1.落ちこぼれの勧誘
ここは人類が築いた結界と魔族の住む外界の境目に建つ、セラモール第一学園。
対魔族組織『聖騎軍』が、人材を育成するために創立した学園である。
この学園では、魔族に対抗するための戦闘力を身に付けるために多くのカリキュラムが組まれていて、今はその内の一つである対人演習の時間。
生徒の誰もが結果を残し、出世をしようと努力しているのだが・・・
「あ~ほんとめんどくせえな~」
見るだけで脱力感を覚える猫背にやる気の無い表情で、アレク・カーライルはそんな事を言っていた。
アレクはそのだらけた表情のまま、演習場の床に突っ伏して昼寝を始めようとする。
その瞬間、
「ぐえっ!」
アレクは殴り倒され吹っ飛んでいた。
「はぁ・・・・・・」
アレクを殴り飛ばした拳の主が深いため息をつきながらやって来る。
「また、サボろうとしてたでしょ!なんでそんなにやる気がないの?」
桃色の艶やかな髪をリボンで結んでいて、澄んだ黒い瞳が印象的な少女、ルナ・レディアだ。
アレクとは対照的に成績優秀で知られるルナはあきれたような目でアレクを見ながら、
「ほら、訓練しないとまた皆に馬鹿にされるよ。早く!」
と言ってアレクを無理やり立ち上がらせる。
しかしアレクは寝ぼけたやる気の無い表情のまま、
「悪い。俺は殴られたせいで骨折したから今日は・・・」
「骨折してる人がそんなだらけた表情出来るわけ無いでしょ。もう、やる気出さないなら打つからね!」
そう言ってルナは魔方陣を描き始める。
それは、氷の魔法。凡人では使いこなせない、やや難度の高い魔法だ。
その魔方陣が氷の刃となりアレクに向かって放たれる。
しかしアレクは表情を変えずにボーッと眺めていて・・・
「夏だし氷なんか涼しくて丁度良いかもなー」
避けようとしないまま、刃は少しずつアレクの方へ向かってきていく。
そのままアレクの体に直撃・・・するはずだった。
しかし、刃はアレクの目の前で消失した。
それも、一瞬のうちに。
「ん・・・?」
「え・・・?」
二人は同時に声をだした。
そんな二人の後ろからこれまた気の抜けた声が聞こえてくる。
「そんな強力な呪文ここで使っちゃだめでしょ~」
声の主は少しラフにした茶髪と、ヘラヘラした顔と口調からは想像できない鋭い眼光。
ルアン・リード。
格闘、魔術、学力、全てにおいてトップの成績を残し殆どの生徒にとっての憧れの存在。
さらにその威光を際立たせるのは彼が、この学園の創始者であり『聖騎軍』を代々率いているリード家の名を持つことだ。
この学校の生徒も当然リード家の息がかかった名家の者ばかりでアレクやルナの様な平民の出は皆無だった。
「ルアン様!も、申し訳ございません!つい・・・」
そんなルアンの登場にルナは緊張したのか少し声が上ずる。
だが、ルアンは笑いながら言った。
「別に呼び捨てで構わないよ。僕、敬語あまり好きじゃないし。それに、僕は君達に頼みがあって来たわけだからね」
「へ?頼み?」
「うん。来週、チーム別の対抗戦があるのは知ってるだろ?」
「えっと・・・個人の技能と協調性をテストする演習ですよね。」
ルアンはその返答に頷いて、
「そう。で、ここからが提案なんだけど、ルナ。僕達のチームに入ってくれないかな?」
「え?私なんかがルアンさ・・・じゃなかった、ルアンのチームに?」
「うん。君は成績優秀で魔術の素養もあるし、容姿も良いからぜひ加わって欲しいんだ。」
ルアンは笑みを見せる。
それは誰もが彼に好印象を抱く完璧な笑み。
だがルナは複雑そうな表情で、
「買いかぶりですよ。私は皆と違って平民の出だし、魔術だってまだまだ・・・」
と言ってなぜかアレクの方を見る。
だが、アレクはどこ吹く風といった表情で、
「おーおー良かったじゃん。これでルナも出世間違いなしだな~」
と言った。
それにルナの表情が益々悲しげな表情に変わる。
だがルアンは変わらない笑みで、
「僕はアレクにもチームに加わってもらうつもりだよ?」
「は?」
「本当!?」
また、二人の声が重なる。
「良かったじゃんアレク!光栄な話だよ!」
俄然興奮した顔でルナが言う。
しかし、アレクは心底嫌そうな表情をした。
