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第20話

「ゲド……」

「待たせたなメルディア。もう何も心配しなくていい」


 ――ふっ決まった!


「ゲドさん、カッコつけてる場合じゃないっすよ!」

「わぁってるよ!」


 ったく、少しは浸らせろっつうの!

 しかし、スラ公の言う通り、結構ヤバい状況だ。目の前にはランスロット、対して、こっちはほぼ無策の俺と戦力外のスラ公。最後の頼みのディアはランスロットにやられて動けそうにない。生首は今ここにいないし、後ろには……


「貴様の方から来てくれるとはな、ゲド・フリーゲス!待っていろ、今お前の息の根を――」

「あ、ちょっと黙ってて。今考え事してるから」


 正直、目の前のランスロットなんざ全然問題じゃない。今直面してる問題に比べたら屁みたいなもんだ。

 ノリでかっこつけちまったが、冷静に考えれば今は一秒でも時間が惜しい。こんな熱血絶叫バカの相手をしている暇はない。


「来た来た来た!ゲドさん!来ましたよ!」


 スラ公の声に耳を澄ませれば、あぁ、聞こえる。あの恐怖の地鳴りと咆哮が!


「ウボァァァァァァ!」

「な、何だこの声は!?」


 どうやらランスロットも気付いたらしいな。だがもう遅い、こうなりゃお前も道連れだ。


「ウガァァァァァ!」

「ゲドさん!来ます!」


 それはけたたましい奇声を発しながら俺たちの目の前に現れた。謁見の間に通じる階段から、奇声とも怒号とも取れる謎の声を発しながら、それは落下してきた。

 知性の有る生物ならそんな現れ方はしないだろう。いや、奴も昔は知性を持ち合わせていたのだ。ただ、今の奴はそんなものとは無縁の、ただの怒れる獣。目の前に映るものを全て破壊するモンスターだ。

 綺麗に整えていた金髪はボサボサに乱れ、宝石のようだと思った瞳は今や血走り狂気を映し出している。ボロボロになった服から剥き出しになった白い肌には赤くなった痣があり、薄らと血が滲んでいて、無理に鎖を引きちぎったことが窺える。

 女どもをキャーキャー言わせてた顔は、飢えた獣のように涎を垂らし見る影もない。


「き、君は……」


 その変わり果てた姿にディアが絶句する。無理もない、俺もその姿を見たときは信じられなかった。


「ラグエル……なのか?」


 名を呼ばれたラグエルはちらりとディアの方を見た。どうやら、まだ自分の名前を認識するだけの知能は残っているらしい。

 ――が、残念ながらそこで返事を返せるほど、奴の正気は残っていなかった。


「アガァァァァァァ!」


 耳障りな咆哮を発し、握った両の拳で胸を叩き始めた。なんだあれは?縄張りを主張しているのか?


「ど、どういうことだゲド・フリーゲス!?彼は、ラグエル?マリアの兄なのか!?」

「あぁ?そうだよ!マリアの兄貴のラグエルだ!」

「前に見た時、彼はあんな状態ではなかった!貴様!彼に何かしたのか!?」

「なんもしてねぇよ!むしろお前のせいだバカ野郎!」

「な、なに!?俺が何をしたと!?」

「いいか、良く聞け。ラグエルはお前がここに来ると分かった瞬間、真っ先に飛び出していこうとした。だが俺はそれを止めたんだ。言うことを聞かない奴を縛り付けてな!それで問題が解決したと思ってた、その時はな!」


 そう、とりあえず問題がひと段落するまではラグエルには大人しくしててもらうつもりだった。戦力は温存しておきたかったし、あの時のアイツは正気を失いかけていた。そんな状態で外に出せば、無駄に戦力を減らすだけだ。

 だけど、俺は舐めていたんだ。ラグエルの執念とも言うべき妹への溺愛っぷりを。


「縛り付けられたラグエルはなんとか鎖を引きちぎろうと暴れまわったんだろう。服はボロボロになってるし、体に痣も出来てる。だけど、それでも鎖は解けない。その結果、奴は……」

