。
籠手の金属部分を伝わって冷たさが伝わってくる。
製氷機に入れた金色の鏝があまりにも不釣り合いで乾いた笑いが洩れてしまう。
冷たすぎて耐えきれなくなったので手を引き抜いた。
電気ケトルに水を入れ、沸騰させながら考えてみた。
沸騰したお湯に腕を入れればやけどすることは必至だろう。
熱伝導率の高い金属製の鎧を着ていれば、なおのこと危険が伴う。
だが未だ自分が仮想空間の中から抜け出せずにいるという確証を得るためには試してみる価値はある。
電気ケトルの口から湯気がもうもうと立ち込め、カチッという音ともにお湯が沸いた。
僕は電気ケトルを片手で持ち上げ、勢いよくもう片方の手にかけた。
瞬間的に鋭く刺さる痛みが脳内にまで伝わった。
あまりの熱さに手を滑らせ、電気ケトルのお湯をかぶってしまった。
悶絶しながら浴室に勢いよく駆け込み、シャワーから流れ出す冷水を頭から浴びた。
鎧越しに当たる流水の冷たさが自分は今、現実にいるのだということを告げていた。
キッチンまで戻り、氷を取り出して熱湯を浴びた部位に直接当てて患部を冷やしながらこれからのことをぼんやりと考え始めた。
なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう・・・。
温覚――つまりは熱さを感じるぐらいなら沸騰させることまで無かっただろ?
確かめるぐらいなら指先を軽くお湯に触れるだけで十分だったはずだろ?
でもあの時はひどく動転してしまっていた。
熱湯を浴びても何ら熱くもない。そう確証を得ることで自分を納得させたかった。
しかし、今にして思えば熱湯を思いっ切り浴びてしまってよかったのかもしれない。
あれで指先を軽く火傷したぐらいだったら後先考えずに街に飛び出していたかもしれない。
非常に危ないところだった。
突然、煌びやかな鎧を着た人間が外を歩いていたら誰でも警察に通報あるいはSNSにでも投稿するだろう?僕なら通報してやる、ここぞという時に善良なる市民の義務と言わんばかりに胸を張って通報してやる。それに災害に遭ったって、ゾンビ映画だってまずパニックになった奴から死ぬものだ。
冷静になれたのだから自分の失敗も結果オーライ、うかつな行動は社会的に死にかねない。
そう一人で大きくうなずいて自分を納得させた。
取り留めない考えに頭を巡らせるうちに全く解決策も見出すこともなく時間ばかり空費してしまった。
ようやくのことで自分が何故ここにいるのか?という原因を思い出した。
余りにも現実感がないことばかりが起きてしまい、ハクスラ探検隊が壊滅してしまったということを忘れてしまっていたのだ。
パソコンを立ち上げ、サイトへのアクセスを待つ間、突然現れた敵のことを思い出していた。
途端にやられてしまった時の怒りと自分たちの不甲斐なさに腹が立ってきた。
まずはギルドメンバーたちと合流し、一からレベル上げを手伝う必要がある。
あれだけ強いモンスターなら他のギルドと協同で討伐することも視野に入れておいたほうがいいかもしれない。
現実世界では不甲斐ない引きこもりかもしれない。
でもゲーム内では古参プレーヤーとして培ってきたノウハウがある。
そして、自分のプレーヤーとして作り上げたユベルという存在が消滅しないで残っている。
ギルド再建も数カ月で何とかなるだろう。
初心者向けのダンジョンの場所とダンジョンの構造、出現モンスターなどを思い出し、これからの予定を立てているうちにWOWへのアクセスの準備完了を告げるアイコンが表示された。
ヘッドギアをフルフェイスメットの上から装着した。
ふと、これでWOWにアクセスできるかどうか不安になった。
それでも試さずにはいられない。STARTボタンを押した。
ヘッドギアから送られる脳波により僕は意識を失った。
目を開くと周囲には一面、漆黒の闇が広がっていた。
自分がどこにいるのかさえ分からない。