「俺出世して目立つとか興味ないし、訓練のせいで昼寝の時間削るの嫌だしさ~」
「もう!なんでそうやって断ろうとするの!せっかくルアンが招待してくれてるのに・・・」
ルナの言葉をアレクは遮って、
「大体なんで俺がこんなエリート集団のチームに入らなきゃいけないんだよ?ルナはわかるけど俺は明らかに不釣合いだし。それに、何でそんな光栄な話とやらをルナは快諾しない?」
「それは・・・」
ルナが返事に窮する。
それにルアンが助け舟をだすように、
「僕は本心からアレクに加わってもらいたいと思ってるんだけどな~」
「は?なんでだよ。悪いが俺は馴れ合いには興味が無いから断る。」
アレクはルアンの申し出を断った。
仲間や友達と言った類の物をつくる意義がわからないからだ。
アレクの言葉にまた表情を曇らせたルナまでもが、
「じゃあ、私も・・・」
と言って立ち去ろうとする。
それにルアンは大きなため息をついて、
「まあ、それならしょうがないね。ルナ、せめてこれだけでも持っていってくれないかい?」
と言ってポケットから封筒を取り出し、ルナに差し出す。
「え?何ですかこれ?」
と言いながらそれを受け取る。
その瞬間、
「・・・あ」
短い悲鳴とともにルナが床に倒れる。
「な!?お前、一体何を・・・」
困惑するアレクにルアンはやれやれといった表情で、
「僕は手荒なことはしたくなかったんだけどな~。君が言う事を聞かないからだよ?ああ、安心して。少し睡魔の魔法を封筒にかけただけだから。」
と言ってアレクに微笑む。
だがそれは、先ほどとは違う底知れぬ闇を秘めた笑み。
そのままルアンはゆっくりと近づいていき、
「つべこべ言わずに俺の仲間になれよ。『ネイロス』出身者。お前が実力を隠してるのは知ってるんだよ」
「っ!!」
アレクはルアンの言葉に思わず飛びのいた。
『ネイロス』それはアレクが幼い頃に住んでいた、魔族への生贄を育てるためだけに建てられた孤児院。
その名前は大抵の人間たちにとって嫌悪や軽蔑、哀れみの感情を持って発せられる。
うろたえるアレクを見て、ルアンは笑いながら続ける。
「ネイロス孤児院は、高い魔力を持つものしか入れられない場所だ。それに、一度そこに入ったものが生贄にならずに出てこれるはずが無い。あそこは、人体実験をしてるっていう話もあるしこの情報を上の連中に知られたら君も無事では済まされないだろうね。」
「はぁ・・・ばらされたくなかったら、お前のチームに加われと?」
ため息をつくアレクにルアンは、
「そうそう。わかればいいんだよ。さあ、僕の手を取れ」
と言って、ルアンが手を差し伸べる。
その手をアレクは無視する。
「俺を仲間に入れれば必ず後悔する。俺は化け物だ。」
「はは。化け物は自分の事を化け物とは言わないさ。それにこれは僕の独断だし、興味本位な賭けだ。でも、それだけの価値があると思ってる。」
といって立ち去っていく。
それにアレクはまた大きなため息をつきながら、
「はぁ・・・めんどくせえ~。なんなんだよあいつ」
といいながらふと後ろを見るとまだルナが倒れたままなのに気づき、
「ルナ、起きろ」
と言ってルナの体をゆする。
するとルナが目を覚まし、
「あ、あれ?何でこんなところに?」
それにアレクがやる気の無い表情で、
「昼寝でもしてたんじゃないのか?」
「え・・・?じゃなくて!そうだ、私この封筒を持ったら眠くなっちゃって・・・」
と言って先ほどの封筒を開く。
中には、一枚の紙が入っていて
『アレク&ルナへ。
僕のチームにようこそ!
明日の昼、会議室に来てね♪』
とだけ書いてあった。
それを見てルナは驚いた顔をして、
「ってことは、アレクもルアンのチームに!?やった!」
といってなぜか嬉しそうな顔をする。
明らかに足手まといになってしまうのに、だ。
その理由がアレクにはわからなかった。
そもそもチームなど興味が無いし、最初だけ付き合ってすぐに抜けるつもりでいた。
アレクはそれでも無邪気に喜ぶルナをちらりと見てから、
「いやー、これから本当に楽しくなるなあ~。」
と言って、大きな欠伸をしながら演習場の出口へと向かっていった。