「どうしたというんだ?」

「……イケメンであることを捨てた」

「は?」

「イケメンと呼ぶには程遠いほど顔を歪ませて、涎をダラダラ流しながら鎖に食らいついたんだ。俺らの前に現れた時に鎖を咥えてたからたぶん間違いない」

「そ、そうか」

「イケメンを捨てるなんて、正気の沙汰じゃない」

「そうなのか?」


 イケメンと言えば、何をしても許される絶対の免罪符。

 道を歩けば女が振り返り、髪をいじれば女が叫び、触ろうものなら女が気絶する。

 ――それほどの絶対権力を奴は捨てたんだ。

 恐ろしい執念、こんなにボロボロになって、正気まで失って……。


「アレはもうラグエルじゃない」


 そう、あそこには俺たちの知っているイケメンはもういない。

 奴は――


「奴はシスコンを拗らせたなれの果て。妹萌えの権化だ!」

「何言ってるんだお前は!?」


 恐ろしい、シスコンとはここまで恐ろしいものだったのか。

 流石の俺も、今回は恐怖で思わず逃げてきちまったぜ。


「てか、ゆっくり解説してる場合じゃないっすよゲドさん!ラグエルさん、こっち見てます!」

「ちぃ、今の奴には言葉は通じねぇ!とりあえず逃げて――」

「ゲドさん!」


 腰を落としたラグエルが飛び上がった。その動線上にいるのは――俺か!

 くそっ!俺に狙いをつけてきやがった!


「ゲドさん!逃げて!」

「わかってる!」


 俺は持てる力すべてを振り絞り横に跳んだ。

 首の後ろすれすれを風が切る。嫌な汗が吹き出し、恐る恐る振り返ればまだ俺の首はつながったままだった。

 俺を仕留め損ねたラグエルは、両手でブレーキをかけながら地面に着地、涎を垂らした顔を左右に振って新たな獲物を探している。

 そしてその視線の先には――


「ディア!」


 まずい、完全にラグエルとディアの目が合った。

 ラグエルが再び体を畳み、跳びかかる体勢を取る。視界に捉えた獲物を仕留める気だ。奴の体が宙に浮き、俺は声を上げていた。


「ディア!逃げ――アレ?」

「なぜ俺の方に!?」


 ディアに飛び掛かると思われたラグエルは、なぜか進路をずらし、そのままランスロットに飛びかかる。


「ガギャギャガガガガガガ!」

「くっ、この!」


 さすがのランスロットも突然の攻撃に対処が遅れたのか、剣でラグエルを押し返してはいるが、明らかに押され気味だ。

 しかし、なんであいつの方へ?


「ラグエルさん、なんでメルディアさんを襲わなかったんすかね?」

「さあな。もしかすると本能的にランスロットが敵だって認識してるんじゃねぇか?」


 元々ラグエルがああなったのはランスロットのせいだ。理性を失った今でも、ランスロットを敵視しててもおかしくはない。

 が、理由なんざどうでもいい。このままランスロットを倒してくれりゃ万々歳だ。


「くっ、放せぇ!」


 お、ランスロットがラグエルを振り払った。だが、ラグエルは空中で器用に回転すると、そのままキレイに着地してしまう。

 そのまま左右を見回して、あれ?なんかこっち見てる?