一体自分はどこを漂っているのか?とてつもない不安に襲われた。
寒さなど感じぬはずなのに体の芯から温度が奪われていくような錯覚に襲われていく。
生理的な恐怖が沸き起こった。
怖い――その言葉さえ喉に詰まってしまい、出てこなくなる。
途端にパソコンから警告音が発せられた。
強制的にヘッドギアから送られる脳波が切り替わり、意識が覚醒させられた。
じっとりと汗がにじんでいるのに気が付いた。
ヘッドギアを外し、画面を見ると『アクセス拒否』と表示されている。
その下には“そのプレーヤーは既にログインされております。”と警告文があった。
この姿でもアクセスしなおすことで何とかなるかもしれない。
そんな淡い期待を持っていたが、僕は戻ることすらできない。
一体僕はどうしたらいいのだ。
力なく立ち上がり、ベッドの中に倒れこんだ。
これから為すべきことが思いつかない。
WOWの運営に連絡するという手は使えないだろう。
何故ならば、このゲームには運営らしい運営というものが存在していないことで有名だったからだ。
一部の間ではどこかの金持ちが道楽でこのゲームを作ったのではないかとか、どこかの国がプレーヤーの脳波を収集する目的で作られたのではないかと言う噂が飛び交っていた。
とはいえ、バグが全くないしアップデートによりアクセスできないといったこともないということでどれも信憑性のある話は無かった。
そして、誰一人として運営にコンタクトのとれる人間は今日まで誰一人としていなかった。
それでもこのゲームが危険だとか去れなかった理由はやはりWOWをやって誰一人として死亡事故に巻き込まれることも無かったからだろう。
ただ、今の僕は何も考えたくはなかった。
どうせ考えても嫌なことしか思いつかない。
ぼんやりと何も考えずに天井だけを見つめていた。
日が傾き始め辺りが暗くなり始めた頃、誰かが玄関のドアを叩く音がした。
誰か尋ねてくるような人の心当たりはないし、ましてやこんな格好で外に出ていくわけにはいかない。
そう思いながら無視し続けた。
今度は大きな音で叩く音が玄関から聞こえてきた。
それを無視していると今度はドアノブを捻る音がした。
だが、玄関のカギは閉まっているため開かなかった。
「おいおい一体何んだ?泥棒か?堂々とドアから入ってこようとするとはいい度胸をしているな。」
そう独り言ちりながらベッドから立ち上がった。
現実世界でこの体はどれ程の強さを持っているのかは未知数だ。
さすがに泥棒に負けるほど身体能力が無いということはないだろう。
玄関に向かいながらこれから起こるであろうことを脳内でシュミレーションしていく。
玄関の前に来ると何か杖のようなものが生えているのが目に入った。
はて?こんなものがいつの間に生えたのやら。
キノコじゃあるまいし勝手気ままに出てこないだろ。
そう思っていると突如、侵入という声が聞てくると同時に青いローブをまとい、フードを頭まですっぽりと被った少女が入ってきた。
え?なにゆえ現実世界でWOW内の魔法を使ってくる奴がいるの?頭が混乱してくる。
自分が今このような状況に陥ってしまっていても現実感が無かった。
その上にWOWの魔法を使う存在がいるなんて想像だにしなかった。
ローブを着た少女はフードを外した。
亜麻色のセミロングの15、6歳ぐらいと思わせるかわいらしい小柄な少女だった。
「はじめまして。勇者様、わたくしは福音派の二等級魔導士ミリアであります。どうかもう一度考え直していただき、我々に再びそのお力をお貸しください」透き通る声をした少女は丁寧に頭を下げた。
第一話 転生 ――了――
物語の展開として変だなと思ったのでサブタイトル変えました。異変→転生
読みづらいところとか無駄に改行されてないせいで段落が長いとか、過剰表現だとかあると思いますが、この作品を書いていくことで少しずつ変えていきたいと思います。何かアドバイスを頂けると嬉しいです。