「ゲドさん、なんかラグエルさんこっち見てません?」

「あ、あぁ。そうだな」


 すごく嫌な予感がする。

 いや、ラグエルはランスロットを敵と認識したはず!こっちに来るわけが――


「ガァァァァ!」

「嘘だろちくしょぉぉぉお!」


 突然の標的変更に俺は絶叫しながら廊下を駆けた。

 ちなみに、こちらに迫るラグエルの後ろでランスロットがニヤけたのを俺は見逃さなかった。絶対に忘れんからな。


「ゲドさん!どういうことですか!?これじゃあさっきと一緒じゃないっすか!?」


 一緒に走るスラ公がそんなことを聞いてくるが、もちろん俺に分かるはずなどない。今分かっているのはここでラグエルに捕まればタダじゃ済まないってことだ。


「ラグエルさん敵が誰だか分かったんじゃなかったんですか!?」

「うるせぇ!俺が聞きてぇよ!」


 やっぱりラグエルは目に映る者は全て敵だって認識してるのか?いや、それならディアを襲わなかった理由が分からない。


「あと考えられるのは――まさか!?」

「なんかわかったんすか、ゲドさん?」

「いや、まさかな、でも……」

「なんなんすか?」

「ラグエルは、本能的に男を敵だと思っているのかもしれん」

「え?」

「今のラグエルは常軌を逸したシスコンだ。自分の妹に手を出す可能性のある奴は片っ端から敵と認識してる可能性がある」

「そんなバカな!?でも、確かに今のラグエルさんなら……」

 

 女以外は全て敵。何という恐ろしい発想だろうか。奴はこの世の男を根絶するまで止まらないのか。俺たちは恐ろしいモンスターを生み出してしまったのではないか?


「じゃ、じゃあどうやってラグエルさんを止めるんです!?」

「それは……」


 ラグエルが男を全て敵と認識してるなら、今の俺に奴を止める術はない。せめて時間を稼がないと。


「スラ公」

「なんすか!?名案でも!?」

「あのモンスターを生み出してしまったのは俺達だ」

「いや、一緒にしないでくださいよ。俺関係ないでしょ!?」

「俺達で責任を取らなきゃいけない。そうだろ?」

「知らねぇし!」

「だから――」

「え?ちょ?アンタ何する気――」

「行ってこいスラ公!」

「てめぇ!俺を餌に!絶対許さぁぁぁぁ――ぐはっ!」

「あ、弾かれた」


 俺の全力スラ公投球はあっけなくラグエルに(はた)かれてしまった。

 ちっ、時間稼ぎにもならねぇな。使えねぇやつだ。


「――ッてぇ!」


 スラ公の状態を確認しようと振り返ったのがまずかった。

 俺は何かに足を取られ、そのまま前に転がるように転倒、立ち上がろうとするがすでに背後にラグエルの気配が!


 ――やられる!


「ゲド!これを使え!」

「――ッ!」


 その声の先、そこにはシャドーに抱えられた生首。そして、俺に向けられて投げられたものを受け取ると、俺はそれをラグエルに向けた。


「ガァァァ!ギャ?」


 瞬間、ラグエルの動きが止まる。俺の目の前に着地し、俺が手に持ったそれを凝視している。よく確認もせずにラグエルの方へそれを向けた俺も同じようにそれを見てみると、それは淡いピンクの布きれ、おそらくハンカチだった。

 俺が手を動かすと、それに合わせて奴の顔も動く。間違いない、ラグエルには効いている!


「ほ、ほ~ら、欲しいかラグエル?欲しいだろう?」


 ラグエルを手玉に取ったと確信した俺は、それを少しずつラグエルに近づける。ラグエルの目はもうそれしか見えていない。


「ラグエル!おすわり!」

「ガウ!」


 素直に俺の言葉に従い、ラグエルがその場におすわりする。よし、言葉は通じるようになったな。


「よし、良く出来た。じゃあこれをやろう。待て!ラグエル!待てだ!」


 ラグエルの目の前にそれを置き、俺はゆっくりと一歩下がる。ラグエルはこちらの顔をしっかり見て、合図を待つ。

 こうなってしまえばシスコンの化け物も犬と大差ない。

 俺は奴の待ちに待った言葉を言ってやる。


「よし、ラグエル、いいぞ!」

「ガァウゥゥゥ!」


 ラグエルは鼻息を荒げながら目の前のハンカチに飛びついた。大事そうにそれを抱え、その場でゴロゴロと転がりまわり始める。

 おぉ、満面の笑みだ。涎垂らしながら歓喜する姿、どうにか残しておけねぇかな?後々脅迫とかに使えそうだ。


「何とか間に合ったようだな」

「生首、お前どこ行ってたんだよ!?」

「命の恩人に向かってその口の利き方はなんじゃ、ったく」


 生首は俺たちがラグエルから逃げる時にいつの間にか姿を消していた。自分だけ助かろうとしたんだろうと、これが片付いたら絶対瓶を叩き割ってやると思っていたんだが。


「わしはな、マリアの部屋に行って私物を借りて来たんじゃ。理性を失った今のラグエルでもマリアのことは忘れてないと思ったからな」

「おぉ。生首にしては冴えてんじゃん」

「当たり前じゃ。わしを誰だと思っている。ところで、この後どうするじゃ?」

「あぁ?それはな……ラグエル」


 俺の言葉にラグエルが反応する。が、さっきのディアとは違い、今は威嚇するような声は出さない。どうやら、俺が敵じゃないと認識したようだ。

 俺はラグエルを連れて元来た廊下を戻った。途中スラ公がこちらに気付いて飛びかかってきたが、もう一度叩いてやった。

 さて、そろそろ目標が見えてくるはず。お、いたいた。律儀に同じ場所で待ってやがる。


「見てみろラグエル、あそこにいるのはランスロットだ。お前のマリアを奪おうとした奴だぞ?」

「え?」


 俺はランスロットを指さすとサッと廊下の端に身を避けた。瞬間、ラグエルが俺の横を跳び抜ける。


「ランズロッドォォォォ!コロシュラァァァ!」


 かろうじて言葉らしきものを発しながらラグエルがランスロットに飛びかかった。おそらく、『ランスロット!殺してやる!』と言ったんだろう。

 だが、今はそんなことはどうでも良い。ランスロットに飛びついたラグエルは、奴の頭を食い千切らん勢いで顔を接近させている。

 突然の状況に流石のランスロットも対応しきれなかったのか、組み伏せられて、剣でなんとかラグエルを押さえているものの、ラグエルの牙が頭についてしまう直前だった。


「はっはっは!良いぞラグエル!そのままやっちまえ!」


 にしても、すごい効果だ。ランスロットがどれほどすごいのかは俺もよく分かってないが、仮にも四天王を名乗ってる奴を相手に圧倒してるぞ。シスコン恐るべし。


「すごいっすねラグエルさん。鬼気迫るっていうか」

「昔、知り合いが言っていた。『シスコンの妹に手を出したら、殺されても文句は言えない』と」

「どんな知り合いなんすか、それ」


 ラグエルの猛攻は凄まじい。その証拠にさっきまでディア相手にほとんど傷を負っていなかったラグエルの鎧は、噛みつくことが出来ないと判断したラグエルが立てた爪によって見る見るうちに傷だらけになっている。


「くっ、ラグエル、アンタとはこんな戦い方をしたくなかった!」

「グゥゥゥ!ガァァァァ!」

「諦めろランスロット!今のラグエルに何を言っても無駄だ!」

「うるさい!ラグエル!昔アンタと会った時、アンタは誇り高い戦士だった!それが今はどうだ!?怒りに任せて嚙みついたり引掻いたり!まるで獣じゃないか!あの時のアンタはどこに行っちまったんだ!?」

「グ?ガァ?」


 ん?なんだ?ランスロットの言葉に反応するようにラグエルの様子が?


「戦士の誇りはどこに捨てた!?」

「グ……オ、オレハ……」

「自分を取り戻せラグエル!」

「俺は……」

「ラグエル、さっきランスロットがマリアを×××して△△△してやるって言ってたぞ」

「ランズロッドォォォォォ!」

「ゲド・フリーゲスゥゥゥゥ!貴様ァァァァァ!」

「ハッハッハ、愉快愉快」


 さっき俺にラグエルを押し付けてニヤついてた罰だ。

 おうおう、さっきにも増してラグエルの攻撃が激しくなったぞ。効果てきめんだな。


「流石ゲドさん、まさに外道」

「そんなに褒めるなよスラ公」


 どうやらこのまま決着つきそうだな。ラグエルがランスロットを半殺しにしたぐらいで止めとくか。アイツも戦力にするつもりだし。さて、どうやって懐柔するか……。


「兄さん?」

「え?」


 この場で聞くことの無いはずのその声に振り返れば、そこにはこの戦いの発端、マリアが立っていた。パジャマに身を包んだまま、目の前の光景に驚き、信じられないモノを見るように両目を見開いている。

 もうかなり体調は良くなっていたはずだが、なんでここまで?


「マリア、なんでここに?」

「わしが連れてきた」

「生首?なんで?」

「そろそろアレを止める必要があると思ったんでな」


 生首が顎をしゃくった先では、おぉ、ランスロットの鎧を食いちぎったラグエルが今まさに奴の頭に噛り付こうとしてるところだ。


「兄さん!」

「ガ?マ、マリ……ア?」

「何をやってるの兄さん!?」

「マリア?お、俺は一体?」


 マリアの声を聴いた瞬間、先ほどの飢えた獣のような目から殺意が引き、ラグエルがいつもの表情を取り戻していく。

 すげぇなマリアの一声。


「やっと正気を取り戻したのか、ラグエル」

「ん?お前は!ランスロット!」

「とりあえず、一旦下りてくれないか?」


 ランスロットの首を今にも締め上げそうになっていたラグエルだが、背後のマリアを一回振り返ると渋々と身を引いた。たぶん、妹の前であんまり手荒なことをしたくないんだろう。


「ふぅ、とりあえず助かった。マリア、ありがとう。君のおかげだ」

「え?あ、はい?」

 

 なんだ?マリアの様子が少しおかしい?どこか他人行儀というか、あの二人って知り合いじゃないのか?いきなり話を振られて混乱してるのか?

 そんなマリアとは対照的に、ランスロットはラグエルを押し退けてマリアに近づいていく。

 そして、マリアの手を掴むとこうのたまった。


「やっと会うことができた。マリア、俺は君を迎えに来た」

「あぁん!?」


 あ、ラグエルがまた獣化しそう。


「え?えっと、困ります」

「困惑する気持ちもわかる。だが、ここにいては君は不幸になってしまう、だから俺と!」

「いえ、あの、そうじゃなくって」

「大丈夫だ!君に害を加える者はすべて俺が排除する。君を幸せにしてみせる!」


 マリアを置いてきぼりにして一人興奮状態のランスロットだが、次の言葉で奴は凍りつくことになる。


「あの、えっと、すいません、どちら様ですか?」

「は?」


 ランスロットの動きが止まる。五秒ほど膠着したのち、二、三度瞬きしてランスロットが再び口を開く。


「マリア、俺だ!ランスロットだ!昔君に求婚した!」

「えっと、ごめんなさい、覚えていなくて……」

「――ッ!」


 何という言葉の暴力。

 ランスロットの奴、ショックで目を見開いて固まっとる。


「ごめんなさい。私、本当にあなたのことを――ッ!メルディアさん!」


 謝罪途中にもかかわらずマリアがディアの方へ走って行ってしまう。

 ランスロットはと言えば、なんも言えずにただその背中を目で追っているだけだ。


「メルディアさん!しっかりしてください!何があったんですか!?」

「あ、あぁ、マリアか。なに、ちょっと戦いに敗れてしまってね」

「戦いっていったい誰に?――あなたですか?」


 俺は生涯この顔を忘れることはないだろう。

 ランスロットの方を振り返った時のマリアの顔は今までに見たこともないような形相だった。いつもの虫でさえ殺さなそうな温和な顔は見る影もなく、怒りに眉を吊り上げ、瞳は溶岩のように燃えていた。

 その気迫にランスロットも圧されたと見える。半歩下がって、小さくうなずいた。その顔は、母親に見咎められる子供というか、まあ、なんというか同情したくなるような顔だ。


「最低です!」

「え?」

「女の人を傷つけるなんて最低です!私、そういう人大っ嫌いです!」

「!!!!!!!!!」


 いったぁぁぁ!これは効いたぞ!?

 顔面蒼白になったランスロットがその場に崩れ落ち、その拍子に顔が体からずり落ちて転がって行く。もちろん体の方にそれを追いかける気力などあるはずもない。

 すげぇ威力。コイツは立ち直れんだろ。


「メルディアさん、肩貸しますから、治療に行きましょう」

「いや、しかし」

「無理しちゃダメです!お兄ちゃん!」

「は、はい!」


 うわっ、妹の気迫に押されてラグエル直立してるよ。


「すぐに清潔なタオルとお湯を用意して!あと、包帯も!」

「わ、わかった!」


 一目散に廊下を駆けていくラグエルの背中を見ていると、少し同情したくなってしまうのはなんでだろうか。

 で、取り残されたランスロットと言えば……おぉ、頭も拾わずに体は体育座りしてるよ。てか、顔の方は涙流してるし。四天王の威厳なんて見る影もないな。

 だが、これは好都合だ。付け入るなら今しかない。


「ゲドさん?」


 俺は涙をボロボロ流す首を持ち上げ、微動だにしない体の方へと近づいた。そして、そのまま首の位置に頭をはめてやる。

 俺が肩に手を置くと、ランスロットは涙を流したままこちらに視線を向けてきた。

 うわぁ、本気泣きだよ。四天王も失恋の辛さには耐えられなかったか。


「ランスロット、気を落とすな。俺の知り合いがこう言っていた『好感度がマイナスから始まるキャラの方が攻略し甲斐がある』ってな」

「だからどんな知り合いっすか、それ」

「くっ、貴様に何がわかる!」


 俺の言葉など聞きたくないとばかりに、ランスロットが俺の手を撥ね退ける。

 おうおう、荒んじゃってまあ。だが、それも予想済みだ。コイツの性格からいって、最も効果的な一言は……。


「分かるさ、だって、俺たちはもう、好敵手(ライバル)じゃないか」

「――ッ!ライバル!」


 よほど俺の言葉が響いたと見える。俺に向けられている瞳が先ほどの腐った魚のような目から生気に溢れた輝きを取り戻しつつある。


「あぁ、そうだ。死闘を繰り広げたライバル同士なら、お互いのことはよく分かる、そうだろう?」

「いや、アンタ自分じゃ何もしてな――痛いっす!核は止めて!」

「ランスロット、俺はライバルであるお前がそんな風に傷ついている姿を見るのが忍びないんだ」

「くっ、例えライバルだとしても、俺たちは敵同士!相容れることなど!」


 まだ折れないか。頑固な奴だ。


「相容れる必要なんてないさ」

「何?」

「ライバルはお互いを意識して決して交わらない。そういうもんだろう?」

「ならば、俺のことなど放っておけ!」

「馬鹿野郎!」


 俺の拳がランスロットの顔面を真正面からとらえる。

 くぅ、どんだけ固い顔面シテやがんだコイツ。少しでもイケメンを崩してやろうと思ったのにビクともしねぇ。


「殴られたところが痛いか?だが、痛いのはお前だけじゃない、俺だって殴った拳が痛い」


 いや、ホント、マジで痛い。


「だけど、痛かろうと俺はお前を殴らなきゃいけない。なんでだと思う?お前に立ち直ってほしいからだよ!」

「なぜそこまで?俺とお前は敵同士じゃ?」

「ふっ、なんでだろうなぁ。ランスロット、お前とは敵でもライバルでもない……そう、戦友(とも)になりたい、そう思ったんだ」

「!!!!!」


 くせぇぇぇぇぇぇぇ!

 我ながらくせぇぇぇぇ!え?ナニコレ?とも!?戦友と書いて、とも!?気持ち悪!吐き気しかしないんだが!?てか、蕁麻疹出そう!


「うわ、くっせぇ」


 言うなスラ公。俺自身が一番よくわかってる。


「ランスロット、今まで俺たちはお互いがお互いの正しいと信じる道を突き進んできた。だけど、その先に道が交わることがあったとしても良いんじゃないか?」

「――ッ!」

「いや、アンタの進む道は間違いなく正しい道じゃな――核は!核はご勘弁を!」

「なぁランスロット、死力を尽くしてぶつかった者同士、今度は俺と一緒に戦ってくれないか?」

「しかし、それは主を裏切ることに……。それは俺の戦士としての誇りが……」

「手伝ってくれたらマリアとの関係修復を手助けしてもいい」

「戦友よ!」

「アンタ軽いな!?戦士の誇りは!?」


 こうして、俺は激しい戦いの末、四天王の一人ランスロットを傘下に加えることに成功した。いやぁ、激しく厳しい戦いだった。

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